墓前の彼
彼から連絡がないまま一週間が過ぎた。墓参りは前々から決めていた。生きている彼がいる事を知っていながら墓参りなんて、何だか違和感があった。
電車に揺られて二時間。墓地への道のりは遠い。暦の上では秋に入っているというのに、太陽がじりじりと肌を刺激する。蝉の大群が耳障りなほどに激しく羽音を立てる。いつまでも続く長い階段を、体中に汗を流しながら黙々と登る。お盆を少しだけ過ぎた墓地には誰もいない。何度もここを訪れた私にとって、もうこの景色もすっかりと慣れてしまった。
階段を登りきると間もなく目指すべき墓があった。するとそこには人影があった。人影は墓の段に腰掛けて少しも動こうとしない。近付くに連れて、その人影が誰のものなのかが分かった。彼だった。
「まさか自分の墓を見る事になるなんて思わなかったよ。幽霊なんているもんかとずっと思ってた。それなのに、俺が幽霊だなんて・・・・」私に気付いた彼は、寂しそうに顔を上げた。
「心配したんだよ。もう会えないのかと思ってたんだから」
「ごめん。花火大会が終わって帰ろうとしたけど、俺には帰るべきところがないと気付いたんだ。俺の部屋には別の人が住んでいた。それに誰も俺に気付かないんだ。誰に話し掛けても振り向いてくれない。言葉を交わす事も触れる事も出来ないんだ」
私はただひたすら黙るしかなかった。
「実家に戻っても、誰も俺に気付かない。家族が俺に気付かないんだよ。でもそこで知ったんだ。俺・・・・死んでたんだな。三年も前に・・・・」
「酷いよ」私は泣きじゃくりながら口を開いた。
「突然死ぬなんて、あんまりだよ。あなたがいなくなってどれほど泣いたか分かってるの?どんなに苦労したのか分かってるの?私はずっとここであなたに話し掛けてたんだよ。それなのに、死んだことさえ知らなかったなんて・・・・」
「確かに俺はここにはいなかった。君がこの三年間どんな想いで暮らしてきたのか、全く知らなかった。本当は君の側にいて守らなきゃならなかったんだろうな」
「この三年間、何処にいたというの?」
「それが分からないんだ。俺の記憶は、三年前の花火大会の時に急いでバイクに乗って走り出したところで途切れてたんだ。事故を起こした記憶もないんだ。おかしいだろ?どこも痛くないし、怪我だってしてない」
確かにその通りだった。体中が血まみれになっていた筈の彼が、何事もなかったかのように現れたのだから。
「でも、ここに来て全てが分かったよ。何故かここに来た途端に分かったんだ。君がここに残した全ての言葉を一気に吸収したんだ。まるで乾いたスポンジが水を急激に吸収するように。・・・・大変だったんだね。」
私たちは抱きしめあっていた。彼の息も鼓動も言葉も、私だけが感じられる。こんなに温かいのに・・・・。こんなに優しいのに・・・・。例え幽霊でも良い。生きていた頃と変わらない、優しい彼なのだから。




