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心の揺らぎ

「今日は楽しかったよ。ありがとう」

 一人になって部屋に着いた頃、彼からメールが届いた。まさかそんな筈は・・・・。私の携帯には三年経った今でも彼のアドレスと番号をメモリーに記憶させていた。それでも彼が亡くなってからすぐに携帯は解約されていた筈だったので、メールなど届く筈はなかった。私はすぐさま彼に電話した。案の定、この番号は使われてないというアナウンスが流れていた。

 一体どうなってるのだろう。私はどうかしてしまったのだろうか?私の前に突如として現れたのは彼だ。だとしたら柩の中で安らかに眠る彼の姿の忘れられない記憶は何だったのだろう。彼を失った悲しみと、それを乗り越えようとした私の頑張りは何だったのだろう。今夜の彼は触れる事も食事をする事もキスをする事さえ出来たというのに・・・・。

 翌朝、いつものようにバイトへ出掛けた。いつもの満員電車に揺られながら、携帯を何度も開き、昨日の彼からのメールを確認した。やはりメールは届いていた。夢なんかではなかったのだ。

 現場に着いて衣装に着替えた。スカートがやけに短い。こんな格好で一日中決められた台詞をスピーチしなければならないのかと思うと、それだけで気分が滅入ってしまう。イベントコンパニオンの仕事は想像以上に過酷だった。今日もまた灼熱の太陽とアスファルトの照り返しと下心丸出しに迫る大砲のようなカメラレンズとの戦いが始まる。こんな姿は彼には絶対に見せられるものではなかった。

 こんな仕事をしていると、時々芸能事務所から名刺を渡される事がある。休憩中や仕事の後にマネージャーの目を盗んで渡してくるのだ。スカウトと思われる人物の口調はいつも同じだ。君なら絶対ブレイクするとかフリーターなんてもったいないとか・・・・。芸能界なんて考えたこともなかったが、例え見知らぬ男とはいえ褒められるのはまんざらでもない。

 教員採用試験は狭き門だ。教員免許を取得しているからといって、簡単に通るものではない。確かにこの国の将来がかかる責任ある仕事だから、採用する側も簡単に決めるわけにはいかないのだろう。そんな事はこの仕事に就こうと決意した時点で分かっている筈だった。

 どんなに切望しても採用されなければ意味がない。これから先、ずっと採用されないままだとフリーターとして生きていくしかない。一般企業に就職したって将来が約束されるような時代じゃないし、もしかしたらこんな生き方もありなのかも知れない。沢山の努力をしても振りむいてくれないなら、望んでくれている人のところへ行った方が楽なのかも知れない。こんな葛藤が私の判断を少しずつ鈍らせていた。

 彼の墓の前では素直でいるつもりだった。でも、たった一つだけ彼には嘘をついていた。それがこの葛藤だった。こんな心の揺らぎを十九歳の彼が知ったら、一体どう感じるのだろう。

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