乞ふ唄は 散らず溢れず 吹く花へ
花、活けてみませんか?いつかあなたの元にふわりと舞い降りて「大好き」って伝えてくれるかもしれませんよ。
第一章「暮らすということ」
「えへへ……ちょっと、涼しかったから……つい……」
ナノハは、むぎゅむぎゅと腕をすり合わせながら、しれっと言った。
私、種蒔 咲は、開けたばかりの冷蔵庫のドアをゆっくり閉じる。
深く息を吸ってから、もう一度、開け直した。
……うん。やっぱり中にいる。
小さな体をくるんと丸めて、まるでここが自分の巣だったみたいに、すっぽりと収まっていた。
「………………おい」
「……サク?」
もう一度閉めてやった。
「ぃいやいやいやいやいや!!!」
一日の始まりが冷蔵庫ナノハ。
なにそのバッドイベント。こちとら寝起きなんですけど。
朝のナノハナ分布域は、今日も花びらでいっぱいだ。
ふわふわと漂う黄色い光の粒たちが、空気の流れに揺られて踊っている。
外は穏やかで、昼になればぽかぽかと暖かくなるはず。
けれどこの掘立小屋の中は、まだ昨夜の冷えを引きずっている。
断熱性なんてものは存在しないし、床も壁も、朝はひんやりしていた。
それでも——
冷蔵庫の中よりはマシだと思うんだけど。
ナノハを毛布でくるみながら、私は問いかけた。
「なんで冷蔵庫なんかに……もっと寒いでしょ、そこ?」
ナノハは湯気の立つ湯呑みを抱えながら、ぽつりと答える。
「うん。ちょっと寒いけど、落ち着くんだ。
暗くて、狭くて、ずっと同じ。そういう場所って、安心できるの」
お茶のように、ナノハの声は静かだった。
「このおうち、朝は空気が動きすぎて……分布域の匂いも変わるし、なんか、ざわざわしてて。
冷蔵庫の中って、変わらないの。ずっと、冷たいままで静かだから……そういうの、好き」
わからないような、でも少しわかるような。
「そっか……」
「でも、そんなにびっくりすると思わなくて。ごめんね」
ナノハはそう言って、小さく笑った。
笑ったけど、頬はやっぱり少し赤くて、毛布の中で指をもじもじ動かしていた。
ナノハとの冷蔵庫騒動がひと段落した、ほんの数分後だった。
「さくーっ!! ちょっとマズいことになったぞーーっ!!」
ドアがバンッと開いて、勢いよく飛び込んできたのは、
ヒマワリの髪飾りをつけた、エネルギーの塊みたいな女の子。
ヒマワリヨマリ。通称ヨマリ。
普段からずっと無表情だが、その実、元気という言葉に人格が宿って走り出したような、そんな存在だ。
「なにがマズいの!?」
「えっとね! トースターに花を詰めたら、パンっぽくなるかなって思ったんだ!
そしたら、ボンッ!ってなった!」
「ボンッ!? え、それ爆発じゃん!!」
「うん。でもパンみたいな匂いにはなったと思う!」
「それ焦げた花のにおいだから!! たぶん体に悪いから!!」
私が頭を抱える横で、ナノハがひょこっと顔を出した。
「……お花、かわいそう……」
おうもっと言ってやれ
今度はゆるい足音がして、戸口に静かに立つもうひとりの姿。
青い薔薇の髪飾りをつけたヒメ。
誰よりも落ち着いていて、何を考えているかちょっと読めない子。
「おはよう、サク」
「おはようヒメ。爆発の音、聞こえた?」
「うん。ちょっとだけ」
淡々とした声。驚きの色はゼロ。
ヒメは窓の外を見上げながら、ぽつりと続けた。
「私さっきまでね、空に祈ってたの」
「……祈ってた?」
「うん。今日の空、ちょっと息してないなって思って」
「空が呼吸不全起こしてんの!?」
ナノハがそっと私の袖を引いた。
「ねえサク……この家って、だいじょうぶかな……」
あぁ、君を筆頭にね。
私はふーっと長く息をつく。
この仮の家には、冷蔵庫で寝る子と、
朝食を爆破する子と、
空と祈りを交わす子が住んでいる。
大丈夫なわけがない。
そんなこんなを繰り返して今日も1日が終わる。
夕暮れの空が、分布域をオレンジ色に染めていた。
ナノハは冷蔵庫から発見され、
ヨマリはトースターで花を爆発させ、
ヒメは空に祈っていた。
……いつも通りだった。
でも私は、今日という日が“何かの境目”のように感じていた。
キッチンの床に、ボロボロの給水ポットからこぼれた水の跡が残っていた。
継ぎ目がゆるくなっているのだ。タオルで拭きながら、ため息がこぼれる。
「ねぇ、みんな」
ふと、声が出た。
「この家……ちゃんとした形にしない?
