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意地汚い決着

 二つの拳が(せめ)ぎ合う。


 片や漆黒。この世の光を遍く喰らい尽くさんと、深淵が渦を成して世界を侵食する。

 片や気炎。この世の闇を遍く照らし尽くさんと、意気が炎を宿して世界を維持する。


 破壊と不変の激突は、空間に甚大な矛盾を引き起こす。それを埋めるべく現出した新たな空間が次元の飽和を生む。

 空間は千切れ、(ひび)割れ、断裂し、次元の風が吹き荒ぶ。世界が壊れてもおかしくないほどの異常がこの地に滞留している。

 地獄絵図すら生温い、世界の終焉がこの場に圧縮されていた。


()()()だ。まさか私の体に干渉できる人間が存在していたとは!」


 フォルトゥスは嬉々として語る。それはまるで、初めてガラガラを手にした赤子のように純粋なものだった。

 フォルトゥスは闇の渦を広範囲に拡張させながらケイトの拳を押し込んでいく。


「ぐ……ぎっ……」

「どうやら私の方が力は僅かに強いらしいな! そのまま漆黒に呑まれて消え去るがいい!」


 漆黒の髪がケイトに伸びる。髪はケイトの身体に触れると、肉片を削り取っていく。

 ケイトはそれを無視し、体の至る所から血を流しながら、それでもフォルトゥスから視線は外さず、鋭い眼光で睨みつける。

 ケイトのその視線に、フォルトゥスは満悦しているような表情を浮かべる。


「最高だ! 死を目前にして絶望しないとは、人間の範疇を遥かに超えている!」

「絶望なんてし飽きてんだよ! 俺はもう希望しか見ねぇ!」

「変わらん! 貴様は今、人類の頂点に立っているのだ! 誇れ! 最強の名を賜ったことを!」


 ケイトの拳が弾かれる。それと同時にフォルトゥスは漆黒の前蹴りをケイトの腹に食らわす。空間が割れ、ケイトは亜音速で後方へ吹き飛ばされる。

 ケイトは空中で身を翻して体勢を立て直し、地面に足と手を突き立てて土煙をあげながら減速する。そこへフォルトゥスが空を裂きながら突進していく。

 ケイトが完全に停止したところへ、フォルトゥスは空間を無視して脚を薙ぎ払う。ケイトはそれを左腕で受けるが、その威力にまたも吹き飛ばされ、宙を舞う。


「痛てぇなコンチクショー!」

「まだ余裕そうだな! ドゥーラ!」


 フォルトゥスの周囲に無数の闇の弾が生成され、ケイトに向かって超高速で飛ぶ。

 ケイトは空を蹴り、ジグザグに弾を避けながらフォルトゥスに突っ込んでいく。


「エンディル!」


 フォルトゥスの手に闇の長槍が現れる。フォルトゥスはそれを飛びかかってくるケイトの顔に目掛けて、音を置き去りにしながら突き出す。

 ケイトはその槍撃の当たる寸前で空を蹴り、頬を少し切りながらも攻撃を避ける。

 フォルトゥスが槍を引き戻そうとした瞬間、ケイトはその先端を掴み、それを軸に体を回転させて、空間ごとフォルトゥスの頭部を蹴り飛ばす。

 フォルトゥスは吹き飛ばされながらも闇の散弾を飛ばす。ケイトはそれを闇の槍で弾きながら真っ直ぐにフォルトゥスとの距離を詰める。

 しかし、フォルトゥスの浮かべる不気味な笑みに気がつき、ケイトは自身が嵌められたことを察する。


「もう遅い! デイアト!」


 ケイトの背後から超質量の災害が迫り来る。ケイトは振り返ってそれを受け止めるが、その隙をついてフォルトゥスは闇を伸ばし、ケイトを蝕む。


「ふざっけんなよ!」


 ケイトは災害の軌道を変え、フォルトゥスに投げ飛ばす。

 フォルトゥスは当たる寸前でそれを消し去る。その一瞬の隙をつき、ケイトはフォルトゥスの脇腹から一撃を入れる。


「グハァッ!」


 フォルトゥスは回転しながら空高く吹き飛ぶ。

 ケイトは跳躍し、さらなる追撃を目論む。フォルトゥスは漆黒の翼を大きく広げて空中で姿勢を制御し、ケイトに向かって急降下する。


「図に乗るなよ!」

「そっちこそ勝負から降りるんじゃねぇぞ!」


 再び拳が激突する。

 空間は捻れ、拉ぎ、不快な音を響かせる。

 天と地の概念すらも壊れてしまいそうな不安定な世界の中で、黒と白の瞳はただ目の前の強敵だけを見つめていた。


「忘れたのか?! 私と貴様では私の方がパワーが上だということを!」


 フォルトゥスの体から夥しいほどの闇が噴出する。

 闇はフォルトゥスの体に纏わりついていき、近づくだけで蒸発してしまいそうなほどの高エネルギーを放つ鎧を形成する。


 フォルトゥスは巨大な闇のオーラを放ちながらケイトを地の底へと押し込めていく。


「さあこの長く美しい戦いに終止符を打とう! 世界から朝は消え、永遠の夜が支配するのだ!」


 フォルトゥスは自身の勝利を信じて疑わず、高らかに笑う。

 それを見て、ケイトは「ふっ」と鼻で笑う。フォルトゥスはケイトのその行動に眉をひそめる。


「何がおかしい!」

「いや、お前もそろそろ限界が近いんじゃないかと思ってな」

「何っ?!」


 ケイトは首筋を指し示す。フォルトゥスが自身の首を確認すると、底なしの漆黒を思わせるようだったフォルトゥスの肌に、大きな亀裂が入っていた。


「なっ!?」

「どうやら全力を出しすぎたようだな」

「バカな! 今までこんなことなど――」

「こんな長時間本気で戦ったことあるのか? お前の力は無限なんかじゃないんだよ!」

「クウゥッ! だとしても! 力が枯渇する前に貴様を殺してしまえばなんの問題もない!!」


 フォルトゥスはさらに出力を上げる。ケイトはずんずんと押しやられていき、とうとう地面に足がついてしまう。

 それを見たフォルトゥスは二イィと口角を上げ、暴力的なまでの闇の奔流を発生させる。


「そのまま空間ごと引き裂かれて死ねえい!!」


 闇がケイトを押し潰していき、空間の亀裂がケイトの肉体を引き裂いていく。

 空間の間隙から発生する暗黒の雷が、世界の終焉を報せる喇叭のように鳴り響く。

 ケイトはなんとか闇を押し留めるが、いつまでもつかは分からない。


「あと少し……あと少し耐えるんだ……!」


 ケイトはあるものを待ち続ける。その間にも、フォルトゥスのあまりに強大な攻撃はケイトをジリジリと地面に押し付けていく。これ以上押し潰されればケイトは人の形を保てないだろう。


