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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
ドゥワローズ王国編
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炎氷交わりて

 炎が降り注ぐ。炎は轟々と空を燃やしながら世界を緋色に沈めていく。


「アドレラぁぁぁッ!」


 そんな世界を切り裂くようにケイトが疾走する。光の鎧によって炎は弾かれ、一切の傷を負うことなくアドレラへ迫る。


「五月蝿い」

「ガハッ……!」


 迫り来る拳を避けながら、アドレラはケイトの脇腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。


「風薙!」


 アドレラの背後からグラントが白剣を薙ぐ。しかし、そこにアドレラの姿はない。目を丸くするグラントの頭をアドレラは背後から掴んで地面に叩きつける。


「はァッ!」

「オラァッ!」


 モコロとラスロットの挟撃が跳躍によってあえなく回避される。


水散弾(ピオ・ナルラ)!」

火炎壁(ゼヒュオ・イリア)


 アドレラに飛ぶ大量の水弾が炎の壁に阻まれて蒸発する。

 アドレラは燃え盛る家屋の屋上に着地し、ケイトたちを冷えきった眼で見下ろす。


「クソッ! 炎はまだ何とかなってるけど、動きが速すぎて攻撃が避けられる! あれも魔法かなんかなのか?」

「光魔法なら有り得る速度だと思うけど、系統の違う二種類の魔法の同時使用なんて聞いたことない!」

「魔術にしてもあの若さで到達していい領域ではない。最も有り得るのは加護の類だろうか」

「加護……」


 どこかで聞いたことがある気もする。恩寵と似たようなものだろうか。険しい表情を浮かべるケイトたちを、アドレラは何もせずただ眺めている。


「……あれがどんなものだったとしても、突っ立ってるだけじゃ何も始まんねぇ!」

「あっ、ちょっと!」


 ケイトは地面を蹴り、アドレラに接近する。


「下策だな」

「っ……!」


 炎の蛇が四肢に絡まる。光の鎧で炎と熱にはある程度耐性があるとはいえ、肌がゆっくりと焦がされていくような熱を感じる。


「関係ねぇッ!」


 ケイトはそのままアドレラに殴り掛かるが空振りに終わる。しかし、ケイトの攻撃を苦もなく避けたはずのアドレラは曇った顔を見せる。


「……疾いな、出会った時よりも一段と」

「……まあな」

「なるほど、知っていて制御できていないのか」

「……っ!」

「図星みたいだな」


 アドレラはケイトに急接近し、腹部を蹴り飛ばす。


「なら、魔術ではないようだ。加護か呪いか……ひょっとすると恩寵か?」

「別に何だっていいだろ……ッ!」

「いや? もしもその力が恩寵なのだとしたら、俺は今すぐにお前を殺した方が良いことになる」


 するすると流れるその言葉には殺意など微塵も篭っておらず、ケイトのこの力が恩寵によるものだとは思っていないことが伺える。


「……ふっ」

「何か可笑しいか?」

「ああ。意外とお前の目も節穴なんだな」

「それはどういう――」


 ケイトが目にも止まらぬ速さでアドレラとの距離を詰める。

 今日一番の速度で放った拳は虚空を穿つだけに終わる。しかし、あとコンマ数秒回避行動が遅れていたらゲームセットだったことを、この場でアドレラだけが理解していた。


「……そうか。それなら確かに、節穴と言われても否定できないな」

「そんじゃあ次はその土手っ腹に風穴開けてやるよ!」


 ケイトがアドレラに肉薄し、右拳を打つ。アドレラはそれを避けると同時にケイトの腕を掴み、上空へ放り投げる。


火炎柱(ゼヒュオ・セド)


 一本の極太の炎の柱がケイトに向かって立ち上る。ケイトは空中で転身して炎の柱を避けながらアドレラに向かって降下する。


「隕天!」


 アドレラ目掛けて放った拳は地面を粉々に破砕する。避けられたことを認識したケイトはアドレラの姿を探そうとするも、その瞬間に横っ腹を蹴り飛ばされて炎上する家屋を貫通しながら吹き飛ぶ。


火炎鞭(ゼヒュオ・べノ)


 炎の蛇が差し迫ってくる。ケイトは身を翻して接地し、炎の蛇を躱しながらアドレラに向かって疾駆する。アドレラは下がりながら冷酷に炎の蛇を差し向け続ける。


「空貫」

「むっ」


 モコロの遠隔攻撃によってアドレラの体が空中で弾かれる。しかし、アドレラはすぐに何事も無かったかのように体勢を立て直す。


「……知らない技だ。空気を弾く技か? いや、それにしては力の伝達が――」

「余所見するなよ」


 ケイトは渾身の一撃を放つが、アドレラはいつの間にか上空に回避している。


「まだ疾くなるか。本格的に潰しておいた方が良さそうだ」


 炎の勢いが増す。空間が丸ごと炎になったかのような高熱が全身を包み込む。そこにあるのは殺意なんてものではない。もっと低俗で普遍的な異常思想だ。


「ハッ……ハッ……」

「魔法による抵抗力があるとはいえ、数百度の熱気を吸い込んでいるのだ。喉も肺も焼けるようだろう」

「そういうお前はッ……余裕そうだなッ……」

「当たり前だ。対策していないはずがない」


 アドレラの前蹴りを腕を交差して防御する。


「本来ならとうに燃え尽きている温度だが……やはり光魔法は面倒だ」


 炎が更に激しく燃え上がる。街が融けていく。もう汗すら流れない。激しい頭痛でまともに立っていられない。熱い。あつい。アツイ。

 アドレラがケイトの目の前までゆっくりと歩いて近寄ってきている。しかし、ケイトは立ち上がることもできない。アドレラはケイトのそばに立つと、氷のような眼差しでうずくまるケイトを見下す。


「そろそろ限界か。俺の魔力も底を尽きそうだし、最高火力で終わらせる――」

「ゼピオ」


 世界が凍る。空間も時間も、この街のありとあらゆるものが鈴のような一声で停止した。


 最初に時間を取り戻したのはアドレラだった。アドレラは炎で氷を融かしていくが、炎は広がっていく前に凍ってしまい、近場の氷を融かすので精一杯だった。


「ハァッ……さっきの声はセスナとか呼ばれていた女のもののはず……! ここまで強い氷魔法が使えるなら水魔法など使っている意味が……」


 アドレラが辺りを見回すと、前方に完全に凍りついたケイトたちがいた。


「なるほど、魔力を暴走させたか……あの女、魔力が尽きるまでこの街全体を凍りつかせて計画を遅延させるつもりだったな」


 アドレラはケイトの氷像に近づくが、それに触れようと手を伸ばしたその時、指の先から凍り付いていく。アドレラは即座に手を離し、凍った指を解凍する。


「このままでは殺せないか。だが、あの女の魔力が尽きるまで待っているのも得策ではない。……幸い、足止めはできている。ならば、このまま計画を進めるとしよう」


 アドレラは踵を返す。


「命拾いしたな。だが次は殺す」


 激しく吹雪く街中をひとつの炎が飛翔する。

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