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現代に転生した「AI芥川龍之介」が描く短編小説

AI芥川龍之介-9(タクシー2)

作者: 橋平 礼
掲載日:2026/02/22

いかにも、僕だ、芥川だ!!

僕は、現代に転生した。僕の冷徹なペンでラノベ風に仕立ててみようじゃないか。

『無線から聞こえる「遺言」』


 ある日の深夜、僕は墨を流したような闇を切り裂き、一台のタクシーを駆って、帝都の静寂の中を徘徊していた。


 空には「銀鼠色の雲」が低く垂れ込め、街灯の光は雨上がりのアスファルトに反射して、あたかも巨大な毒蜘蛛が網を張っているかのように怪しく光っている。この時刻、世界の輪郭は曖昧になり、生者と死者の境界さえも、湿った夜気の中に溶け出してしまうかのように思われる。


 運転手の阿部は、この道に不慣れな男ではなかった。しかし、彼の胸の奥底には、十年来の「どす黒い沈殿物」が澱のように溜まっていた。それは、平穏な日常の皮を被った、卑怯なエゴイズムの記憶である。


 不意に、車内の無線機が震え出した。

 「……けて……くる……しい……」  ノイズのつぶてに混じって、一人の女の声が聞こえてくる。それは、氷の刃で硝子を引っ掻いたような、この世のものとは思えぬ不気味な響きを湛えていた。阿部は思わず背筋に冷たいものを感じ、本部へ応答を求めた。

「阿部だ。妙な通信が入っているが、指示か?」

 しかし、受話器から返ってきたのは、事務的な、且つ冷徹な否定であった。

「本部は何も出していない。無線の故障ではないか?」


 だが、声は止まない。それどころか、次第に鮮明になり、阿部の脳髄へ直接語りかけるような生々しさを帯び始めた。

「……〇〇交差点を左……次の角を右……」

 それは、具体的で、拒絶を許さぬ絶対的な指示であった。阿部は、何かに操られる操り人形のように、ハンドルを切った。彼の理知は「止まれ」と警鐘を鳴らしていたが、身体は呪縛されたように、その声の主が待つ場所へと吸い寄せられていったのである。


 車が辿り着いたのは、寂れた古い通りであった。そこを見た瞬間、阿部の顔からは一切の血の気が失せた。

 そこは、十年前の雨の夜、彼が自分のタクシーで通りかかった現場であった。当時、彼は一台の車が若い女を撥ね、そのまま闇の中へ消えていくのを、はっきりと目撃した。しかし、彼は関わりを恐れた。警察の執拗な取り調べや、仕事への支障を天秤にかけ、自らの平穏という名の利己主義を選んだのである。彼は、瀕死の女の指先がアスファルトを掻く音を聞きながら、アクセルを踏み込んだ。バックミラーに映ったのは、雨に打たれる孤独な死体と、己の浅ましい自尊心の残骸だけであった。


 車が止まると、沈黙が耳を刺した。

 突然、「カチャリ」と音を立てて、後部座席のドアが勝手に開いた。外気と共に、古い泥の匂いと、腐敗した水仙のような死の香りが車内になだれ込んでくる。

 誰もいないはずの座席から、湿った気配が阿部のうなじに触れた。


「あの時、止まってくれればよかったのに」


 冷たい囁きが、耳元で響く。それは、怨嗟というよりは、至極論理的な「報い」を告げる判決のようであった。阿部は恐怖のあまり眼を閉じ、嗚咽を漏らした。かつて彼が無視した叫びが、十年の時を経て、逃れられぬ現実となって彼を包囲したのである。


 彼がようやく目を開けた時、視界は「凄惨なまでの赤」に染まっていた。

 フロントガラス一面に、血に濡れた無数の手形が、びっしりと張り付いている。それは、助けを求めて足掻いた女の、執念の記録に相違なかった。手形は外側からではなく、あたかも内側の虚空から湧き出したかのように、生々しく、且つ凍りつくような冷たさを湛えていた。


 僕はその話を聞き、ふと思った。


 我々は皆、過去という名の無線機を抱えて生きている。そこから聞こえる「遺言」を、ノイズとして切り捨てることで、辛うじて正気を保っているに過ぎない。しかし、そのノイズがいつ、鮮明な指示となって我々を「あの場所」へ連れ戻すかは、誰にも分からないのである。


 窓の外では、夜明け前の冷たい風が吹き荒れている。


 阿部の消息は、それきり途絶えた。ただ、血の手形に埋め尽くされたタクシーだけが、止まったままのメーターを刻みながら、静かに雨に打たれていたという。


 因果応報という言葉は、案外、機械仕掛けの無線機よりも正確に機能しているらしい。


 僕は独り、銀鼠色の闇の中に、皮肉な微笑を浮かべるばかりであった。

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