王笏の在り処
「……着いた」
ケイトたちは燃え盛る居城の屋根の上に立っている。
「どっかに入れそうな場所はありませんか? 窓とか」
「窓はあるにはありますが、人が通れる大きさではありません。バルコニーから入るのはどうでしょうか?」
「そうしましょう」
正面から入ったところで相手が、特にアドレラが何も策を弄していないとは考えにくい。バルコニー側にも何かしらは仕掛けられているだろうが、正面よりはマシだろうと判断する。
ケイトはバルコニーに静かに降りるとメイを腕から下ろす。
「こっちの主戦力は俺とモコロ。セスナはメイさんに任せても大丈夫ですか?」
「はい。人ひとりくらいなら魔法で身体強化すれば抱えて走れます」
「よし、それじゃあ……あれ?」
「どうかされましたか?」
「いや、バルコニーのドアが壊れてて……」
扉は床に落ち、目の前には開放的な空間が広がっている。
「お兄様の仕業でしょうか?」
「分かりません。でも、外から中に向けて扉を壊したことだけは確かです」
ケイトは慎重に城の中を確かめる。そこは大広間のようであり、数人のローブを着た人々が横たわっていた。壁や床にところどころ炎に焼かれた跡があり、ここで激しい戦いがあったことが容易に見て取れる。
「……敵はいなさそうだ。でも、こんな光景を見せる訳には――」
「お気になさらず。わたくしは全てを見届けると決めたのですから」
メイは気丈に振る舞いながら大広間へと入る。だが、堪えきれない恐怖に肩が小刻みに震えていた。
「……急ぎましょう。もう戦いが始まってるかもしれない」
「ええ」
3人は大広間を出て長い廊下を進む。城の中は外とはうってかわり、炎は全くなかった。つまり、燃えているのは城の外側だけということだ。侵入者を阻むためだろうか。
「メイさん、あの王笏ってやつはどこにあるんですか? あいつらより先に見つけて守らないと!」
「それが……分からないんです」
「分からない?」
「はい。存在自体は知っているのですが、今まで一度も見たことがないんです。やはり、大切なものなのでどこかに隠してあるのかと思います」
「なるほど。それでアドレラも見つけられてなかったのか」
扉を開ける。ローブの死体がある。それ以外を目に入れる前に扉を閉める。
「さすがにしらみ潰ししてたら間に合わないな……どこにありそうとかって何となく分かったりしないですか?」
「何とも……17年生きてきて一度も見たことないので、すぐに思いつくような場所には無いかと……」
「そうか……」
カンテラに弱々しく照らされながら血飛沫の飛散した長い廊下を歩いていると、間もなく階段に差し掛かった。
「よし、手分けしよう。俺とメイさんは下に行く。モコロはこのまま二階を探索してくれ」
「りょーかいっ!」
モコロは音もなく廊下を駆ける。ケイトとメイは足音に気をつけながら階段を降りていく。
「……っ!」
一階に下りて最初に目に入ったのは血まみれで倒れるふたつのローブだった。手を合わせてやりたいところだったが、そんな時間はない。
「メイさんはまずこの部屋を。俺はその隣を探します」
各々が部屋に入って王笏を探索する。引き出しの中から絨毯の裏まで探したが、それらしいものは見つからなかった。
「この部屋には無いのか……? メイさん!」
「こっちにもありません」
「そうですか……」
ケイトは部屋を出てまた隣の部屋へ移動する。そこにはまた違う服装の人物が倒れていた。彼らはローブではなく豪華な装丁の施されたマントを着用しており、その外見はどう見ても――
「お父様! お母様!」
メイが駆け寄って父と呼んだ方を抱き起こす。
「うっ……」
その体には肩から腰にかけて切りつけられた跡があり、もう助からないことは明白であった。隣に寝そべるメイの母親らしき人影も、同様に帰らぬ人となっていた。
「そんな……! お父様……! お母様……!」
ケイトは静かに部屋を出る。大切な人をなくす気持ちは痛いほど分かるが、未だ立ち直れていないケイトがメイになんて声をかければいいのかが分からなかった。きっと何をしても不正解なのだろうが、今はただ時間を与えてやりたいと思ったのだった。
「……もう大丈夫です」
数分経って扉越しにメイの声が聞こえてくる。そのひどく震えた鼻声は大丈夫そうには思えなかったが、たった数分で持ち直したメイの覚悟を無下にはしたくなかった。
