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渋谷スクランブル交差点のヤバいやつ

作者: 桃山三太夫
掲載日:2026/08/28



遅刻魔には、たいてい決まった言い訳がある。


「電車が遅れた」

「財布を忘れて取りに戻った」

「お腹が痛くなってトイレを探した」


こういうのは、まだカワイイほうだ。



琴羽のお得意は「幽霊がいた」。


初めての相手なら、必ず驚いてくれる。

効果はテキメンだ。


「え、どこに?」


驚いて聞き返したときには、20分も待たされたことなんてすっかり忘れている。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



駅前のスクランブル交差点は、猛暑にあえぐ歩行者たちでごった返していた。



冷房が効いたカフェに避難しているオレは、ほとんど氷と水になったアイスコーヒーをすすりながら、琴羽の姿を探す。


交差点を行き交う人の群れに、ピンクの髪にミニスカは見当たらない。



信号が赤にかわって、スマホを見る。


16時22分。



待ち合わせ時刻は16時じゃなくて、15時30分だった。


琴羽の遅刻には、もう慣れっ子だ。



最初の記憶は、小学校の集団登校。


ほかのみんなが揃っても、琴羽はいつも来ない。



琴羽の家へピンポンしにいくのは、なぜかオレの役目だった。


学年はオレのほうがひとつ上だけど、狭い路地をはさんだお向かいさんどうしだから……と、6年生の班長さんに「翔太郎、呼んでこい」と命じられたのがきっかけで、ピンポン係は小学校を卒業するまでつづいた。



……にしても、きょうはひどいな。


いつもはどれだけ遅刻してもせいぜい30分なのに、もう1時間近くになる。



気になるのは、3通のメッセージだ。



最初の《ごめん、ちょっと遅れる》が15時37分。


次の《渋谷ついた~》が15時48分。


ここまでは通常運転だ。



ところが、そろそろ姿を見せていい頃に、3通目が届いた。



《ヤバいのに追いかけられてる》



ヤバいの?


追いかけられてる?


見ず知らずの女の子を追いかけてくるのは、間違いなくヤバい奴だろ。


この暑さで頭がおかしくなった変質者か。


琴羽は、肌の露出した派手な服を着てきたのかも。


渋谷では目立つ服装じゃないけど、しつこいスカウトやナンパもありうる。



何かトラブルって感じだから、メッセージを送る。


《いまどこ?》

《通話くれ》


返事はない。


通話の呼び出しにも、出ない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「実は3通とも時間かせぎのフェイクで、まだ電車に乗ってるんじゃないの?」


