トレーニング用の機材に殺戮とつけるのはやめてくれ
ケイトの頭上から竹刀が振り下ろされる。
「うおっ!?」
ケイトは左に跳んでそれを避け、ドタドタとミカエルに向き直る。ケイトの心臓がケイト以外にも聞こえそうなほど大きく鳴り出す。
「いきなりすぎんだろ! 止めろこの殺戮なんたらかんたら!」
「殺戮人形Mk-2《ミカエル》です。それに、冒険者たるもの、いついかなる状況でも気を抜かないべきです」
「それはそうだとしても、せめて武器くらいは持たせてくれよ!」
「武器を持っていない時に狙われたらどうするんですか」
「揚げ足ばっか取るな!」
ミカエルが床を踏み切る。踏み切りは部屋全体を大きく揺らし、一瞬でケイトのすぐ目の前まで詰め寄る。
「いぃっ!?」
ミカエルが竹刀を右に薙ぎ払う。
ケイトはそれをしゃがんで避けるが、そこへ間髪入れずに縦一直線にもう一本の竹刀が振り下ろされる。
ケイトは竹刀がギリギリ頭に直撃するというところで、両腕で防ぐことに成功する。
「痛っでぇ!!」
痛がるケイトに、ミカエルは容赦なく突きを繰り出す。突きはケイトの腹に直撃し、ケイトを壁まで吹き飛ばす。
「ゲホッゴホッ! クソっ、やるしかねぇか!」
ミカエルが突っ込んでくる。ケイトは立ち上がり、反撃を狙って構えをとる。そして、高速で迫り来るミカエルの行動を見逃さないよう目を凝らす。
ミカエルはケイトが竹刀の間合いに入った瞬間、素早く、正確にケイトの右足目掛けて竹刀を薙ぐ。
「見えてるぜ」
ケイトは軽く跳ぶことでその薙ぎ払いを避け、そのままミカエルの頭部に前蹴りを食らわせる。
ミカエルは勢いよく吹き飛ぶが、腕を地面につけて体をぐるりと回転させることで綺麗に着地する。
「本気出せよ。腕6本もあるんだからもっといけんだろ」
挑発するケイトに向かってミカエルが走り出す。
ミカエルは中段の二本の腕を交差させ、ケイトに左薙と右薙を同時に繰り出す。
ケイトはそれを天井近くまで跳び上がって躱す。
ミカエルが上段の二本の竹刀で頭上のケイトに向かって高速の突きを放つ。
ケイトは身を翻してそれを避けながら、その回転を利用してミカエルを強く殴りつける。
その一撃でミカエルは床に倒れ込み、動かなくなる。
「動きが変わった……」
シエラがケイトの変化に驚いた顔を見せる。ケイトはスマートに着地すると、シエラの元へスタスタと歩く。
「不甲斐ないところを見せるのはさすがに恥ずかしいからな。ってなわけで、これで能力試験は終わりか?」
「いいえ」
「なんだ、他にもまだ――」
「まだ終わっていませんので」
ケイトの背筋に寒気が走る。
ケイトは反射的に横へ跳び、上体を捻って背後を確認する。
その行動は偶然にも最善手であり、ミカエルの袈裟斬りがケイトの目の前スレスレを空振る。
ケイトは急いでミカエルから距離をとる。
「あっぶねぇ! やられたフリかよ!」
「冒険者たるもの、いついかなる時でも――」
「『気を抜かないべき』だろ!」
ケイトはミカエルに飛びかかり、右足でミドルキックを打ち込む。ミカエルは3本の竹刀でキックを受け止め、ケイトの胴体に突きを繰り出す。
「それはさっきも見たぜ!」
ケイトは竹刀を左手で掴み、止める。そしてそのまま力任せにミカエルを放り投げる。
宙を舞うミカエルは空中で体勢を整えるが、そこへケイトが跳び上がり、胴体へと拳を振るう。
ミカエルは数本の竹刀で受け止めようとするも、ケイトは気にせず拳を振り抜き、ミカエルを壁に叩きつける。
「おい! こいつは壊しちまってもいいのか?!」
「はい。代わりはたくさんありますので」
「なんか嫌な言い方だな」
