赫き流星
魔術師と対峙する。大胆に不用心に立っているように見えるが、それはきっとケイトを誘い込むための罠なのであろう。ケイトは警戒して様子を伺う。
「来ないのか? それならこちらから行くぞ」
魔術師が飛びかかってくる。迅い。今まで気づかなかったが、それは普通の人間に出せる速度ではない。
ケイトは魔術師の攻撃を防ごうと腕を前にクロスさせる。
「甘いな」
「なっ!?」
腕が勝手に開く。そうして空いた胴体に魔術師の拳が直撃する。ケイトは後方へ吹き飛ばされ――
「戻ってこい」
「うおっ!」
魔術師の元へ引き戻され、再びその拳を胴体に食らう。
「ふんっ!」
「おっと」
ケイトは吹き飛ばされる前に魔術師に一撃当てようとするが、逆再生で簡単に避けられる。
「タフだな。二撃食らってまだそんな余力があるのか」
「もっと重い攻撃を何度も食らってきたもんでね!」
ケイトは地面を蹴る。1秒とかからずに魔術師との距離を詰め、その顔面に向けて拳を突き出す。
「ふん。血迷ったか」
「っ!」
魔術師の顔面を撃ち抜く寸前でケイトの動きが止まる。先程の現象と同じように体がピクリとも動かない。
「このままサンドバッグに――」
背後から殺気を感じる。魔術師が振り返ると、そこには剣を構えたグラントが立っていた。
「シンメイ流剣術壱ノ剣・風薙」
グラントの剣が目にも止まらぬ速さで魔術師を薙ぐ。しかし、魔術師はその一撃を避けられなかったのではない、避けなかったのだ。
「学ばないな。どれだけ斬ろうが私を殺すことはできない」
やはり魔術師の体は切れていない。魔術師は動けなくなったグラントに反撃しようと腕を振りかぶる。
「空貫!」
魔術師の腕が虚空に弾かれる。
「小癪なッ!」
「良いチームワークって言ってくれ」
魔術師の視線がモコロを向いた一瞬、ケイトは強引に金縛りを打ち破って魔術師に殴りかかる。魔術師は跳び退がり、ケイトの攻撃をすんでのところで回避する。
「……まさか力ずくで突破するとは」
「やってみたら意外といけた」
「脳筋め!」
魔術師がケイトに突っ込んでくる。ケイトは大きく腕を引いて魔術師を迎撃しようと構えるが、また体が動かなくなる。
「たとえ突破されようと問題ない。突破される前に攻撃をすればいいのだから」
魔術師はケイトの懐に潜り込み、岩塊のような腕をケイトの腹に叩き込む。
「ごァッ!」
吹き飛べない。体が完全にそこに固定されて衝撃をいなせない。魔術師の腕がケイトの体にめり込んでいき、内臓をジリジリと潰していく。
「クソがァッ!」
ケイトは全力を込めて拳を打つ。その一撃は空気を破裂させ、小規模な爆発を引き起こすほどのものだったが、肝心の魔術師には傷一つ付けることができなかった。
「我武者羅に放った一撃がこの威力……用心しておくに越したことはないか」
「ハァァァァァ……。よしっ、次は当てるぜ」
「もう触れることはないと言っただろう!」
再び魔術師がケイトに迫る。ケイトは拳を構えた体勢で動けなくなる。魔術師は再びケイトの腹に拳を――
「なんてな」
「アガッ!」
魔術師は背後から音もなく忍び寄っていたモコロへ振り向き、脇腹を薙ぎ払って弾き飛ばす。
「モコロ!」
「まずはお前からだ、女。少し惜しいが手短に終わらせよう」
地面に伏せるモコロに魔術師が飛びかかる。金縛りを破っても距離的に決して間に合わない。魔術師は剛腕を振り下ろしてモコロの頭蓋を叩き潰――
「――弐ノ剣・紊薊」
「ぬうっ!?」
グラントの剣が魔術師の腕を何度も突いて進行を僅かに遅らせる。
「意味の無い行為だ! 私に傷は無く、何をする時間も稼げない!」
「時間なら稼げたさ。こうして俺がここにいるんだから」
「なっ――」
燃え上がる拳が魔術師の頭を捉える。
「穹穿つ流星」
赫灼の拳が空間を穿つ。魔術師は流星の如く大地を流れ、その痕跡は世界に深く刻み込まれる。
「な……」
「大丈夫ですか、グラントさん」
「あ、ああ……」
放心状態のグラントと気絶しているモコロ、どちらも命に関わるような怪我はしていないようで安心する。
「先を急ぎましょう。アドレラが何かをしでかす前に――」
「屈辱だ」
頭を殴り飛ばされる。地面に2、3度激突した後になんとか体勢は立て直せたが、目の前に広がっている光景に脳の処理が追いつかない。
「なん……で……」
「私が半生をかけて編み出した魔術だぞ……それが……それがただの力押しに敗れるなど……そんなことがあっていい訳がない!!」
魔術師が懐から手のひら大の二枚の紙切れを取り出す。それには何やら模様のようなものが描かれているように見えるが、月明かりではよく見えない。
「此処に体無く、其処に心無く、
無限の停滞は霧氷の針を刺し、
無尽の譫言は劫火の錠を繋ぐ、
叶う理想に意味は無く、叶わぬ夢想に未来無く、
なればこそ、我が身此処に有り、
世の一切を捨て去り、今、天の鏡に我を映さん、
――擬心綸體」
魔術師の詠唱に呼応するように紙切れが光り輝く。しばらくして光が収まった時、ケイトの前には三人の魔術師が立っていた。
「分身か……? そうか、さっきのやつも本体じゃなくて分身だったのか!」
「理解したところでもう遅い。一体にかかずらっていたお前らが二体同時に相手出来るはずもなし。無様に地べたに這い蹲り、我が人生を侮辱した罪を懺悔して死ね」
迫り来る分身を月光が怪しく照らす。




