新世界の入口に立つ
よく晴れた空の下、一定のリズムを刻んで走る馬(仮)の上で、ケイトはその心地よさを堪能していた。
吹き抜ける風に世界の香りを感じながら、移りゆく景色を心に残していく。
それはケイトにとって今まで体験したことのない、とても素晴らしいものであった。
「もうそろそろ着くよ!」
エティナが振り返って、天使のような笑顔でケイトを見る。
「この天国にいるみたいな時間ももう終わりか。もうちょっと長くても良かったんだけどな」
ケイトは幸せな時間の終わりを惜しみながら体を傾け、エティナの肩越しに前方を見やる。
まだ少し遠いが、灰色の壁のようなものが見えた。
「見えた? あれが王都ケルク。メリス王国の中心地」
段々と近づいていくにつれ、その様相が明らかになっていく。
まず、都市は大きな石壁のようなもので囲われており、中はあまり見えない。
しかし、奥には巨大な城のようなものが見えており、都市の中心部は高台になっていることが分かる。
現状分かることといえばそのくらいだが、壁の囲っている広さからしてかなりの大きさの都市だろうと思われる。
パスポート無かったら入れないとかないよな? 大丈夫だよな?
ケイトが心配していると、壁の手前に金属の鎧をまとった2人の兵士が見えてくる。奥にある門を守っているようだ。
そのかなり厳重そうな警備の様子に、ケイトは益々心配になってくる。
そんなケイトの心配などお構い無しに馬(仮)は着々と都市に近づいていき、心を鎮める時間も無いままに兵士の目の前で停止する。
「Aランク冒険者、エティナ・テルニムです」
エティナが懐から何かを取りだして兵士に話しかける。兵士はそれを確認し、門を開ける。
エティナがお辞儀をし、それに続いてケイトも慌ててお辞儀をする。
馬(仮)はエティナの合図でゆっくりと歩き出し、門をくぐっていく。
ケイトは問題なく門を通れたことに安堵して前を向くと、都市の様子が目に飛び込んでくる。
「おおー!」
目の前には商店街が広がっていた。
都市の中心へと向かう大通りに数え切れないほどの店が立ち並び、大勢の人々が行き交っている。
あらゆる場所が活気にあふれており、ケイトの負の感情も全て吹き飛ばしてしまうようであった。
「ケルクは3つの区域に別れてて、中心から王族・富裕層居住区、平民層居住区、商工業区って感じになってるの」
ケイトは大通りの奥を眺めてみる。少し小高い場所に家々が並び、その奥のさらに高い場所には豪華な邸宅と壁の外からも見えていた大きな城がある。
「ギルドもこの区域にあるんだよ」
馬(仮)がゆったりと通りを歩く。
立ち並ぶ商店には肉屋、魚屋、野菜屋などケイトの元いた世界にもありそうなものの他に、武器防具屋、魔法道具屋などの異世界らしいものもある。
しかし、どの店も元いた世界には無いような商品が店頭に並べられており、ケイトの興味を惹き付けてくる。
「どこか寄りたいところでもあった?」
「あ、いえ、大丈夫です!」
エティナは小さく「そう?」と呟きながら前を見る。ケイトがキョロキョロしてたために気を遣ったのだろう。
ちょっと田舎者っぽかったか? 世間知らずって意味なら別に間違ってはないけど。
馬(仮)の歩みが止まる。
「着いたよ。ここが私の所属してる冒険者ギルド『新世界』!」
「で、でっっっかぁ……!」
大通りの突き当たり、平民層居住区の手前にそれはそびえ立っていた。
ギルドの外観は国会議事堂に似ており、かなり大きい。
ケイトが呆気にとられていると、馬(仮)がしゃがみ、エティナが降りる。続けざまにケイトもバランスを崩しながら降りる。
「私はフォロを返してくるからこの辺で。入って正面に受付があるから、そこで申請すれば大丈夫だよ」
「ここまで連れてきてくれてありがとうございました!」
「いいのいいの! それじゃ、頑張ってね。応援してるよ」
「はい! ありがとうございます!」
エティナはケイトに軽く手を振り、ケイトはエティナに頭を下げる。
エティナがフォロの手綱を引いていくのを見送り、ケイトはギルドに向き直る。
「……入るか」
ケイトは大きな木製の扉に近づき、そっと押す。扉は見た目に反してとても軽く、キィィと音を立てながら開く。
ギルドの中は役所のような造りになっており、そこそこの数の人がいた。
ケイトはエティナに言われた通り、目の前の受付にまっすぐ向かう。
そして、シエラと書かれている社員証のようなものを首から提げた長い黒髪の受付嬢に話しかけようとしたところ、逆に話しかけられる。
「本日はどうされましたか?」
「あ、ええっと……冒険者になりたくて」
「ギルドの加入申請ですね。こちら、当ギルドの契約書になります。ご確認いただけましたらこちらにサインをお願いします」
「は、はい」
ケイトは緊張しながら差し出された契約書を読む。中身は至って普通のものだったが、その中のある一文がケイトの目を引いた。
「あ、あの、すみません」
「どうされましたか?」
「ここに書いてある『甲の命は乙に帰属します』っていうのは?」
「そのままの意味です」
「え……」
ケイトがフリーズする。シエラはそれも説明しないといけないのかと言うような目つきでケイトを見る。
「我々『新世界』の使命は民の安全を守ることです。その為ならば、命を捨てる覚悟をも持たなければなりません」
シエラはまるでカンニングペーパーが用意されているかのようにスラスラと語り始める。
「でも、それならギルドに命を帰属する必要はないんじゃ……」
「もちろん、我々も最初はそう思っていました。……ですが、それではうまくいかなかったのです」
シエラの悔悟めいたものの籠った言い方に、ケイトはそれ以上何も言えなくなった。
「……申し訳ありません。感情的になってしまいました」
「い、いえ、大丈夫です」
ケイトは契約書を最後まで読み、サインをする。
「ありがとうございます。それでは、能力試験に移らせていただきたいと思います」
「能力試験?」
シエラがカウンターから出る。そして、「こちらです」と言って歩き始める。ケイトはシエラについていく。
いくつか扉をくぐるとトレーニングルームのような部屋に着く。
部屋に入ると、目の前に6本の腕を生やした人間大の人形が立っていた。その全ての腕には竹刀のようなものが握られている。
「あなたにはこの殺戮人形Mk-2《ミカエル》と戦ってもらいます」
「……ん? 今なんて――」
「殺戮人形Mk-2《ミカエル》です」
「聞き間違いじゃなかったああああ!!」
シエラはミカエルに近づき、その背中に手を置く。すると、ミカエルはゆっくりと動き始め、ケイトに向かって竹刀を構える。
「あのー……これと戦って死ぬってことは無いですよね?」
「……」
「なんか言ってくれません?!」
「それでは開始」
「ふざけんな!!」
ミカエルの剣がケイトの眼前に迫る。