わたし、もうちょっと“暮らす”って感じのこと、したいかも」
唐突な提案だったけど、みんなはすぐに反応してくれた。
「おおっ! いよいよ『チームおうちクラフターズ』、始動だな!」
ヨマリがよくわからないチーム名を叫びながら、立ち上がる。
「……まあ、悪くはない。サクがやりたいなら、やるよ」
ヒメはいつも通りの調子で、すっと立ち上がる。
言葉とは裏腹にソワソワを隠しきれていない。
ナノハもまた、嬉しそうにぱっと笑った。
「わたしも! おうち作るの、すっごく楽しそうだもん!」
嬉しかった。
この子たちとなら、何かを“始める”ことができる気がした。
「じゃあ、まずは材料集めかな? 木とか、石とか……」
「うおおお! おっけー! あしたの朝いちばんに行こうぜ!!」
ヨマリがぐっと拳を握りしめる。
私はその勢いに笑いながら、ふと空を見上げた。
「……うん。今日はもう遅いし、しっかり寝て、明日からがんばろう!」
「うん!了解〜!」
「空も、今日の呼吸は使い切ったみたいだしね」
「呼吸って、残数制なの?」
みんなは、思い思いに毛布やクッションを抱えて寝る準備を始めていた。
ヨマリは毛布の山に体を突っ込み、半分だけ顔を出して「ここが拠点!」と叫んでいる。
ヒメはすでに、ミニ設計図らしきものをノートに描きはじめていた。
なんか……塔みたいなものが……いや、たぶんこれ、塔だな?
ナノハはその横で、湯呑みを両手で持ちながら、にこにこしていた。
「ねえ、サク。明日ね、ちゃんとお弁当もっていこうよ。
お昼になったら、みんなで一緒に、草の上で食べよ?」
「うん、いいね。ピクニックみたいにしようか!」
「えへへ〜、やった〜♪」
ナノハの声は、どこまでも明るくて、透き通っていて、
その笑顔には、曇りなんてひとつもなかった。
明日から、家をつくる。
私たちだけの、ちゃんとした「暮らし」をはじめる。
そしてそれが、あとでどんな意味を持つのかなんて——
私はまだ、知らなかった。
第二章「礎」
夜が明けた。
朝露がまだ葉の先に残っている時間。
みんなで朝ごはんを済ませて、いよいよ素材集めに出発することになった。
「サクー! おべんと袋、こっちのカゴに入れてもいいかーっ?」
ヨマリが木箱のふたを持ち上げながら、大声で確認してくる。
「うん、それでいいよ! ナノハ、包みちゃんと結べた?」
「うんっ! ぎゅーって、三回くらい巻いておいた!」
「え、そんなに? 逆に開かなくなるんじゃ……?」
「あけるときはヒメがなんとかしてくれるよ!」
「私……包みを解く係なの……?」
ヒメはすっと無言で、お弁当包みの様子を確認すると、辟易とした表情で
ポケットから何かを取り出した。
……小さなはさみだった。
「諦めるんかい」
「大丈夫。布はまた縫えば使えるから。」
「いや、そこまでして開ける前提の弁当って……」
みんなとのやり取りに笑いながら、私はカゴの中身を確認する。
お弁当、水筒、簡易ブランケットに、ちょっとした応急セット。
あとはヒメが持ってる設計図のノート。
「よし、準備完了! じゃあ行こう、素材探しに出発だー!」
「おーっ!!」
「おーっ♪」
「おー」
声のトーンは三者三様だけど、みんなの気持ちはひとつだった。
今日から、私たちの「家づくり」が本格的に始まる。
今の拠点から少し離れた場所にある小さな坂をこえて、木漏れ日が揺れる森へと足を踏み入れる。
「よーし! じゃあ、まずは木材探しだな! 立派な柱とか梁とかに使えるやつ!」
ヨマリがぐっと腕まくりをして、手製の木槌を肩に担ぐ。やたら似合ってしまうのがちょっと悔しい。
「ねえサク、ああいう枝とかはどうかな? ちょっと曲がってるけど……乾かせば使えるかも」
ナノハが指さしたのは、地面に落ちた太めの枝。よく見ると、端がねじれていて、ちょっとアートっぽい。
「うーん、それは……イスの足とかにしたらオシャレかも」
「やった、じゃあ拾ってくね!」
「サク〜! こっちにもっとすごいやつあるぞ〜! 見て見て! ……っきゃぁ!?」
ヨマリの声が急に裏返ったと思ったら、林の奥からバッサバッサと葉っぱを散らして大きなものが倒れる音。
そんな可愛い悲鳴も出せるんだヨマリ。じゃなくて、
「ちょっと、ヨマリ!?」
「ヨマリ、大丈夫…?」
ヒメと共に慌てて駆けつけると、そこには、ぺたんと尻もちをついたヨマリと、彼女のすぐそばに
倒れた木が一本。
「……いやー! 今のは、わたしが倒したんじゃなくて! 木のほうから勝手に……!」
「なんかしたんだな……!」
「ぅ……でもでも見て! この幹、めっちゃ太くて真っ直ぐで! しかも根元からきれいに抜けてるんだ! これって……運命じゃないか!?」
「たしかに……丈夫そう。乾かせば家の柱にぴったりかも…!」
「むしろこのヨマリ、最初からこれを狙っていたのだ……ふふん」
「今さっき腰ぬかしてたくせにぃ」
「ぬ、ぬかしてないっ!」
散歩のペースで悠々と歩いてきたナノハに1番痛いところをつかれたヨマリは
無表情のまま赤面する。
