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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
ドゥワローズ王国編
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燃え尽きるまで

 ケイトは額から汗を流す。炎の熱気のせいもあるが、それ以上にアドレラの力の強大さに肝が冷えた。


「良い顔だ。わざわざ能力を開示した甲斐がある」

「な、何が目的だ……! なんで俺に加護の力を教えた!」

「ただの趣味だ。それに、教えたところで負ける要素がない」


 アドレラがケイトの目の前に瞬間移動する。

 ケイトは咄嗟に拳を突き出す。


「どうした? さっきよりも遅いぞ」


 アドレラは最小限の動きでケイトの拳を避けながらその胴体に蹴りを入れる。

 ケイトは大きく吹き飛びながらも、空中で一回転しながら体勢を整えてうまく着地する。


「なるほどな。条件は感情か? 俺の言葉に僅かに感情が揺らいだことで出力が落ちたと」

「……」


 恐らくアドレラの考察は正しい。ケイト自身、恩寵の発動条件について詳しくは分からないものの、それが感情によって左右されるものであることは何となく理解していた。

 ケイトの沈黙を肯定と取ったのか、アドレラは口端を釣り上げてケイトを見下す。


「であれば、手っ取り早いのはお前の心を折ることだろう――ゼヒュオ・トロ」


 ケイトの周りを炎が包み込む。

 ケイトは先程までのように拳圧で炎をかき消そうとするが、炎の檻は風になびくばかりで暖簾に腕押しといった様子だ。


「炎とはエネルギーだ。お前は今まで炎を消していたのではなく、炎を散らしていたに過ぎない。したがって、エネルギーが補給され続けるこの炎の檻をお前は破壊することはできない」


 空気が尋常じゃなく熱い。一息吸う度に喉から肺まですべて焼かれていくようだ。


「そのままじっくりと死んでいけ。安心しろ、お前はお前の弱さのために死ぬのではない。抗いようのない自然の摂理に呪い殺されるのだ」


 アドレラの靴音が遠ざかっていく。

 怒りのやり場を丁寧になくしていきながら、最終的に為す術なく殺す。称賛したくなるほど周到なやり口だ。


「――でも残念だったな」

「っ!」


 ケイトは炎の檻を突き破ってアドレラへ突進する。


「俺の炎の燃料は俺自身なんでね! 燃え尽きるまで燃え上がってみせるさ!」

「それは……難儀な生き方だな」


 拳と拳が衝突する。

 衝撃波は瞬く間に広がり、壁も天井も紙のように吹き飛んでいく。


火炎鞭(ゼヒュオ・べノ)


 炎の蛇が噛み付いてこようとする。

 ケイトがそれらをかき消したところに間髪入れずアドレラは蹴りを繰り出す。

 ケイトはそれをガードしようと腕を前で交差するが、蹴りが当たる直前にアドレラはピタリと停止する。

 その時、ケイトは周囲の空気が焦げ付いていくような感覚を肌で感じ取る。

 ケイトが自分の感覚を信じて後方へ跳んだ瞬間、今さっきまでケイトが立っていた場所に炎の柱が立ち上る。


「よく生きているものだ。イールフッドで一度、城下で一度、そして今と、三度は死んでいてもおかしくないというのに。どうやら天運はお前の味方をしているようだな」

「あ、言われてみれば確かに天味方だったわ。じゃあちょっとくらい無茶しても許されるよな!」


 ケイトはアドレラ目掛けて一直線に走り出す。

 アドレラは当然と言わんばかりに炎の蛇をケイトの進行方向に満遍なく展開する。


「それじゃあ見えないだろ」

「何?」


 ケイトは大きな瓦礫を手に持ってアドレラのいた方向に向かって投げつける。

 瓦礫は炎のカーテンを突き抜け、猛スピードでアドレラへと迫る。

 アドレラは突然の瓦礫の強襲にほんの少し思考すると、冷静に腕を叩きつけて粉々に粉砕する。


「よお。元気そうだな」

「!」


 砕けた瓦礫のすぐ後ろにはケイトの姿があった。

 ケイトは大きく振りかぶった腕を解き放つ。

 意識の外からの一撃にアドレラは完全に対処が遅れる。


「く……っ!」


 アドレラは鳩尾近くに飛んでくる一撃を両腕で防御するが、その凄まじい威力に大きく後方へ吹き飛ぶ。


「防いだな。お前の力が『圧縮』だって言うなら、姿を消す技の正体は自分の体を見えないくらいまで小さく圧縮していたってことだ。つまり、お前の体のどこかに圧縮しても移動しない中心点が存在する。そこを目掛けて攻撃すれば俺の攻撃も通用するってわけだ」


