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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
ドゥワローズ王国編
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攻略の糸口

 ふたつの人影が乱舞する。空を趨り、地を削り、並々ならぬ殺意を持って踊り狂う。


「ハァ、ハァ……クソッ!」


 それらの人の域を超えた動きにケイトは翻弄される。一体ならまだなんとかなった。しかし、二体となると、モコロが脱落した今、その猛攻を受け切ることはほぼ不可能だ。


「参ノ剣・滝割(たきわり)ッ!」


 分身の背後に追いついたグラントが剣を打ち下ろす。しかし、分身は剣の軌道からするりと外れ、そのまま流れるようにグラントの横腹を蹴り飛ばす。


「このッ!」


 片方の狙いが外れたのを好機と捉え、ケイトはもう片方の分身に拳を放とうとする。だが、その瞬間に体が硬直し、分身の打撃をもろに食らってしまう。


「ぐッ……! だらァッ!!」


 ケイトは無理やり金縛りを突破して分身に拳を振るう。しかし、そんなものが当たるはずもなく、分身は事も無げに巻き戻っていく。


「肆ノ剣・隼穿(はやうち)!」


 グラントが剣を突き出して突進する。そのあまりのスピードに分身は為す術なく胴体を貫かれるが、貫かれる程度なんの問題もなかった。


「ごァッ……!」


 分身は胴体を貫かれたまま、岩のような腕でグラントを殴り飛ばす。ケイトは吹き飛ぶグラントの体をうまくキャッチし、分身と睨み合う。


「そうだ! これが正しいのだ! 私の魔術の前に手も足も出ず、羽虫の如く潰えていく! それが積み重ねた歴史の結果であり、私の人生への報酬なのだ! 決して、決して力任せで破られていいものなどではなァい!!」


 燃え上がるような怒りが言葉に滲んでいる。彼の魔術への対抗は、彼にとって人生の否定と同義なのであろう。一秒耐えられるごとに心臓に針が突き刺さっていき、痛みでどうにかなってしまうのだろう。


「知るかそんなこと! お前はただの犯罪者だ! 人を殺し、街を壊し、快楽を貪り食うだけの怪物だ!」

「怪物で結構! これは応報だ! 私の人生を認めることのなかった人間どもの罪の清算だ!」


 分身が襲い来る。反撃の隙が見当たらず、分身の攻撃を避けるのに徹する。


「受け入れろ人間ども! 我々は罰だ! 我々は悪だ! 人類を(ふつく)に蹂躙し、神に(くびき)を嵌める者だ!」


 分身の一撃にケイトとグラントは大きく弾き飛ばされる。


「ガハッ……!」

「大丈夫ですか……グラントさん……!」

「自分の心配を……しろ……!」


 二人はゆっくりと立ち上がる。眼前の分身どもは決して油断することなくこちらを見据えている。


「くっ、このままでは負ける……ヤツの魔術の本質を理解しなくては……」

「魔術の本質……?」

「そうだ。基本的に魔術師は一種類の魔術しか使用しない。つまり、どれだけ多彩な攻撃を繰り広げようが、全て一つの本質からの派生に過ぎないというわけだ」

「なるほど……」


 ケイトは今までの現象を思い返す。切れない体、巻き戻る動作、金縛り、押し潰し、引き戻し、固定……いくら考えてもこれといった共通点は見つからない。


「……ダメだ、分からない……!」

「考え続けろ。ヤツの魔術の本質が分かれば、攻略の糸口が見えてくるはずなんだ……!」

「攻略のいとぐ……ち…………」


 ――ひとつの可能性が思い浮かんだ。あくまで可能性の話。魔術についてよく知らないケイトにはそんなことが可能であるのかは分からない。だがしかし、もしも可能であるならば、今までの現象の全てに説明がつく。


「グラントさん、もしかしたら――」




「――さあ、懺悔は終わったか?」


 魔術師は深い(いか)りを瞳に湛えてこちらを見下している。ケイトとグラントは作戦会議を終え、魔術師本体と分身を見据える。


「準備はいいか?」

「いつでも!」

「いくぞ。肆ノ剣・隼穿!」


 グラントが分身に突貫していく。


「ああ、反吐が出る。あまりにも人間らしい。醜く無様で諦めの悪い、死して当然のクズだ!」


 グラントの剣が分身の胴体を刺し貫くが、分身はその瞬間を狙って攻撃を繰り出している。


「弐ノ剣・紊薊(みだれあざみ)!」


 グラントは分身に向けて無数の突きを放ちながら距離を取る。だが、その背後へもう一体の分身が迫っている。


「俺を忘れるなよ!」


 ケイトが拳を振るう。分身は巻き戻って避けていくが、ケイトは地面を強く蹴ってそれに追いつく。


「速度勝負に出たか。だが甘い!」


 ケイトの動きが鈍っていく。得体の知れない何かに纏わりつかれて動きが阻害されているような感覚だ。


「その可能性を考えない訳がないだろう! 逆にお前の顔面に一撃を入れて――」

「その可能性を考えてない訳がないだろ」

「何?」


 ケイトが分身の目の前に瞬間移動する。その常識外れの事象に分身は対処しきれず、ケイトがそのまま振り抜いた拳に弾かれる。


「瞬間移動か……だが、そう何度も使える魔法ではあるまい」

「ああ、一回が限度だって言ってた。だけど、確かめたかったことは確かめられた」


 ケイトは魔術師に向けて腕を突き出す。その手には一束の糸が握られていた。


「お前の魔術の本質は『糸』だ」

「……なるほど、分身を殴る瞬間に私の分身の素材を毟り取っていたのか」

「そう。ひとつの魔術はひとつの本質を持っている。つまり、分身を形作っているものがお前の魔術の本質だって思ったんだ」


 魔術師は喋らない。


「糸で形作られた分身は切られたそばから縫い直され、元いた地点に繋いだ糸を引くことで時間を巻き戻すように攻撃を避ける。糸を絡めて相手の動きを封じ、操り、阻害し、自身の思い通りに事を運ぶ……全く、厄介この上ない力だ」


 ケイトは糸束を捨てる。その視線は魔術師を非難するかのように刺々しい。


「私に勝てる気でいるのか?」

「勝つさ」

「舐めるなよ若造」


 先程吹き飛んだ分身が凄まじい速度でケイトに引き寄せられていく。


「なっ……さっきの接触の瞬間に糸を付けられていたのか……!」

「当然だ。何もせず殴られるのを見ているだけなど、愚かにも程があろう」


 魔術師が分身で視界の塞がったケイトを横から蹴り飛ばす。


「ああ、(はらわた)が煮えくり返りそうだ。正義ぶった顔で私の魔術を長々と解説しやがって。その傲慢が悪を生むのだといつになったら人間は理解するんだ」


 魔術師がローブのフードを取る。そこに現れたのは右目に眼帯をつけたグレーの髪の老紳士だった。ケイトは上に乗っかった分身をどけて起き上がり、拳を構える。


「神の軛『赤』第一分隊長、アル・コスティーロ。コスティーロ家最後の魔術師としてお前を殺す」


 黒き人影が闇を駆ける。

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