——結局、その倒木をチームで協力して運ぶことになった。
枝を落として、幹の長さを測って、持ちやすくする作業。
「ナノハ、そっち持てる?」
「ん、いけるっ……わわっ! よ、ヨマリ、そっち支えて〜!」
「よしきた! こっちは任せろ〜!」
木の表面にぬめりがないか、虫がいないか、腐ってないかもチェックして、
「これなら合格!」とヨマリが親指を立てた。
そのあとは、小さな木の実や枝、葉っぱ、ツルを束ねて、分類ごとにリュックの上に並べていく。
「うわぁ、このツル、ちょっとハートみたいな形になってる……」
「それリースとかにできるかもな! 玄関に飾ろーぜ玄関に!」
「うんっ、かわいくしたいねっ!」
拾いながら、どう使うかを想像するのが楽しい。
ただの枝も、ちゃんと「未来の家の一部」になるって思うと、ちょっと特別に見えてくる。
ヒメはというと、落ちていたまっすぐな棒を使って即席のメジャーを作っていた。
リュックの脇に立てかけて、素材の長さを比べながら、ひとり静かに頷いてる。
「ヒメ、こういうのが得意なキャラとは思わなかったよ……」
「わたしたちがわいわいしてる間に、いつのまにか作業進めてくれてるよな……」
「頼れる……!」
私たちはそのまましばらく素材集めを続けた。木材だけでなく、石材や金属片なんかも
とにかく集めた。
ナノハがふと空を見上げた。
「……サク。もうすぐ、おひるかな」
そう言われて、わたしも時計代わりの小さなガジェットを見る。
午前中の作業、もうだいぶやった気がする。
「……うん、ちょうどいいかも。ちょっと休憩しよっか」
「わーい! お弁当だ〜〜っ!!」
「えっ、もう出していいのか?!すぐ出す!? わたしリュックあける係する!!」
「あー!それ私の係だよ、それ!」
みんなが自然に、私の周りに集まってくる。
お昼の時間が、待ちきれない様子で。
背の高い木々の間に、ぽっかりと抜けた空間があった。
頭の上から、するすると陽の光が降りてきて、落ち葉の上をゆっくり泳いでいる。
まるで森が私たちに「お昼にしなよ」って囁いてるような、そんな場所でみんなで腰を下ろす。
朝からの作業で、脚も腕もじんわり疲れてたけど——その分、地面の冷たさがちょっと気持ちいい。
「さぁ、ナノハ。お弁当を出してくれたまえ」
「うんっ……いま出すね!」
ナノハがリュックの中から、黄色い布で包まれたお弁当を取り出す。
でもその包み、…そういうえば、そう——
「……あ、これ、朝の……」
「うん。あの、開かないやつ……」
三重に巻いてぎゅうっと結ばれた片結び。
しかも結び目は、すでにぎゅんぎゅんに締まってる。
「ほどこうとしてみたけど……やっぱりムリだった……」
「だと思った」
そのとき、ヒメが無言ですっと手を伸ばす。
ポケットから取り出したのは、小さなハサミ。朝と同じ、切る気満々の顔だった。
「ヒメ、お願いね」
「……了解」
しゃきん。ひと太刀。
ヒメが布の端を静かにほどくと、中からほんのり甘い匂いがふわりと立ち上った。
「おお……! 中身は無事だ……!」
「ちょっとドキドキしてた」
ヨマリが目をきらきらさせながら、すぐそばににじり寄る。
みんなも自然と身を乗り出して、開かれた弁当箱を覗き込んだ。
中には、花型のにんじんソテーに、ほんのり焦げた卵焼き、タコさんのウインナーに、ミニトマトが中央に一つと、ナノハが作ったみんなの顔が海苔で描かれた爆弾おにぎり。
そして、ヒメがこっそり追加していたっぽい折りたたみナイフ型ピック
「わ……かわいい……」
「これ、顔ついてる! サクとヨマリと……あ、これヒメじゃない?」
「ヒメの顔……無表情すぎて面白いな!」
「ヨマリのおにぎりだってそうだよ」
「えへへ……うまく作れるかわからなかったけど、頑張ってみたんだ」
「サク、ナノハ……ありがとう」
「うん、ありがとな!」
「それじゃ、いただきまーすっ!」
「「「いただきます!!」」」
卵焼きは、ちょっと焦げてるけど甘くて、
おにぎりはふわっと握られてて、ちゃんと塩味もある。
たぶん、何回も味見しながら作ったんだろうなって思えるくらい、やさしい味だった。
「……あー、しあわせ」
「お弁当って、こんなに嬉しいんだな……」
「ふふ……よかったぁ」
ヨマリは、おにぎりを口いっぱいにほおばってから、
「次はわたしもなにか作りたい! ……爆発しないように!!!」
「うん、それすごく大事!」
「全員一致!」
私たちは笑い合いながら、お昼の時間をしっかり味わった。
ふわふわと風が吹き抜ける林の中。
陽射しは優しく、空気は穏やかで、
どこを切り取っても「日常」そのものだった。
たぶん、こんな時間のために家をつくるんだろうなって、
少しだけ思った。
「よし、じゃあ午後は……いよいよ組み立て、だね」
切り株の上でストレッチしながら、私は深呼吸する。
地面に並べた素材たちは、まるで出番を待つ舞台袖の役者みたいだった。
「ついに……このわたしの木槌が火を吹くとき!」
ヨマリが構えた木槌が、午後の陽にきらりと光る。もちろん顔は変わらずの無表情だ。