そう疑ったのは、オレ自身を安心させるためだった。



16時を過ぎた頃から、だんだん落ち着かなくなってきた。

もうすぐ不安がピークに達しそうだ。


きょうは嫌がる琴羽を渋谷に誘った。

何かあったら、オレのせいだ……と責任も感じる。



高校のクラスメイトで組んでるバンドのライブがある。


「一緒にどう?」


琴羽の家をピンポンして誘ったのは2週間前のこと。


玄関先に出てきた琴羽は、いま昼寝してたよ……みたいなTシャツ短パン姿で、虚無の表情だった。


それが、急にぴょんぴょん跳ねだした。


「いくいく! どんなバンド? ボーカルの人が友だち? カッコいい? うれしい!」


何がスイッチを押したのか、妙にはしゃいでいた。


琴羽ってバンド好きだったのか。


オレは驚きながら、質問の順番に答えた。


イギリスのロックバンドをコピーしてる。

メンバー全員と仲がいい。

ボーカルはまぁまぁイケメンかな。


ライブの日はちょうど空いているというし、誘ってみるもんだと思った。



高校生になってからの琴羽は、クラスで3番目ぐらいのかわいさだ。


バンドの連中には「彼女つれてきた」と紹介してやろう。


彼らのボー然とする顔が浮かんで、オレも一緒にぴょんぴょん跳ねていると、


「場所は?」


琴羽が尋ねた。


「渋谷のライブハウス」


答えたとたんに琴羽の表情が固まった。


イモムシでも飲み込んだみたいに顔をゆがめ、


「渋谷、いきたくない」


とつぶやいた。


「なんで?」


「怖いの、たくさんいるから」


オレは、すっかり忘れていた。


ずいぶん前に琴羽が「渋谷で幽霊を視る」と話していたことを。


とくにスクランブル交差点は要注意で、生きた人間じゃないのがあちこちにいるらしい。


「頭から血を流しながら、くの字にカラダを曲げて歩いてくる」

「気がついたら足元に、横断歩道を手ではってくるのがいた」


琴羽にとっては、ゾンビを撃ち殺してまわるゲームみたいな光景らしい。



《ヤバいのに追いかけられてる》



変質者やナンパなら、待ち合わせのカフェに逃げ込んでくればカタがつく。

ということは、やっぱりそっち系か。



小学生の頃に何度か見た、琴羽の半べそ顔が浮かんできた。


いま琴羽はゾンビみたいなのに追いかけられ、半べそ顔で渋谷の街を逃げまわっているのかも……


想像したら、座っていられなくなった。



水だけになったカップを飲み干して立ち上がる。

大きな窓ガラスを通して、西陽で照り返すスクランブル交差点を見つめた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ドン……ドン……ドン



近くで、太鼓を打つ音が鳴り響いた。


夏祭りの山車でも、通っているのか。



ドン……ドン……ドン



和太鼓とは、違う気がする。

どちらかといえば、鼓笛隊が持っているような、西洋の太鼓だ。



耳と腹に響く大きな音なのに、まわりの人たちが無反応なのも気になる。


さっきからの不安もあって、嫌な予感が胸をよぎる……



カップを捨て、店の外に出ようとした瞬間だった。


オレの短パンから出た右膝あたりに、ツンツンと何かが当たった。



足元を見ると、誰かしゃがんでる。


ゾッとして右足を引くと、琴羽だった。



「コト!」



琴羽はしゃがんだままオレを見上げ、唇の前で指を立てた。


「こっちこっち」


手招きしてから、琴羽は中腰のまま店の出口へ向かう。


誰かに見つかるのを避けてるらしい。


よくわからないけど、オレも頭を低くしてあとを追った。



カフェの出口で琴羽は立ち止まり、周囲をうかがっている。


まるで逃走中の女スパイだ。



「まだ誰かに追われてるのか?」


「そう、ヤバいやつ。デカくて、フリフリで、キラキラで、血だらけで、頭を抱えて……」


なんだよ、それ。


「よし、近くにはいない。いまのうちに」


琴羽は素早く歩道に飛びだした。


あとについてカフェを出たとたん、灼熱の空気に包まれる。



琴羽はうつむいた姿勢で、人混みを縫うように急ぎ足で道玄坂を登りだした。


ピンクの髪にショートパンツから伸びた脚が、オレの前をゆく。


ひとまず、琴羽の無事な姿に安堵した。


不安がピークに達していただけに、涙が出そうだ。


彼女がミッション・インポッシブルの最中でなければ、抱きしめていたかもしれない。


「どこへ向かうんだ?」


「わからない。渋谷はもともと谷だから、怖いのが集まってくるんだって。だから、高いところをめざそうかなって」


「ライブは?」


「それどころじゃない!」


まだ必死の逃走中らしい。


何が追ってくるのか。


周囲を見まわしても、老若男女がダルそうに歩く姿しかない。



キョロキョロしていると、琴羽が10メートルほど先で立ち止まり、「早くこい!」とばかりに大きく手招きする。


顔が怖い。



このミッション・インポッシブルは1時間の大遅刻をごまかす琴羽の小芝居じゃないだろうな……

というオレの妄想は、琴羽の形相にすべて打ち消された。



琴羽のもとへ駆け寄ったとき、オレのすぐうしろで太鼓が鳴った。



ドン!……ドン!……ドン!