ケイトは扉を開けてメイを見下ろす。メイは少し俯いていて顔はよく見えない。
「……急ぎましょう。もうかなり時間が経ってしまったので、早くしないと――」
耳を劈くような爆発音がした。かなり近いと判断した瞬間に部屋の壁が弾ける。
「なっ!?」
「おっと、これはツイてる」
アドレラがラスロットの顔面を掴みながら部屋の壁をぶち抜いてきた。その光景を一瞬で理解して、ケイトはメイを引き寄せて後方へ跳ぶ。その行為が幸いし、ケイトたちは炎に巻かれず生き延びた。
「くっ……!」
「ちょうどいいところに来たな。探していたんだ」
熱気が肌を焼く。太陽のような存在が目の前を闊歩する。
「……そうか、その女を連れてきていたのか。確かに、それならこの熱で燃えていないのも納得か」
「アドレラ! よくもメイさんの両親を!」
「ハァ? 何を言っている?」
アドレラはケイトの言葉が理解できないと言うように眉を顰める。そして倒れている二体の骸に気がつくと、不機嫌そうに顔を歪める。
「チッ。利用価値があるから殺すなと言ったはずだが……まあいい、そこまで支障はない。いや、なくなったと言うべきか」
アドレラが瞬間にしてケイトの目の前まで移動し、ケイトを殴り飛ばす。
「ケイトさん!」
「黙れ、メイグリッド・ディセンシ・ドゥワローズ。俺はお前に用がある」
アドレラはメイの首を掴んで持ち上げる。
「ガッ!」
「メイさん!」
ケイトは走り込んでアドレラに拳を振るうが、アドレラはすぐさまに距離を取ってケイトを窺う。
「やめろアドレラ! メイさんは王笏の在り処なんて知らない!」
「まあそうだろうな。こんなガキに真実を教える訳にはいかないだろう」
「何を……」
アドレラが嗤う。悪魔よりもおぞましく、魔王よりも低劣に、その事実が可笑しくてたまらないというように嗤っている。
「おかしいと思わなかったのか? これほどまでの時間王笏を探していながら俺たちが一向に見つけられていなかったことが。うまく隠されているなどと本気で思っていたのか?」
「ど、どういうことだ!」
「察しの悪いやつだ。この女が王笏だと言っているんだ!」
「何……だと……!」
アドレラが高らかに嗤う。
「俺は王笏が見つからない理由はこの城に無いからだと判断した。そこで書斎であらゆる文献を漁り、王笏についての情報をかき集めた。そして分かったのが王笏は国王に代々受け継がれ、それ以外の者の手に渡ることはないという事実だ」
それは明らかな矛盾だ。この城に無いというのに他の場所にいくことがないというのは有り得ない。
「矛盾している、と思ったか? していないんだよ実は。王笏は国王に代々受け継がれる。つまり、次期国王に受け継がれても問題はない。そう、次期国王メイグリッド・ディセンシ・ドゥワローズにな」
「メイが次期国王……!?」
「そうだ。知らなかったのか? 王族間では有名な話だぞ。出来損ないの兄グラントと天才の妹メイグリッド。傑作だろう?」
アドレラの嘲笑に炎が揺れる。
「お兄様のことを……そんな風に――」
「黙れと言っただろう。……さて、それならばメイグリッド・ディセンシ・ドゥワローズが持つはずの王笏は一体どこにあるのか。答えは単純、この女の中だ」
アドレラはメイを掲げる。
「国王の日記によるとこの女はどうやら不死の加護を持っているらしい。何故イールフッドであれだけの炎に巻かれていながら今もピンピンしているのか不思議だったが、不死だというのなら納得だ。国王は産まれたばかりの王女に不死の加護があると知ると、すぐに王笏を融合した」
「融合だと……! なんでそんなことを!」
「そもそも王笏が融合するための物だったんだ。王笏は封印の鍵であるが、莫大なエネルギーの塊でもあった。王笏に宿る膨大なエネルギーを扱える人間が現れるまで待つ。それが初代国王の狙いだった」
アドレラに掴まれていたはずのメイが忽然と消える。驚いて辺りを見回すが、どこにもその姿は見えない。
「王笏は手に入れた。あとは海岸の洞窟にある封印を解くだけだが……その前にお前は殺しておかなくてはな」
炎が立ちのぼる。この城にもう用はないと、全てを焼き尽くす勢いで燃え上がる。
「我が王の道に炎あらんことを」
炎の蛇が牙を剥く。