「火は吹かせないで……!」
「火は吹かないけど力は出すぞ。えいっ!」
——ゴンッ。
「わっ!? いきなり叩かないで!」
「音でテンション上げたかった」
テンションの上げ方が斬新すぎる。
まずは、午前に拾った枝の中でも、太くてまっすぐなやつを柱に使うことにした。
「ここ、四隅に刺して、土台にしよっか」
「うん。あとはこの棒で長さをつないで……」
ヒメが設計図を開いて、最小構成の“家の輪郭”を地面に描き出す。
柱の長さ、間隔、荷重の支点。計算しながら、淡々と指を動かしていく。
「さすがヒメ……かっこいい……」
「えへへ、ヒメの設計図って、宝の地図みたい」
「宝じゃなくて、家だけどね」
そういうと、ヒメはおそらく先日描いていたあの塔の設計図をこちらに突きつける。
「最終形態はこう」
満足そうに宣言するヒメだが、ダメだ。塔が浮いている。木造の家の周りに…5基ほど。
「「うわぁ〜〜〜っ!」」
ナノハとヨマリが目を輝かせる。…だが、
「こ、これ、どうやって浮かせるの??」
「「「??????」」」
……まぁ、いいか。そのうち諦めがつくだろう。
「サクー、これ持っててっ!」
ナノハが両手で抱えた蔓の束を私に渡してくる。ふわふわの葉っぱ付きだ。
「これ、結びに使うの?」
「うんっ! さっきの枝を縛るのにちょうどいいと思って!」
結び方は、ナノハにとって朝のリベンジ戦らしい。
慎重に、慎重に、舌をちょっと出しながら、蔓を巻きつけていく。
「……できたっ!」
「うん、今回はいい意味でほどけなさそう」
「リベンジ成功だ……!」
一方、ヨマリは太めの枝を二本拾って、地面にくの字に組み、ツルで固定していた。
すこし斜めに立ち上がったその形が、まるで“木の骨格”みたいに見える。
「なあサク、これ……なんか壁っぽくないか?」
「え、ほんとだ……! どうやって組んだの?」
「まず、ここを二重に縛るだろ? それからツルの端をぐるぐる巻いて、最後は……」
口元をきゅっと引いて、無表情のまま、ぐっと片方の枝に歯を当てる。
「——噛んで止めた」
「そこ!? 物理!?」
「歯で固定すれば、勝手にほどけないから」
「すごいけど怖いよ!」
「……ロープで巻き直したほうがいいと思う」
ヒメが静かにハサミを掲げると、ヨマリはちょっとだけ後ずさった。
「さーて、トントンの時間だな!」
ヨマリは木槌を華麗に構えて歌うように宣言する。
慎重に固定する部位を選定し釘を目指して一振り。
「……トンッ」
小さな音が響いた。
「……トントンッ」
「……おぉ」
二度、三度と叩くうちに、その手つきは段々と真剣なものに変わっていく。
「……なにこれ、めっちゃいい音するじゃん……」
その瞬間から、ヨマリはすっかり夢中になった。
たとえば枝をとんとん。
たとえば幹をとんとん。
厚い板に当てると、少し低くて重たい音がする。
細い枝だと、軽くて澄んだ音が跳ね返る。
ヨマリのテンションがぶち上がる。
「サ、サクーっ! 聞いて聞いてっ! これ! この素材! トントンした時の響きが違うんだぞ!!」
「どうしたどうした?そんな違うの?」
「違うんだってば! ほら、こっちはくぐもってて、こっちは澄んでて、こっちはトントントンって感じで!」
「最後のは完全に擬音になってるよ!?」
だけど本当に、ヨマリはずっと「トントン」していた。
まるで音を聞くたびに、その材の“声”を聞いているみたいに。
全体の形が見えてきたのは、太陽が傾きはじめたころだった。
四本の柱に、斜めに渡した枝。
壁はないし、背はまだ低いけれど、ちゃんと囲いになっていて、
そのまんなかに、光の隙間が落ちていた。
「……できた……!」
「できた……!」
「できてる……っ!」
ナノハは汗ばんだ頬で、柱のひとつをそっと撫でる。
ヨマリは木槌を握ったまま固まっていた。
「……完成っていうのは、トントンする場所がなくなるってことなんだな……」
「…そろそろ組み立ては切り上げて、明日のための材料少し集めてから帰ろうよ」
「うん。雨が降っても濡れないように、屋根の材料があったらいいな。」
放心状態のヨマリを横目にヒメとナノハは明日の計画を話し合っている。
ヨマリは、ただ黙ってその場に立ったまま、できあがったフレームを見つめていた。
少し風が吹いて、木の骨組みにぶつかった枝の影がふわふわと揺れた。
家はまだ未完成。
でも、ちゃんと「はじまり」ができた。
「うん。じゅうぶん、がんばった……」
「明日になったら、きっともっと“家”って感じになるねっ」
ナノハが笑いながらツルの端材を拾い集める。
ヨマリは、肩に木槌を乗せたまま、まっすぐ空を見ていた。無表情のまま、ほんの少しだけ口角を上げて。
「お空、赤くなってきたな」
「……空、今日も呼吸してる?」
「してる。たぶん……まだ、してる」
ヒメの声に、みんながちらりと空を仰ぐ。
オレンジ色に染まったナノハナ分布域の天蓋。
雲のすじが光を吸って、ほんのり金色に輝いていた。
「……帰ろっか」