「私の勝ちだあ!!」


 フォルトゥスが叫ぶ。ケイトは完全に押し潰され、永遠の闇が世界を埋めつくす――


「ゼフォロ・シンベルカ」


 一閃。

 大地を抉り、空を貫き、時も、因果すらも破壊して、不可避の雷撃がフォルトゥスの体に突き刺さる。


「な、なん……だと……!?」


 フォルトゥスは全ての力を結集させ、全霊でその雷の対処にあたる。しかし、残り少ないフォルトゥスの力では雷を完全に打ち砕くことは不可能だった。


「ぐ……うおおおおお!!」


 激しい雷の音とともに眩い閃光が弾け、数秒間白色光が世界を埋め尽くす。



 光が収まった時、ケイトの前方には左半身を失ったフォルトゥスが立っていた。周囲にあった闇は晴れ、完全に力を使い切ったようだ。


「はぁ……はぁ……」

「まさかこの魔法を耐えるなんてね」


 地面に座り込むケイトの後ろから、エティナが歩いて近づいてくる。その顔は怒りと驚き、そして賞賛の入り交じった表情をしていた。


「ふ、巫山戯(ふざけ)るなよ!」


 フォルトゥスは大声を出す。その顔は怒りに染まっており、激情を孕んだ視線を二人に飛ばす。


「これは私と貴様の神聖な戦いだったはずだ! それをこんな横槍を入れて……恥ずべきことだと思わないのか! 誇りは無いのか!!」


 フォルトゥスは怒りに震えながら叫ぶ。ケイトは立ち上がり、フォルトゥスに向かって話しかける。


「つまりお前が言いたいのは、タイマンだと思ってたのに俺の仲間が協力してきてずるいってことでいいか?」


 ケイトは身振り手振りを使ってフォルトゥスの発言の要約を本人に確認する。

 フォルトゥスから返事はないが、それを以て肯定だとケイトは判断する。


「ナメんじゃねぇぞ」

「なっ……!?」


 ケイトは嗤う。


「言ったはずだ、これは喧嘩だと。タイマンなんて一言も言っちゃいねぇ。それに、『勝った方が正義』なんだろ?」

「クッ……だ、だが、2対1で勝つなんて、貴様はそれでいいのか?!」

「めっちゃ嬉しい!」

「な……」


 フォルトゥスは困惑する。ケイトの発言が全くもって理解できないのである。それはケイトにとって予想通りの反応である。

 そもそも、生死の賭かった戦いを神聖などと言っている時点で同じ土俵には立っていなかったのだ。


 ケイトはフォルトゥスの反論を笑い飛ばし、力強くフォルトゥスを指さす。フォルトゥスはそれに一瞬ビクついて肩が跳ねる。


「お前の敗因は敗北を知らなかったことだ。敗けたら死ぬということを」

「そ、そんな当たり前のことなど――」

「いいや知らないね。知ってたら死なないようになんでもするはずだ。俺たちみたいにな」

「ウグッ……」


 ケイトがゆっくりとフォルトゥスに近づいていく。それはフォルトゥスにとって初めての死を間近に感じる経験だった。

 フォルトゥスの目の前に迫った「死」が、高く鎌を振り上げる。

 月明かりの逆光が、フォルトゥスの目にその姿を恐ろしく浮かび上がらせる。


「クッ……クソォッ!」


 フォルトゥスが最後の力を振り絞って闇を展開する。ケイトはすぐさま前方の闇を腕で振り払うが、そこにフォルトゥスの姿は既に無かった。


「逃げたか。煙幕まで使って何もせずに……。まったく、どっちの方が意地汚いんだか」


 ケイトは空を見上げる。東の(本当に東かは知らない)空が白んできており、夜明けが近いことを知る。


「ケイト!」


 エティナが走り寄ってくる。その顔はケイトのことをかなり心配しているようだ。


「大丈夫?!」

「はい、大丈夫です。そちらこそケガは――」


 緊張の糸が切れたのか、突然ケイトはその場に倒れる。エティナは急いで体を起こして確認すると、ケイトはただ寝ているだけのようだった。


「よかった……」


 太陽が顔を出し、子鳥のさえずりが新しい朝を告げる。



〜〜~〜〜~



 フォルトゥスと戦ったさらに次の日の朝、ケイトは身支度をしていた。新調した服とローブを身にまとい、複雑な気持ちを未来への期待で誤魔化そうとする。