キーンと耳鳴りがするほど大音量。


飛びあがって驚くレベルなのに、まわりの歩行者は何食わぬ顔で歩いている。


「見つかった!」


琴羽はオレの手をとって走りだす。


とっさに琴羽が見ていたほうを振り返ったオレは、足がもつれて歩道に膝をついた。


手が離れて先に進んだ琴羽が戻ってきて、オレの手を強く握る。


視えた。


オレたちの5メートルほど後ろに、巨大な黒いモヤモヤがある。


通行人たちの背より高く、2メートル以上はあるだろう。

いや、3メートルに近い。


花火の煙をひとつに集めたような黒いモヤモヤ。


ミツバチの大群にも見える。


大きな黒い影が通行人の間を縫って進んでくる。


いや、縫ってない。


まっすぐ進んでくるから、通行人と重なっている部分もある。



初めて経験した恐怖が全身を包んだ。


琴羽がぐっと引っ張らなければ、オレはあのまま腰を抜かしていたに違いない。


「ヤバい、ヤバい」


オレはアスファルトに強打した膝の痛みに耐えて走る。


「翔ちゃんにも視えた? あのヤバいのにずっと追いかけられてるの」


「いつから?」


「渋谷駅を出てすぐ」


ってことは、もう30分以上も逃げまわってるのか。


あんなのに追われて、待ち合わせのカフェに逃げ込むなんて無理だ。


「あれ何? 幽霊?」


「知らない」


「幽霊なら、塩をかければいいんじゃないの。神社に逃げ込むとか」


「塩は持ってるけど、近づくの危ないよ。効き目なかったらアウトじゃん。神社はさっき逃げてる途中で入ったけど、完璧にスルーされた」


「お寺は?」


「まだ」


オレはスマホに「渋谷駅近くのお寺」と音声入力して、AIに現在地から最も近いお寺を見つけてもらった。


琴羽の汗ばむ手を引く。


顔は上気して赤らんでいる。


ふたりとも熱中症で倒れそうだ。


「ちょっと距離はあるけど、5分ぐらいでいける。こっちだ」


「暑さと湿気と歩き疲れで……吐きそう」


琴羽の顔色がわるい。


もう1時間近く逃げまわっているから、体力の限界なのだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



お寺の境内には、幸い誰もいなかった。


オレたちは本堂にあがる階段の陰に身を隠す。



ドン……ドン……ドン



正門のほうから、例の太鼓が聞こえてきた。


「ダメだ、入ってきた」


「翔ちゃん視えるの?」


「いや、太鼓の音」


琴羽には聴こえてないらしい。



逃亡中にひとつわかったことがある。


太鼓の音が聴こえるのは、琴羽が近くにいるとき。


黒いモヤモヤが視えたのは、琴羽と手をつないだとき。


たぶん、霊感がつよい琴羽がアンテナになっている。



「コトとオレは視え方が違うみたいだ。デカいのは一緒だけど、オレには黒いモヤモヤに視える」


「えっ、黒いの? ピンクでフリフリのキラキラじゃん……頭を抱えて歩いてるし、あんなの視たことないよ」


いったい何が視えてるんだ。


階段の隙間から様子をうかがっていた琴羽が、真っ青な顔で振り向いた。


「きた。ああ、もうダメ!」


いきなり抱きついてきた。


体温が高い。


Tシャツは汗だく。


ほっぺたに貼りついた琴羽の首は、ベタベタしている。


琴羽のカラダを抱きとめた瞬間、耳元で太鼓が鳴った。



ドーン!……ドーン!……ドーン!



つづいて、鍵を開けるような金属音。


何か激しくぶつかる音。



ガシャン……シャー……ドスン!



オレは視た。


さっきまで巨大な黒いモヤモヤだったのが、いまは白とピンクのフリフリになっている。


琴羽が話していたとおり。


中世ヨーロッパで貴族の女性が着ていたようなドレス。


2メートルを超える巨体の女だ。


ただし、ドレスの首元から上は何もない。


首から肩、胸にかけて血に染まっている。


ピンクのドレスじゃなくて、純白のドレスが血に染まっているのだ。



首の上にあるはずの頭部は、別のところにあった。


血に染まったお腹のあたりに、両腕で抱えている。


金髪にティアラを載せた、西洋人の若い女だった。


琴羽が言った「頭を抱えている」は、悩んでる姿じゃなかった。



「ヒィ」



オレの口から変な声が出た。


両腕に抱えられた顔が、こっちに向けられる。


目が合った。


血走っている。


女の顔はブツブツ何かつぶやいている。


日本語じゃない。

英語でもない。


たぶん、フランス語……



琴羽のほてったカラダを抱きしめながら、オレは腰を抜かして尻もちをついた。


気が遠くなりそう……と思ったところへ、ほっぺたをペチペチ叩かれた。



「翔ちゃん、しっかり!」



琴羽から身を離すと、ドレスの女はまた元の黒いモヤモヤに戻っていた。



「もうゴメンだ、コトは二度と抱かない」



ペチペチじゃない平手打ちが、オレのほっぺたを打った。



正気に戻ったオレは、琴羽の手を握って「逃げるぞ」と階段の陰から飛びだした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「いま初めて姿を視た。あんなのに追いかけられて、よく平気でいられたな」