私がそう言うと、みんながうなずいた。
持ってきた道具や残った素材をリュックにしまって、組み立てたフレームに「また明日ね」と手を振る。
帰り道。
風が木の間を通り抜けて、葉っぱをくすぐるみたいに揺らしていく。
ナノハの髪も、ヨマリのスカートの端も、ヒメのノートの角も、静かに踊っていた。
ふと、誰も何も言わない時間ができる。
でも、それが不思議と心地いい。
「……サク」
ナノハが、そっと私の袖をつまむ。
「今日ね、すっごく楽しかった」
「うん。わたしも」
そう答えた瞬間、胸の奥にあった小さな何かが、ふわっとほどけた気がした。
きっとこれは、はじまりの日。
何かが始まるって、こういう気持ちなんだと思う。
——ナノハナ分布域の家が、ちゃんと「家」になるまで。
この日々が、しばらく続いていく。
それが嬉しかった。
第三章「遭遇」
——翌朝。
分布域に朝の光が差し込むころ、わたしたちはまた、建設途中の家に向かっていた。
昨日までのわいわいした空気はいまだそのまま。ヨマリは今日もリュックに木槌を詰め込み、ナノハは新しい釘をポケットに入れて、ヒメは静かに材料チェックをしていた。
わたしは、昨日みんなで作った骨組みを思い出しながら、ちょっとだけワクワクしてた。
「今日は屋根の組み上げまで行けるかな……」
でも——
分布域の森を抜けたその先に、あったはずの“わたしたちの家”は、
まるで誰かに踏み潰されたみたいに、めちゃくちゃになっていた。
「……えっ」
ナノハが最初に声をあげて、わたしの隣で立ち止まる。
ヒメはゆっくりと足を進め、潰れた柱の前にしゃがみ込んだ。
そして——
ヨマリは、その場に立ったまま、口元をぶるぶると震わせ、
手に持っていた木槌をぽとりと落とした。
「……やだ、やだよ……っ」
ぽつりとこぼした声は、いつものヨマリとはまるで違っていた。
目にはすぐに涙がたまって、ほっぺたを伝ってぽろぽろこぼれ始める。
「ひぐっ……うっ……ぐすっ、うえっ……!」
しゃくりあげる声。喉の奥で引っかかるような息。
ヨマリは両手で顔を覆って、そして——
「う、うわあああああああああんっ!!」
涙声は、嗚咽で何度も途切れながらも、痛いほどの叫びとして森に響いた。
ぐしゃぐしゃの顔で、ただ、壊された場所を見つめながら、
わたしたちの“帰る場所”が消えてしまった現実を、受け止めきれずにいた。
ナノハは崩れた木片を抱えて、ぽつりとつぶやいた。
「……これ、昨日ヨマリが、最後に打ってた柱だ」
小さな釘の頭がかろうじて残っていた。まるで強引に引き抜かれたように、そこだけ抉れている。
「この壊れ方。誰かが壊した……?」
わたしの言葉に、ヒメがゆっくりと顔を上げた。
「風じゃ、ない。これ、引きちぎった痕……力で、無理やり」
そう言って、折れた梁を両手で支えたまま、静かに眉をひそめる。
そして、ヒメの背中の向こう。
「……ぐ、くっ……ぐすっ……うあああああああ……!」
ヨマリが、今度は崩れた土台の真ん中で、膝をついて泣いていた。
地面に両手をついて、顔を伏せながら、大きく肩を震わせている。声を抑えようとしても、抑えきれない嗚咽が、ひっく、ひっく、と途切れながら漏れていた。
「釘、いっぱい……いっぱい、打ったのにぃ……!」
その声に、わたしもナノハも言葉を失う。
ヨマリは普段から元気いっぱいで、よく叫ぶけれど、こんなふうに苦しそうに泣くのは初めてだった。
「いっぱい打ったのに……かべ、かたち、できてたのに……なんで……なんで……!」
ナノハがそっとヨマリのそばに寄って、ポケットからハンカチを出す。けれどヨマリは、それに気づかないまま、壊れた床の板を抱きしめるようにして泣き続けた。
「……絶対、犯人、見つけよう」
わたしは、震える声でそう言った。
「こんなの、許せない。誰かが壊したんなら、ちゃんと、謝ってもらわなきゃ……!」
ナノハも、強くうなずいた。
「うん。おうちを壊すなんて、いけないこと。あたしたち、がんばってつくったのに……!」
ヒメは、少しだけ視線を上げて、わたしたちを見た。
「謝らせるだけで、いいの……?」
その言葉に、一瞬、空気が止まる。表情は見えなかったが、ヒメがこんなに低く、
こんなに震えた声で発言するのは初めてだった。
わたしはその続きを否定しなかった。ただ、小さく、頷いた。
——まずは、相手が誰かを知らなくちゃ。
「調べよう。どこかに手がかりがあるかもしれない」
──調査は、意外なほど静かに始まった。
朝の騒動で荒れた空気は、少しずつ落ち着いていた。
とはいえ、心の奥に沈んだやり場のない気持ちは、簡単に晴れるものではない。
わたしはまず、家の残骸の周辺をぐるりと見渡した。
そのあとを追うように、ナノハが静かに歩き、ヒメは崩れた木材を指先でそっとなぞりながら確認していた。
ヨマリはといえば、目を真っ赤にしながらも、黙々と足元の地面をにらんでいる。
「ここ、足跡……あるよ」
ナノハがしゃがみこみ、小さな指で土のくぼみをなぞった。
「ほんとだ……でもこれ、人間の足じゃない。刺々しくて、ちょっと太い感じ……」