 フォルトゥスとの戦いを終え、気絶するように寝た後、起きたのはその日の夕方だった。仕方なくその日は出発を諦め、翌日に村を出ることになったのである。

 村とは言っても、ニエレ村は二人の戦いによって更地となってしまったため、今いるのは隣の村である。


 コンコンとドアをノックする音が聞こえる。


「準備できた?」


 ドアの奥から凛とした声が聞こえてくる。普段なら即座に反応するところだが、ケイトはそんな気分ではなかった。


「……終わりました」


 ケイトはドアをガチャリと開ける。そこには新品のローブに身を包んだエティナが片足に重心を寄せて立っている。

 ドアが開いたのに気づいたエティナはケイトに向かって上目遣いで笑いかける。


「それじゃあ行くよ」


 エティナは振り返って歩き始める。

 村を出ると、あの馬(仮)が立っていた。馬(仮)は以前のようにしゃがみこむ。

 二人が背に乗ると馬(仮)は立ち上がり、かなりのスピードを出して走る。


「気にしてる?」

「え?」

「店長さんのこと」

「……はい」


 武器防具屋の店長は、店の前で腹部に穴が空いて殺されていた所をエティナが村人たちの元へ連れて行った。

 奥さんは失意の底にいたが、二人のせいではないと、自分に言い聞かせるように話していた。

 子どもにはひどく罵倒された。奥さんはずっと二人のことをフォローしてくれていたが、それでもさすがに心にくるものがあった。


「冒険者やってると、ああいうこともよくあったりするんだよね。そういう時、私は美味しいもの食べて気分転換するようにしてる!」

「そうなんですね……」


 エティナがフォローしようとしているのは察しているが、ケイトの心はそこまで強くない。


「最低だな、俺……」


 ケイトは深呼吸してむりやり気分転換しようとするが、うまくいかない。だが、そんなケイトにも一つだけ決意したことがあった。


「……エティナさん」

「ん?」

「俺、冒険者になろうと思います」

「……それは贖罪のつもり?」

「それもあります。でも……」


 ケイトは手を空に伸ばし、太陽に翳す。顔に落ちる手の影は、ケイトの表情を隠す。


「でもそれよりも、黙って見てられなくなったんです。一人でも多く、今の幸せを守ってあげたいんです」


 エティナはその発言に驚いた顔をするが、何かを思い出し、柔らかに微笑む。


「……君は純粋だね」

「何か言いましたか? 馬の足音でかき消されて……」

「ううん! 何も! じゃあ王都についたら冒険者の申請をしよう!」

「ありがとうございます!」

「いいのいいの! 後輩は先輩を頼るものだよ!」


 二つの笑い声が静かな草原に響き渡る。



〜〜~〜〜~



 フォルトゥスは朝日から逃げるように海の上を飛んでいる。

 しかし、左の翼のほとんどが欠損している状態であり、あまり速く飛ぶことはできない。


「あの小僧ども……この私にここまで深手を負わせるとは……」


 忌々しい二つの顔を思い出し、苛立ちに顔を歪める。だが、すぐに頭をリセットして平静を取り戻す。


「……目的は達せられた。今はそれだけを喜ぶこととしよう」


 フォルトゥスは突然笑い始める。それは狂気ではない。純粋な喜びがフォルトゥスの心の内から溢れている。


「まずは戦力だ。次の目的地はメリス王国王都ケルクとしよう。だが、回復に時間を使っている猶予はない。……ベリロスを派遣しよう。あいつならきっとこの命令を受け入れるはず……」


 フォルトゥスは右手で顔を覆うと、高らかな笑いを響かせる。


 そうしてひとしきり笑った後、フォルトゥスはスンと笑うのをやめる。

 顔にあてた右手を上にスライドさせ、垂れた長い前髪をたくしあげる。


「見てろ小僧ども。最後に勝つのは私たちだ」


 その瞳は、紛れもない憎悪に支配されていた。

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