ケイトがミカエルとの距離を詰めようとしたそのとき、周囲の空気が張り詰める。
何かが変わった。そう直感したのも束の間、ケイトの体は空気に縛り付けられたかのように動かなくなる。
「な……なんだ……?」
驚くケイトの目の前で、ミカエルがゆらゆらと立ち上がる。
纏う雰囲気は重く、焼けるように熱い。まるで太陽か何かと対峙しているような強大な圧すら感じる。
「メイレイヲショウニンシマス――モード:セラフィム」
ミカエルの竹刀が変形し、炎を放つ。
轟々と燃え盛る炎はミカエルの体をも囲繞していき、完全なる殺意によって武装された兵器が出来上がった。
「まじで殺戮兵器じゃねぇか!!」
「殺戮人形です」
「そこはどうでもいいわ! なんでトレーニング用の器材が殺しにかかってくるんだよ!」
「『モード:セラフィム』は自壊用の機能でして、悪人に利用されないように備え付けられています。3分ほどで完全に破壊されますので、それまで耐えていただければ問題ありません」
「問題大アリだわ! なんで悪人用の機能が今発動してんだよ!」
「思いの外お強かったので」
「お前が発動したのかよ!!」
「それより、来ますよ」
「っ――」
前を向き直したケイトの目近に燃える竹刀の鋒が迫っている。ケイトは体ごと頭を捻り、間一髪で竹刀を躱す。
竹刀の動きが止まった時、超高速の突きによって生み出された高密度に圧縮された空気が解放され、ボンという爆発音とともに突きの方向にあった器具が吹き飛び、散乱する。
「おい嘘だろ……!」
驚くケイトにミカエルは息をつく暇もないほどの連撃を放つ。
ミカエルは目にも止まらぬ速さで駆動し続けており、ただ赤い炎の筋だけがミカエルの行動の頼りとなる。
ケイトはミカエルの連撃を躱し、弾き、捌いていくが、ミカエルの手数の方が圧倒的に多く、徐々に押されていく。
「これを3分……長すぎんだろ! こっちから何か仕掛けなきゃジリ貧で負ける!」
ケイトはほんの僅か攻撃の薄くなった瞬間を突き、拳を繰り出す。
そのとき、全ての腕の軌道がケイトに向かって変化し、ケイトはまんまと誘い込まれたことに気づく。
「マジかよ……!」
巨大な爆発音とともに炎が爆ぜる。大気は震え、肌を焼くような熱気が室内に充満する。爆発の中心には黒煙が上がり、その激しさを物語っている。
シエラの額からは汗が流れ、呼吸をするだけでも喉が焼けそうになる。
しかし、シエラはそんなことを気にする素振りすら見せず、目を見開いて爆心地を見つめている。
それは、この状況がシエラにとって完全なる予想外だったからである。
「ミカエルに……爆破機能なんてない……!」
黒煙の中に影が見える。それは数本の腕をだらんと垂らしながら立っているようだ。シエラは身構え、その何かを凝視する。
「――あー、これは破壊してもいいって話だったけど、他の器具とかって壊しちゃダメだったりするのか?」
「え……」
黒煙が晴れる。そこには完全に活動を停止したミカエルの上半身を持ち上げるケイトの姿があった。
ケイトは目を泳がせながら焦った表情をしている。シエラはポカンとしながらケイトを見つめる。
「あ、あのぅ……」
「え……ああ、だ、大丈夫です。ミカエルを起動した時点で壊れることは想定済みなので……」
「よかったー! いきなり借金生活からスタートかと思って焦ったー!」
ケイトは安堵し、ミカエルの残骸を床に置く。シエラはこの状況を受け入れるべく深呼吸をする。
「そういえばこれで能力試験とやらは終わりなのか?」
「……はい。ここからは個人データの登録になります」
シエラは一呼吸置くこともなく、スタスタと歩き出す。その緩急のなさにケイトも置いていかれそうになり、慌てて小走りでついていく。