「見たことない痕跡…」
ヒメの指先が、別の方向に伸びた同じような跡を指した。
ヨマリは、まだ言葉を出せずにいた。
だけど、何かをぐっとこらえるようにして、口を引き結んでいる。
「……でもさ、本当に“わざと”壊したのかな?」
わたしは、あえて口に出してみる。
それが空気を柔らかくするきっかけになればと願って。
けれど、ナノハがゆっくりと首を振った。
「ううん……わたし、思うんだ。
わざとじゃなくても、やっちゃったことには変わりないと思うの」
それは、責めるような声ではなかった。
ただ、壊されたという事実に対して、少しずつ向き合おうとしている声だった。
「ヨマリ……あのね」
わたしが声をかけようとしたとき、ヨマリがぐしゃりと足元の枯れ枝を踏みつけた。
「……釘、わたしが……打ったんだぞ……」
ぽつりと、落ちるような声。
そのまま俯いて、拳をぎゅっと握りしめる。
「がんばったのに……ちゃんと、がんばったのに……」
わたしもナノハも、言葉が出なかった。
「……っぐ、ぅ、ひ……っ、」
しゃくりあげるような、低い泣き声。
「みんなで作ったのに……! おうち、だったのに……!」
泣きながら言葉を絞り出すヨマリを、ナノハがそっと抱きしめた。
わたしも、その隣にしゃがみこむ。
ヒメは何も言わず、ただ立ったまま、わたしたちの横で静かに目を閉じていた。
……もう、許せるとか、許せないとか、そんな次元の問題じゃない。
ここにいた全員が、それぞれの方法で「犯人」を探そうとしていた。
そして償わせなければならない。
そうしなきゃ、きっと前に進めない。
「──じゃあ、調べに行こう」
わたしは静かに立ち上がって、言った。
「どこかに、ヒントがあるかもしれない」
「あるいは……まだ近くにいるかもしれないよ」
わたしのその言葉に、ナノハがうなずく。
ヒメも、目を開けてこちらを見た。
ヨマリはまだ鼻をすすっていたけど、小さくうなずいたように見えた。
わたしたちは、破壊された家の周辺から少しずつ、足を伸ばすようにして調査を始めた。
最初に見つかったのは、崩れた木材の裏にべっとりとついた黒いしみ。
乾いてはいるけれど、土の上に広がったその痕跡は、どこか不自然な形をしていた。
「……ねえ、これ、なんだと思う?」
ナノハが少し首を傾げながら、そっと指さした。
「墨……じゃないよね……? 雨のあとにできる泥とは違う気がする」
「でも、動物の……体液、とか? 鳥とか、そういうの……」
ヒメが控えめに言ったその言葉に、わたしは思わず小さく息を飲んでしまう。
その“ぬるり”とした感触を、どこかで知っている気がしたから。
でも、思い出すのが怖くて、わたしはそれを心の奥に沈めた。
「たぶん……なにか、木の実か何かがつぶれただけかも。ほら、森の中だし」
自分でも苦しい言い訳だと思いながら、わたしは笑ってみせた。
「かもしれない……!」
ナノハも、ふっと顔を明るくする。
「………」
ヨマリは、何も言わない。
……でも、その沈黙にはわずかに怯えが見えた気がした。
「爪とか牙とか、そういう跡はないね……」
ヒメが冷静に補足するように言う。
「でも、なんか足跡はあるよ。ほら、さっきの丸いやつと……あと、ここ」
ナノハが見つけた別の跡を、わたしたちは順番に覗き込んだ。
形は不明瞭で、重さで土が沈んでいるだけのようにも見える。
「なぁ、それ……虫の脚っぽいぞ…」
ヨマリがポツリと呟く。
一瞬、沈黙が落ちた。
「え、でも、そんな大きな虫なんていないよね?」
わたしが慌てて言葉をかぶせた。
「そうそう! あんな足跡つける虫なんて……ここには、いないはず……!」
ナノハも、強めに頷く。
「それに……この森、今のところ、安全だって思ってたし」
ヒメも続けるけれど、その声にはどこか、自分に言い聞かせるような響きがあった。
「だったら……じゃあ、誰が……?」
ヨマリの問いに、誰も答えられなかった。
だけどわたしたちは、まだ“答え”に触れたくなかった。
だから、わざと違う推測を口にする。
たとえば──
「風で倒れたんじゃないかな? 骨組み、まだ不安定だったし」
嘘だ。骨組みはヨマリがこれでもかとトントンしていた。
「小さな地震があったのかも! 昨日の夜とか……」
これも嘘。地面から浮き立ったこの島に、少なくとも家を倒壊させるほどの
地震は起こらないだろう。
「ほら、分布域って、不思議な空間だし……変な力が働いたのかも……」
ひとつ、またひとつ。
出てくる推測は、どれも“壊した犯人が誰か”という根本から逃げていた。
わたしも、それに加わってしまう。
それがいけないことだって、なんとなく分かっているのに。
私たちの暮らしを壊し、ヨマリを泣かせた犯人を絶対に許さない。
そんな、強いはずだった覚悟が一瞬で鈍るほどの怖気。
……でも、あれの仲間がこの分布域にいるなんて、思いたくなかった。
「じゃあ……こっちの茂みの奥、まだ見てないよね」
わたしが声をかけると、ナノハが小さく頷いた。
