情熱
「もう本当のお別れが来てしまったんだ。俺はまだ暫くは君の側にいられるのかも知れない。でも、君は俺を感じられなくなるんだ」
「そんな・・・・」私は震えた。
「ずるいよ。私だってあなたを感じていたい。あなたには私の事が分かるのに私があなたを感じられないなんて不公平だよ」
「俺だって同じ気持ちだ」彼は少し言葉を荒くした。
「・・・・ごめん。でも分かって欲しい。命を落とすという事はそういう事なんだ。俺は三年前の花火大会の日に命を落とした。その事実だけはどうしても変える事は出来ないんだ」
私は彼の胸の中で泣いていた。彼はいつもより強く私を抱きしめた。
「俺がいつまで君の側にいられるのか分からない。次の人生が始まる頃には、今の記憶は全て失ってしまう。それがいつになるのか俺にも分からないんだ」
「私はこれからどうしたら良いの?」
「君はまだ生きてるじゃないか。自分が信じた道を進んで行って欲しい。そして幸せになって欲しい」
私たちは暫くの間ずっと抱きしめ合っていた。ずっと、いつまでも・・・・。このまま時が止まって欲しかった。時が止まればいつまでも一緒にいられるのだから。
しかし時計の針は無惨にも確実に時を刻む。そして彼が少しずつ透明になる。彼が再び現れてから過ごした日々が急激に思い出へと変化していく。気付けば彼の体は向こう側がはっきり見える程になっていた。
「幸せになるって約束するね?俺との最後の約束だよ」
彼は小指を差し出した。私も小指を差し出して、小指と小指を絡め合っていた。
彼の表情には翳りがなかった。私もまた彼に満面の笑顔を見せた。本当の別れなら、笑顔で送り出したかったからだ。
やがて彼が完全に見えなくなり、私は彼を感じられなくなった。微かに残る小指の感触を残して・・・・。
塾の授業は成功を収めた。先生と呼ばれるのはなかなか慣れないけど、黒板の前に立って交わす生徒たちとの会話には心地良ささえ感じる。
枯れ葉が散り、木々がすっかり裸にされている。人々の生活もそろそろ冬への支度を始めている。それでも私の情熱は冷めることを知らない。
私はもう淋しくはなかった。彼はこれからもずっと私の心の中で生き続けていくのだ。私にとっての情熱の姿として・・・・。
彼はきっと、沢山の想いを詰め込んだ待夢カプセルのように、忘れかけていた情熱を掘り起こし、そして消えて行ったのだ。




