同類
演奏の終わった直後のような静かな夜。氷に包まれた街は月光を乱反射し、キラキラと幻想的に輝いていた。
「――っだあああああ!!」
その片隅でケイトが静謐を切り裂く。自身を縛っていた氷を打ち砕き、再び世界に生まれ出でる。
「ハァハァ……やっと出れた……! さっきまで炎の中にいたのに、なんでいきなり凍ったんだ……?」
ケイトは白い息を吐きながら周囲を見渡す。そこは一面の銀世界。今でこそ細雪がちらちらと降っている程度だが、きっと信じられない量の大雪が先刻まで降っていたのであろうことが予想できる。
「ケイト!」
振り向くとモコロとメイがセスナを抱えながら走ってきていた。
「一体何があったんだ?」
「分からない。私は氷から脱出した後、まだ凍りついてたセスナとメイさんを助け出して……メイさんはすぐに目覚めたけどセスナはずっと起きてこなくて」
セスナはモコロの腕の中でぐったりとしながら浅い呼吸を繰り返している。ケイトは自身のローブをセスナにかける。
「……多分、この大雪はセスナの仕業だと思います」
「セスナの……?」
「ええ。セスナは一応氷魔法も使えるんですが、うまく扱えなくて魔力が暴走してしまうから普段は使わないようにしてるんです」
確かに、そう考えればセスナの衰弱ぶりも理解できる。
「でも、なんでセスナは魔力を暴走させてまで氷魔法を……」
「恐らく理由はふたつ。一つ目は炎魔法に対抗するために同じ二属魔法である氷魔法を使った」
「二属魔法?」
「魔法の区分のことですわ。魔法はその発生原理から3つの区分に分けられていて、水魔法は一属魔法、炎魔法と氷魔法は二属魔法に入っているんです」
完全に理解できたわけではないが、要するに一属魔法の水魔法では二属魔法の炎魔法に対抗できないから氷魔法を使ったということなのだろう。
「そして二つ目の理由は……いいえ、セスナの聞いていないところで言うものではないですね」
「え、なんで?」
「わたくしはセスナの友だちですから」
メイはニコニコ顔でケイトを見ている。それが何を意味しているのかケイトには理解できなかったが、話さないということは特段重要な情報ではないのだろうと割り切る。
「そういえばグラントさんとラスロットは?」
「私が動けるようになった時にはもういなかったの。もしかしたら先に行ったのかも」
「先って?」
ケイトの問いにモコロは視線で答える。ケイトがその視線の先を見上げると赤々と燃え上がる炎の城があった。
「今は氷魔法の影響でお城だけが燃えてるけど、セスナの魔力が完全に空っぽになったらまたこの街は炎に飲み込まれる」
「じゃあそれまでにアドレラをぶちのめせばいいわけだ。メイさん、セスナのことは任せました。すぐにアドレラをぶっ飛ばして戻ってくるんで――」
「あ、あの……」
メイに遮られる。見ると、メイはモジモジしながら何かを言おうとしているようだ。
「えっと……あ、ありがとうございました。私のご先祖様たちを悪く言わないでくださって……」
深々と頭を下げるメイの姿には、今までのような太い芯が感じられなかった。
「どうしたんですか?」
「……いえ、別に……」
「出会ってからそれほど時間は経ってないですけど、今のメイさんが普通じゃないことくらい分かりますよ」
メイは俯いて黙り込む。
「アドレラに言われたことを気にしてるんですか? あんなテロリストの言葉なんて聞かなくていいんですよ!」
「分かってます。でも、考えてしまうんです。もしも魔獣の封印が解き放たれてこの国が滅んでしまったら、わたくしはその責任を取ることができるのかと」
そんなもの取る必要ないと言おうとして、喉から言葉が出なかった。
「皆さんはきっと、責任があるのはわたくしではなくご先祖様だと言ってくださると思います。でも、わたくしは責任を取りたいと思ってしまう。守れなかったのはわたくしだから」
メイが悲しそうな顔をする。そんなはずがないのに、脳裏にチラついたあの女性が悲しんでいるような気がして耐えられなかった。
「ま、まあ! そんなふうになると決まったわけではないですけどね! 士気が下がるようなこと言ってしまってすみま――」
「メイさん」
ケイトがメイの顔をじっと見つめる。メイは目を丸くしてケイトの顔を呆然と見つめ返す。
「アドレラも魔獣も、俺が絶対に倒します。メイさんにそんな悲しい思いはさせません」
本当にメイのことを見ているのかは正直分からなかった。メイの本音を知って、メイの悲しそうな顔を見たくなくてそう言ったのだと信じたい。だが、あの花のように美しい亡霊が頭にこびりついて離れない。
第一、ケイトが今日出会ったばかりの人間のために自分の命を投げ出せるほどの聖人ではないことは自分が一番よく分かっている。それなのにメイをそこまでして助けたいと思うのは、メイを大切な人だと思い込んでしまっているからではないのか。それとも、本当にメイを助けたいと心の底から思っているのか。
葛藤が続く。目的は決まったのに動機がありえないほどぐちゃぐちゃだ。こんな幻聴なのか判別つかないホイッスルで走り出すしかない現実に、ケイトの心は散り散りになりそうだった。
「……私たち似ているのかもしれないですね」
「え……?」
メイがほんのりと頬を赤く染めながらケイトを見つめている。
「ケイトさんの言葉を聞いて、わたくし、凄く安心したんです。それは、わたくしを励まそうとする心からの言葉や慰めようとする優しい言葉からはきっと得られないもので……なんというか、わたくしは独りじゃないと寄り添ってくれているような温かさを感じたんです」
メイの柔らかな笑顔が寄り添ってくる。
「……そうか……同じなのか……」
ケイトは納得する。メイを助けたいと思ったのは、メイにケイトと同じ道を歩んで欲しくなかったからだったのだ。
「……ありがとうございます」
「そんな! お礼を言うのはわたくしの方です!」
ぶんぶんと手を振りながら全身で感謝を表現しているメイを見て、絶対に悲しませまいとケイトは決心した。
「それじゃあメイさん、行ってきます!」
「あっ、ちょっと待ってください!」
メイがケイトの服の裾を引っ張る。
「な、なんですか?」
「わたくしも連れて行ってください!」
「え?」
「わたくしはこの国の王女です! 全てが終わるまで逃げ続けることなんてできませんわ!」
メイの覚悟が完全に決まっていることは目を見れば明らかだった。そんな同類の覚悟を切り捨てることはケイトにはできなかった。
「……俺の前には出ないでくださいね」
「それはどうかしら。ケイトさんの活躍次第です!」
「じゃあ心配は無さそうですね」
ケイトはメイを抱き上げる。メイは恥ずかしそうにするが、ケイトは全く気にしない様子で炎の城を見上げる。
「行くぞ! 俺たちでこの国を救う!」
「おー!」
2つの影が炎と氷の混じり合う空を駆ける。