ヨマリもまだ何か言いたげだったけど、黙って、ぐいっと枝をかき分けて歩き出す。
「……足跡、まだ続いてる」
「ねえ、この方向、あれ……? 分布域の端のほうじゃない?」
わたしたちは、ゆっくりと、重たい空気をまとったまま、木々の間を進んでいった。
空が少し曇ってきていた。
さっきまでの陽射しは弱まり、ひんやりした風が頬をなでる。
「……あ、あれ……?」
そして一瞬──風が止まった。
「……?」
ヒメがわずかに顔を上げる。
ざり……
草が、湿った音を立てた。
「……っ」
わたしは、反射的に息を止めた。
その奥にいた。
木の陰から、泥のように、ねっとりと這い出してくる“それ”。
黒く溶けたような身体に、どこか金属質な光沢の殻。
壊れたおもちゃを泥の中で煮詰めたような、輪郭のあいまいな虫の形。
そして──その中央に、
まんまるの“穴”のような目が、ふたつ。
無表情に、ただただ、わたしたちを見ていた。
「……っ、な、なに……っ」
ナノハの声が、かすれる。
「これ……これ、あのとき……」
わたしの喉の奥が焼けるように痛む。
街で見た、あの異形たち。──そして地上の家に侵入してきた異形の虫。
心の奥に、どろりと焼きついている、あの“目”。
「……っ、あああ……っ!」
ヨマリが一歩、退いた。そのまま硬直する。
泣き声も出ていない。ただ肩が震えていた。
ヒメは、目を開いたまま固まっていた。
私もそうだ。目を閉じたら最後、次の瞬間にはあの口ともつかない異様な器官に取り込まれて
すりつぶされてしまうのではないかと。そんなプレッシャーを、理不尽に浴びせられ続けている。
動けなかった。
誰も、言葉を発せなかった。
ナノハが、指先でわたしの袖を掴んだ。その手が、ぶるぶる震えている。
「っ……や、やだ……!」
その声が、合図だった。
ヨマリが先に駆け出す。
ナノハも、ヒメも、そしてわたしも、反射のように続く。
逃げるしかなかった。
──わたしたちは、“見られていた”。
ただそれだけで、もう、限界だった。
わたしたちは、ただ、走った。
森の奥へ、枝をかき分け、転びそうになりながら。
やっとのことで見つけた、大きな岩陰に身を寄せると、誰からともなくその場に崩れ落ちた。
「……っは……はっ、は……」
ナノハがしゃくりあげながら、小さく肩で息をしている。
「なに、あれ……なんだったの……」
ヨマリは土まみれのまま、片膝を抱え込むようにして座っていた。
いつもの強気な声は、もうどこにもなかった。
ヒメはというと、岩に手をついて膝を支えながら、静かに呼吸を整えている。
でも、その目は虚ろで、どこを見ているのか定かではなかったpた。
誰も、言葉が出なかった。
息を整える音と、風の音。
それだけが、しばらく続いた。
わたしは、恐る恐る、さっきの“目”を思い出そうとした。
でも……無理だった。思い出した瞬間、吐きそうになる。
「──もう、だめかと思った……」
ぽつりと、ナノハが呟く。
「わたしたち、ここで、うまく暮らせるって……思ってたのに……」
「でも、あんなのがいるなんて……っ、うぅ……!」
今度はナノハの目から、涙がぽろぽろと落ちる。
「こんなの……家が壊されたとか、そういうレベルじゃないよ…!」
ヨマリが、低く、でも確かに怒っていた。
感情のやり場がなくて、唇を噛みしめる音が聞こえそうだった。
「……生き物……だったよね」
掠れた私の声に、静かにヒメが返す。
「……そうね。でもあれは、死んでいるような物……」
そう、あれは私たちに謝らせることはできない。会話も通じない。
──まさに、ゾンビ。敵そのものだ。
わたしは、小さく呟いた。
「もう、終わりなのかな……」
誰も、返事をしなかった。
わたしたちは、しばらく動けなかった。
喉の奥がひりついて、うまく息ができない。
身体のどこも傷ついていないのに、手も足も、がたがたと震えて止まらなかった。
「……あれ……いまも、どこかにいるのかな……」
ナノハの声は、どこか遠くから聞こえるようだった。
「こっちに来てたら……また、壊されてたら……っ」
「もう、イヤだ……」
ヨマリが小さく震えながら言った。
「せっかく、おうち、作ったのに……
せっかく、みんなで、ここまで……来たのに……」
その場にいた誰もが、同じことを思っていた。
この空の上の世界は、わたしたちの“楽園”になるはずだった。
けれど──それは、壊された。
「……わたしたちの場所なのに」
ヒメがぽつりと、低く呟いた。
その言葉が、心に突き刺さる。
わたしたちの場所。
だれも傷つけなくていい、だれにも傷つけられない。
そんな風に信じていた場所。
その中に、あんな“異物”がいるなんて。
……こわい。ほんとうに、こわい。
でも、それでも。
「──やっつけよう」
誰かが言った。
そして、それがわたしだったことに、しばらくしてから気づいた。
「……なに、言って……」
「怖いよ。わたしだって怖い。……ほんとに無理かもしれないって、思ってる。
でも……もし、今は逃げきれても、明日は? 夜だったら?