「だから、ヤバいって何度も言ったじゃん」


「ヤバいじゃわかんねぇよ。フリフリとかキラキラとかばっかりで重要なこと言ってなかった」


「なに?」


「あれは日本人じゃないだろ」


「ああ、なるほど」


「神社やお寺に効き目がなくて当然だろ。宗教が違うし、言葉が通じないんだから」



オレはスマホを取り出して「この近くにキリスト教の教会ある?」とAIに尋ねた。


「はい、あります」という声とともに画面に近隣のマップが表示された。

7つのピンが刺さっている。



「運がいいぞ、神社やお寺より教会のほうがたくさんある。

いちばん近いのはこっちだ」



正体が視えてわかった。


あいつは首を抱えているから走れない。


ゆっくり追いまわすタイプのハンターだ。



「あれ!」


琴羽が指さす先に、大きな鐘の塔がある教会が見えてきた。



「教会なら大丈夫なの?」


「悪魔や悪霊は教会に入れないだろ」


「そうなの?」


「いや、知らない」



教会の入り口にたどり着くと、木製の大きな扉は閉まっていた。

押しても引いても開かない。



「ダメだ、閉まってる。別の教会を探そう」


「ムリ。もう歩けないよ」


「悪霊は敷地内に入ってこれない……みたいなルールならいいんだけど」



太鼓の音が聴こえてきた。

どんどん近づいてくる。


万事休すだ。



オレは観念して琴羽を抱き寄せた。


熱いカラダを抱きしめたまま、両手を固く握って教会の鐘を見上げた。


クリスチャンじゃないけど、苦しいときは神頼みしかない。



「ドウカ、シマシタカ?」



背後から声をかけられた。


振り向くと若い男性。

日本人じゃない。


詰襟のような服を着て頭にツバのない帽子を被っている。


神父さん? 牧師さん?



「すみません、こちらの方ですか?」


「ハイ、コノ教会ノ神父デス」


「助かった~」


オレと琴羽は、安堵の表情で見つめあった。



「悪霊……悪魔……よくわからないけど、ものすごく怖いやつに追われてるんです」


こっちの言ってることがわからないのか、神父さんはきょとんとしている。



「お願いです。教会のなかに入れてください」


「教会ハ皆サンノモノ。ドウゾ、ドウゾ」



神父さんは扉を開けて、オレたちを招き入れた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



暗く静かな教会内に入ってひと安心したものの、落ち着いている場合じゃない。


あんなのがいきなり出現したら、いくら神父さんでも腰を抜かすかもしれない。


オレと琴羽は、渋谷駅からここまでくる間に起きたことを早口に説明した。



「首ヲ抱エテ、胴体ガ、歩イテキマシタカ」


「頭はこんなふうに両手で持ってました。ほら、パリ五輪の開会式でやってた……」


「マリー・アントワネットだっけ、あんな感じでもっとヤバいやつ」



神父さんは、オレたちの話をうなずきながら聞いていた。


「ナルホド、ダイタイ、ワカリマシタ」



ドン!……ドン!……ドン!



