ラスロットの裏技
アルは空を駆け回る。見えない糸を足場にしているのだろうが、夜の闇の中を飛び回るそれは怪異の類にしか見えなかった。
「糸吟爪」
アルは糸で作った鉤爪でケイトの背後から首を狙う。ケイトは横飛びでそれを避ける。
「飛糸刃」
ケイトに向けて糸のナイフが飛ぶ。ケイトはナイフを全て叩き落とし、アルへと突進する。
「――飛戻」
「な……!?」
叩き落としたはずのナイフがケイトの背中に突き刺さる。
「学ばないな。一度でも触れようものなら既にこちらの術中なんだよ」
アルがケイトを蹴り飛ばす。ケイトはなんとかうまく着地すると、糸のナイフを抜いて完全に破壊する。
「全く、いやらしくてため息が出るよ」
「老獪と言ってもらおうか」
「同じような意味だろッ!」
ケイトの踏み込みで地面が爆ぜる。そこで発揮した速度は尋常でなく、瞬く間にアルの目前へとたどり着く。
「穹穿つ――」
「それだけは阻止させてもらおう」
ケイトの体が動かなくなる。だが問題ない。この程度の妨害などすぐに――
「裂咲」
ケイトの体が裂ける。全身から血が吹き出し、まるで深紅の花が咲いたようだ。
「糸にだって種類がある。細いものに太いもの、やわいものに丈夫なもの。そして、極端なまでに細く丈夫なものを用いれば、このように人の体を切断することも可能というわけだ」
糸がさらに肉に食い込んでくる。下手に動いてはそれこそ体が切れ落ちる。かといってこのままではケイトが輪切りになるのも時間の問題だ。
「存外、呆気ない終わりだったな」
「勝手に終わりだって決めつけてんじゃねぇよ!」
「……ほう」
ケイトは無理に糸を引きちぎる。当然全身はズタズタに裂かれており、まともに動けないであろうことは火を見るより明らかであった。
「この差を見てまだ終わりではないと吐かすか。莫迦か阿呆か、それとも両方か」
「人間だよ!」
ケイトはアルに殴りかかる。しかし、それは目の前に現れた半透明な布のようなものによって防がれる。
「緵鱗陣、強靭な糸によって編まれた糸魔術最高強度の防御壁だ」
硬いというよりも勁い。こちらの攻撃に合わせて弛むことで威力を減衰させられている。
「反縛」
「なっ……!」
防御壁がケイトに覆いかぶさってくる。ケイトは逃れることができず、あっさりと防御壁の檻の中に閉じ込められてしまう。
「人間とはまた正しい評価だ。確かに、お前のような愚かで低俗で諦めの悪い者には人間という名が相応しい。――糸詠槍」
アルの手に槍が編まれていく。
「糸吟爪と糸詠槍は糸によって編まれた武器。その性質として、糸が通れる間隙があれば障害物を貫通できる。……その防御壁は半透明に見えているだろう?」
「……!」
つまり、この槍はこの檻を貫通してケイトを攻撃できるというわけだ。ケイトは脱出しようともがくが、防御壁には傷一つつかない。
「あまり暴れない方がいいぞ。苦しみたくはないだろう?」
「最初から楽に殺すつもりはないだろ、狂人が」
満面の笑みを浮かべるアルにケイトは悪態をつく。
「安心するといい、すぐにお前の仲間も天国へ送ってやる――」
「させねぇよ」
アルの槍を剣が弾く。そこに立っていたのはケイトよりも少し年上に見える女性。体に合っていないパツパツの服を着て、蛇のような瞳でアルを睨んでいる。
「誰だ」
「誰でもねぇ。ただの剣客さ」
「っ……!」
女性の覇気に気圧されてアルが飛び退く。女性は剣を一振りし、いとも簡単に防御壁の檻を切り裂く。
「あ、ありがとうございます……」
「礼なんていらねぇ。オラ行くぞケイト、あの上から目線ヤロウをぶっ倒すんだ」
「え、なんで俺の名前……」
「あぁん? オレだよオレ、ラスロットだ」
ケイトはぽかんとする。ケイトの知っているラスロットはチビで小柄でガキであるため、口調以外の部分は目の前の長身の女性とは似ても似つかない。
「失礼なことを考えてたような気がするが一旦許す。前に言ったろ、オレには裏技があるって。オレは……まあ色々あってちょっと成長できんだ」
「ちょっとどころか10年くらいは成長しているように見えるんだけど。それに、そのかっこいい剣はどっから出したんだよ」
「あ? ずっと持ってただろ」
「……ああ! あの命よりも大切だとかいう」
「そうだよ。持ったクセに分かんなかったのか?」
「持っただけじゃわかんねぇよ! 布で封印かってくらいガッチガチに巻かれてたし!」
「何を悠長にしている」
体が動かない。ラスロットも同じように金縛りを受けているようだ。
「少々おしゃべりが過ぎたようだな。私の糸を切れたところで動けなければ――」
「シンメイ流剣術壱ノ剣・風薙」
グラントがケイトたちの背後から虚空を一閃する。すると、全身を締め付けられる感覚が消え去る。
「俺を忘れるなよ」
「見えないはずの糸を切るとは……いやその前に、お前は私の分身と戦っていたはずだが……」
「分身なら斬った」
「嘘を吐くな。いくら切ったところで私の分身は――」
「嘘ではない。何十何百何千と、魔力が尽きて体が縫合できなくなるまで斬ったんだ」
グラントの後方にズタズタに切り裂かれた分身が横たわっている。
――だがしかし、それがアルの琴線に触れた。
「ふざけるなよ……どいつもこいつも私の最高傑作を力押しで壊しやがって……私の人生に意味などなかったと、そう言いたいのかァッ!」
アルが激しい剣幕で怒鳴りつける。
「言ってねぇだろそんなこと」
「黙れ! よくも私を虚仮にしてくれたな! お前らは確実に殺す!」
鋭い爪を携えた怒りの弾丸が夜の闇を突き進む。