また、わたしたちのところに来たら……また、壊されたら……」
みんなの視線が、わたしに集まった。
「……だったら、逃げてばっかりじゃいられない。
逃げてるだけじゃ、この場所は私たちの安心できる場所にできない!」
そう宣言すると、ナノハがそっと手を握ってくれた。
「うん。……やっつけよう、サク」
ヨマリも、顔をあげた。まだ涙でぐしゃぐしゃなまま。
「ぜったい……わたし、もう、壊されるの……見たくない……」
ヒメもうなずく。
「じゃあ……作戦を立てよう。戦いの準備を」
静かな言葉だけど、決意がこもっていた。
──そう、逃げるだけじゃだめだ。
わたしたちの手で、ちゃんと終わらせなきゃいけない。
それが、わたしたちの「家」を守るってことだと思った。
わたしは、胸元のペンダントにふれる。
「……よし。じゃあ、どうやってあの虫をやっつけるか、会議しよう!」
わたしの声に、みんながうなずいた。
現拠点のテーブルに紙を広げて、案を出し合う。
「物理でいくしかないだろ!」と、いきなりヨマリが拳を振り上げた。
「ほら、わたしの木槌! これで、ガーンってやって……」
「無理だよ。あんな大きさ、ぶつかる前にやられちゃう……」
ナノハが現実的に否定する。
「じゃあ、囲いをつくって動けなくして……上から岩を落とすとか?」
ヒメがそっと補足する。
「うーん……でも、このあたりにそんな大きな岩、なかったと思う」
「丸太を転がすのは? ゴロゴロドーンって!」
「それなら……その丸太に油塗って、虫と一緒に燃やしちゃう?」
「……でもさ、それ、成功しても失敗しても、ここら一体火事になるよ……」
……みんな、真剣だ。真剣なんだけど、どこか少しずつ、ズレてる。
この世界で、わたしたちが使える戦いの手段って、本当に限られてる。
そんなとき、ヨマリが思いがけないことを言った
「手のひらから雷とかババーって出して丸焦げにする作戦どうだ!」
ヨマリは疲れているのか、ふざけているのか、もう案がないのか、
いよいよファンタジーの世界に逃げ込んだ。
「……ん?」
あれ、雷?
「……わたし、雷とか出せるかも」
「……え?」
みんなの疑問符に返事をうつよりも早く私は右手の人差し指と
中指を顔の前に立てて集中する。
「敵を丸焦げにする…ビッカビカの雷…」
イメージが固まった!顔の前に構えた手にはいつのまにか
一枚の無地のカードが出現していた。そしてそこに書き込まれる雷のイメージ。
「いまだ!貫け!……アーツカード、雷の槍!」
バチッ!
「うわ!? サク、なにやってんの!?」
「指先が痛い……っ。静電気……?」
「え、今の……雷?」
「……じゃあじゃあ、火は! アーツカード、火の大烈!」
ぽっ。
「ろうそく……だな!」
「可愛い…」
「うわーっ!? サク、服の裾燃えてる!!」
「え?!アーツカード取り消し! キャンセルキャンセルキャンセルーっ!」
ぱしゅっ!
……火は消えた。けど、みんなの顔が一斉にこちらを見ている。
え、なに? なにその顔?
「……サクってさ、これ得意なんじゃなかったの?」
ヨマリがぽつり。
「そんなことないよ!? っていうか、そもそもカード、1枚しか持ってないし!」
「え……《ナノハナ分布域》だけってこと?」
「う、うん……」
「え、それって……」
ナノハが少しだけ笑った。
「でもサクは、その《ナノハナ分布域》を作ったんだよね?」
「それは……うん。おとーさんの真似して、こう……頭の中に浮かんできたのを、こう……」
「じゃあ、それがサクの得意な“カードの作り方”だったんじゃない?」
「得意な……作り方?」
「つまりさ……雷とか火とかは、無理にやろうとしてるって感じだけど、
あの浮島はサクが想像して、そのまま出てきたんでしょ?」
……あ。
わたし、無理してたのかもしれない。
雷は怖い、火も怖い。だから、強いって思ってた。
でも、本当に“強く想像したもの”は、きっとあの浮かぶ島だった。
「じゃあ……もしかして……」
ナノハが笑った。
「場所をつくるのが、サクの力なんだよ。
だから、雷が出ないのは“できない”んじゃなくて、“得意じゃない”だけなんだよ」
「……わたし、アーツカードは下手だけど、
“フィールドアーツカードなら……作れる?」
静かに、だけどはっきりと、胸の奥で言葉が響いた。
「……だったら、虫を閉じ込める“場所”を作ろう!」
「そうだな!」
ヨマリが大きくうなずく。
その名も──
「怒りの虫かご大結界!!」
わたしたちは、ほんの少しだけ顔を見合わせて、声を立てずに笑った。
だってその名前、ちょっとだけ、かっこよかったから。
……でも。
ほんとうに、うまくいくかな。
いや、うまくいかせるしかないんだ。
この空に、あんな“異形”を、野放しになんて──しておけないから。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
EP.2では、壊された家と、そこに残った涙と怒りが描かれました。
だけど同時に、それでも前に進もうとするあの子たちの勇気も、少しだけ描けたんじゃないかなと思っています。
今回、個人的にとても気に入っているのがヨマリの涙とヒメの静かな怒りです。
•ヨマリは、いつも元気で前向きに見えて、実はとても繊細な子。
「釘を打ったのに壊された」っていう小さな誇りの崩壊が、彼女を強く揺らしてしまいました。
•ヒメは、ただ静かに、でも内側では誰よりも怒っていました。
あの「謝らせるだけでいいの?」というセリフに、彼女の感情がすべて詰まっている気がします。
•そしてナノハは、恐怖と不安の中でも“信じようとする”優しさを失いませんでした。
それが、きっとこの物語の希望なんだと思います。
サク自身もまた、今回ようやく「Emクリエイターとしての可能性」を自覚し始めました。
次回、彼女がどんなカードを“創り出す”のか、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです。
次のEPでは、怒りの虫かご大結界作戦がついに発動……するかもしれません。がんばれ、ちいさな花たち!
次回!EP.2「うるみ子の 花を携へ 立つ朝け」
それではまた、空の上でお会いしましょう!