太鼓の音はかなり近い。

おそらく教会の敷地内に入ったのだろう。


オレと琴羽は固まった。



「アナタタチハ、奥ニイテクダサイ」


神父さんは小さな瓶を取り出した。

たぶん、聖水だ。


扉は神父さんの手で開かれ、夏の陽ざしが差し込んできた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



20分ほどたった頃、太鼓の音がぱったり止んだ。


扉が開き、神父さんが入ってくる。


「モウ、ダイジョウブデス」


穏やかな声。

神父さんは微笑みながら立っていた。



「……終わったんですか?」


琴羽がまだ震える声で尋ねると、神父さんは優しくうなずいた。


「あれはいったい……」


うまく質問できないオレに、神父さんは丁寧に説明してくれた。


「彼女ハ、フランス革命ノ頃ニ、処刑サレタ貴族ノ女性デス。ギロチンデ首ヲ切リ落トサレ」


「ギロチン……だから、あの音」


「ハイ。公開処刑ノ時ハ、太鼓ヲ鳴ラシマス。罪人ノ叫ビヲ、民衆ニ聞カセナイタメ」


ガチャッという金属音や重たい物が落ちたドスンという音が耳によみがえった。


神父さんの説明を要約すると次のようになる。


処刑された彼女は天国に昇ることなく、また地獄に堕ちることもなかった。

いわゆる煉獄にとどまり、住みなれた城をさまよっていた。


悪魔や悪霊ではなく、フランスでは「フツウノ幽霊」。


ところが、お城の改修工事がはじまり、居場所を失った彼女は一時しのぎで観光客に取り憑いた。


その観光客が日本へインバウンドの旅行にきて、渋谷で遊んでいるときにはぐれてしまったそうだ。


どこへもいけなくて困っていたところへ、琴羽が出くわしてびっくりした。


自分の姿が視える人を見つけた彼女は、どうしたらいいかと相談したくて琴羽を追いかけたらしい。


結果として、逃亡追跡劇になった……というのが神父さんの説明だった。


「そんなこと言われても、あの姿は怖すぎるよ。もういなくなったの?」


まだ恐ろしい気分が抜けないまま、琴羽は入り口のほうへ視線を向けた。


「彼女ハ、無事ニ煉獄ヘ戻リマシタ。天国デモ地獄デモナイ、中間ノ場所。ソコカラ、彼女ガ居タ城ヘ戻レルハズデス」


神父さんは、静かに言った。


「彼女ハ、オ嬢サンニ、自分ノ話ヲ聞イテホシカッタ。デモ、

自分ガ恐ロシイ姿ニナッテイルコトニ、気ヅイテイマセンデシタ」


「迷子の幽霊だったんだ……」


オレは、なんとなく納得した。


琴羽はうつむいたまま、「お城へ帰れるならよかった」とつぶやいた。



「今日ノコト、ドウカ忘レナイデクダサイ」


「……はい」


オレと琴羽は同時にうなずいた。



そのとき神父さんの口調が、不意に変わった。


「……本当によかったです」


オレは、耳を疑った。

さっきまでのカタコトが消えて、きれいな日本語になっている。


「え……?」


琴羽も口をあんぐり開けて驚いている。


「彼女は、自分の姿が視えて、声を聴いてもらえる人がやっと現れてうれしかった。私にもよくわかります」


「……あなた、まさか」


琴羽が手で口を押さえて言った。



神父さんは、静かにうなずいた。


「はい。私も彼女と同じです。最近はインバウンドで迷子になる霊が増えています。私は日本へ宣教師としてきたことがあるから、時どき天国から派遣されて、迷子の霊たちをサポートしているんです」


神父さんは微笑んだまま、ゆっくりと消えていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



渋谷駅へ戻りながら、オレはきょうの騒動を振り返った。


「でも、同級生のライブにいけなかったね」


琴羽は残念そうに言った。


「いや、まだ間に合うよ。コトには17時開場、17時半開演って伝えたけど、本当は18時半開場、19時開演だから」


「えっ、ウソ!」


「だって、超人的な遅刻魔と出かけるときは、3時間ぐらいサバ読んどくのは常識でしょ」


「ひどいなぁ……でも、間に合うならいいや」


「そうだよ。こうして一緒に出かけるなんて、小学生以来なんだから」


オレはそう言いながら琴羽の手を握った。


琴羽も握り返してきた。


とたんに、頭上で何か鳴った。


ドラの音……いや、大きな鐘の音か。


道玄坂の下から巨大な黒いモヤモヤが登ってくる。


さっきよりはるかに大きい。


オレは琴羽の顔をうかがった。


琴羽は大きく開いた口を手で覆い、驚愕の眼で坂の下を凝視していた。



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