 ケイトはドヤ顔で推理を披露する。

 それに対し、膝をつくアドレラは一切表情を変えない。


「……ああそうだ。――だが、だからなんだ」


 アドレラはゆったりと立ち上がる。

 かと思うと、一瞬にしてケイトの背後に回り込んでいる。

 今までとはケタ違いのスピードにケイトは反応できず、アドレラの蹴りで瓦礫の山に叩きつけられる。


「俺の技の正体が分かったところで戦況は変わらない。いや、むしろそれを開示したことで俺の警戒が増し、お前が更に不利になった」


 アドレラが立てた人差し指の先に小さな炎の球が生成される。


火炎巨星(ゼヒュオ・レグモリオ)――本来は街ひとつ飲み込むほど巨大な炎の塊だが、『圧縮』の力を用いて扱いやすいように小型化した」


 炎の球が遠くの岩山へ発射される。

 直後、岩山は爆炎に飲み込まれ、膨大な光とともに世界から消え去った。


「っ……! でも、どれだけの規模の攻撃でも当たらなければ――」

「そうだな。だから、お前に向けては放たない」

「何……!?」


 アドレラは空高く飛び上がり、自身の周囲に六つの炎の球を展開する。


「俺が()すのはお前の仲間だ」

「っ!」

「遅いッ!」


 炎の球が放たれる。

 圧縮の効果が弱まっているのか、アドレラから離れるにつれてその大きさは段々と大きくなっていく。


 全部掻き消せるか? 無理だ。

 みんなを連れて逃げるのは? もう遅い。

 抑えられるか? そもそも触れない。

 セスナは? 目覚めてない。


 1秒にも満たない思考時間で得られた答えは『対処不可能』という絶望的な事実だった。


「俺とセスナだけなら……」


 きっと逃げられる。だが、実行に移せない。

 また身近な人を失っては今度こそ正気を保てるか怪しい。

 だが、割り切らなければアドレラを倒せない。


 今のケイトに残された道は、抗って自分以外全滅(ワンチャン自分も死ぬ)かセスナと二人だけ生き残るかの二つに一つだ。

 損害だけ見れば後者の方が圧倒的に良い選択肢だ。

 だのに、ケイトは全てを諦めきれない。

 他のルートは無いのかと血眼になって探してしまう。


「どうする……!」


 迷っている間にも時間は過ぎていく。

 これ以上時間をかければ強制的に前者のルートを辿ることになる。


「っ……ダメだ! 俺には選べない!」


 ケイトは巨大化した炎の球に向かって立つ。

 全滅は免れないと頭では理解していても精神が絶対に認めたくなかった。

 全員が助かるルートを切り拓くしかないと決意を固めた。


穹穿つ流星(レッド・ステラ)ッ!」


 赫灼の拳が天を穿つ。

 ひとつの炎の球が掻き消される。


「だらァッ!!」


 続く一撃が空間を叩く。

 ひとつの炎の球が掻き消される。


「はああああァッ!!」


 更に二撃が世界を震わせる。

 ふたつの炎の球が掻き消される。

 ケイトの拳がひび割れる。


「ぐッ……あああああッ!!」


 絞り出した一撃が空に響く。

 ひとつの炎の球が掻き消される。

 ケイトの腕が破裂する。


「ぐ……があぁぁ……!」


 腕が上がらない。

 あと一発なのにもう体が動かない。


「くそ……がぁっ……!」


 落ちてくる恒星を見上げる。

 それは街ひとつなんて余裕で飲み込めるほどの大きさにまで膨張し、明確な殺意を持って降り注いでいた。

 もう逃げることはできない。打ち壊すなんてもってのほかだ。

 ケイトは為す術なく終わりを受け容れる。


「――これはサービスだ」


 ラスロットがケイトの前に飛び上がる。

 そして、片手で緩やかに剣を薙ぎ払ったかと思うと、炎の球は一刀両断されて闇の彼方に消えていってしまった。


「な……」

「人間なんか助けたくないんだが、俺が生きるためにはしょうがない」


 それはラスロットだ。ラスロットのはずだ。

 しかし、その立ち居振る舞いは明らかにラスロットではない別人だった。

 まるでラスロットの中にもう一人別の存在がいるかのようだ。


「おっと、俺が出てこれるのもここまでか。ついでに傷も少し治しといたから後は任せたぜ」

「な、何を言って――」


 ラスロットがバタンと倒れる。

 ケイトはラスロットを抱き起こすが、完全に気絶しており、ピクリとも動かない。


「まさかだ」


 アドレラが空から降りてくる。

 ケイトはラスロットをそっと下ろして臨戦態勢をとる。


「まさかお前以外にも俺の想像を超える力を持つ者がいたとは」


 ケイトはアドレラに密着し、拳を叩き込む。

 アドレラは難なくケイトの拳を受け止める。


「もうてめぇに時間は与えねぇ。このまま接近戦でぶっ飛ばしてやるよ」

「言ったはずだ。俺の加護の前に身体能力は関係ない」


 渾身の一撃がぶつかり合う。

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