アドレラの目的
光の使徒を走らせる。皮膚を炙る熱、瞳に映る緋い街、鼻を突く悪臭。そのどれもが堪えがたい吐き気を誘う。
だが、顔を覆うことも、目を瞑ることも許されない。現実を受け容れろなんて先刻偉そうに言ったのだから、尚更この現実からは目を背けてはならない。
「このまま突っ込むぞ!」
グラントの掛け声とともに融けかける街に突入する。熱はある程度魔法で弾いているらしいが、臭いはより一層強くなって襲いかかってくる。それはイールフッドの時のものよりも格段にひどく、犠牲になったものの数がその時の比ではないことを示していた。
「目標は王城! やつらはきっとそこにいる!」
「そういえば、あの神の軛とかいうやつらは何を狙ってるんですか? 王女と同等の価値をもつものなんてそう無いですよね?」
「……そうだな。やつらが狙っているのは恐らく――」
「王笏だよ」
炎を纏った男がケイトの背後に降り立つ。振り向こうとしたその瞬間、ケイトは顔面を蹴り飛ばされて光の使徒から落とされる。
「水槍!」
「空貫!」
「だァッ!」
「遅いな」
セスナ、モコロ、ラスロットの三方向からの挟撃を、炎の男はいとも簡単に回避する。
「二人増えているな。いや、元々四人だったところを手分けしていたと考えるのが妥当か」
「アドレラ……! 何故お前がこんな所にいる!」
「何かおかしいか? 俺が一番強いのだから、俺が敵対者を相手するのは当然だろう」
「だったらさっき待ち構えていれば良かったじゃないか!」
「馬鹿かお前。お前ら六人より王族護衛隊200人の方が強いに決まっているだろう。そちらの始末が終わったからこちらに来ただけの話だ」
「待て……始末が終わったとは……」
「ああ燃やした。骨も灰も残らないほどにな」
グラントの問いかけに、アドレラは表情を変えずに淡々と答える。
「王族護衛隊200人をこんな短時間でだと……!?」
「さすがにこちらも少々被害が出たが、計画には支障ない。ここでお前らを足止めしていれば問題なく達成できるだろうさ」
「計画……さっき言ってた王笏ってのを奪うための計画がそれか?」
「少し違う。王笏を奪うことは計画のひとつだ。俺たちの目的はその先にある」
「その先だと……?」
アドレラは焦熱の中で眉ひとつ動かさずケイトたちを睥睨する。その吸い込まれるような黒瞳の奥には、焔が静かに揺らめいているように見えた。
「その昔、この世界には魔獣と呼ばれる存在が跋扈していた。それらは人類よりも魔族よりも強大な力を持ち、世界を支配していた。そんな魔獣どもに生活を脅かされていた人類は、ある時魔獣の討伐を企てた。比類なき魔法の才を持つ者、天から与えられた祝福の力を持つ者、数十年の努力と数千年に一人の才能で魔術を極めた者、様々な者が魔獣を倒し、そこに国を作っていった」
アドレラは読み聞かせるようにはっきりと、興味がないように滔々と世界の歴史を語る。
「多くの国はこのように魔獣を討伐した者によって興されたものであり、それはこの国も例外ではない。だが、ドゥワローズの魔獣討伐の方法は他と少し違った……」
アドレラの声に聞き入ってしまう。倒すべき敵だというのに、今すぐにでも倒したいというのに、その妖艶な一挙手一投足に目が吸い付いて離れない。
「封印したんだ。いつか魔獣を倒し得る存在が生まれることを願って魔獣に強固な封印魔術を施した。王笏はその封印を解く鍵さ」
そう話すアドレラの顔はあからさまに歪んでいた。
「全く、いつの時代も人類はクズばかりだな。名誉欲しさに魔獣を封印して国を興し、魔獣の処理は未来に丸投げだなんて。同情するよ、そんなクズの血を引いていることに」
街が崩れていく。これこそがこの街の罪の清算なのだと言うように懐炎が天高く昇る。
「……けないで……」
「あ?」
「ふざけないで!」
メイの甲高い声が響く。
「確かに初代様は名誉が欲しかったのかもしれない。初代様の行動は間違っていたのかもしれない。でも、今日まで歩んできた私たちの国を否定することは許さない! 人々に安寧を与えようと努力してきたこの国を否定することは絶対に許さない!」
アドレラの背後に白い稲妻が奔る。アドレラは瞬間に少し離れた場所に移動する。
「何を的外れなことを言っている。これは初代国王だけの話ではない。今までの国王も魔獣の封印を見て見ぬふりをしていた事実は変わらない。それが安寧を与えようと努力してきただと? 片腹痛い」
「――そうかもな。でも、この国を滅ぼそうとしてるお前よりはよっぽど良い人なんじゃねぇか?」
ケイトはアドレラの背後から殴り掛かるが、アドレラはふわりと身を翻し、炎の蛇でケイトを退かせる。
「やけに饒舌じゃねぇか、アドレラ。俺たちに計画を教えるつもりはないとか言ってなかったか?」
「我々の最終目標を教えないと言っただけだ。今回の襲撃の目的は教えたところでさしたる問題は無い。それに、俺の今の目的はお前らの足止めをすることだ。俺が話しているだけでそれが叶うのならそうしない理由はない」
「なるほどな。それじゃあその最終目標を達成するには俺たちを足止めする必要があるわけだ」
アドレラが眉を顰める。
「ここは通してもらうぜ。お前らの好きにはさせない」
「仕方ない。ついでに、先程出し抜かれた借りも返させてもらおう」
炎の蛇が空を這う。




