魔術師
平野を駆け抜ける。沈みゆく太陽を追いかけるようにぐんぐんと進んでいく。空は一面赤に染まり、炎の幻影が網膜を焼き焦がす。
恐怖が無いと言えば嘘になる。しかし、この感情が恐怖だと認識できているのなら問題はない。乗り越えればいいだけの話なのだから。
向かう先はドゥワローズ王国王都アクス。そこに必ずアドレラが現れるとグラントは言っていた。
疑っている余裕はない。そもそも、疑う材料を持ち合わせていない。大地を力強く駆ける光の使徒に揺られながら、祈るように遠く見える街並みに目を凝らす。
「……火の手は上がっていないようだ。だが、油断はするな。アドレラは用意周到だと聞く。どんな罠が張り巡らされているか分からない」
今までにない緊張感に冷や汗をかく。死神の鎌が喉元に突き立てられているかのようだ。
「止まれ!」
グラントが大声を上げる。ケイトが光の使徒を停止させて前を見下ろすと、黒いローブを羽織った怪しい人影が立っていた。
「……5秒以内にそこを退け。でなければ斬る」
「意外に悠長だな。それとも、ただの意気地無しか」
グラントが不審者に斬りかかる。コンマ三秒の超早業。普通の人間には反応することさえできない。それはその不審者も例外ではなく、グラントの一閃によって胴体は完全に斬り分かたれた。
「行くぞ。モタモタしている暇は――」
「なるほど、思ったよりはやるようだ」
「なっ――」
激しい打撃音とともにグラントの体が宙を舞う。そしてあろうことか、先程真っ二つにされたはずの不審者が何事も無かったかのようにそこに立っている。
「水刃!」
巨大な水の刃が不審者を切り裂く。
「無駄だよ」
「っ!?」
無傷の不審者は一瞬にしてセスナとの距離を詰める。
「させるか!」
「させない!」
ケイトとモコロはセスナへと飛びかかる不審者の両側から挟み込むように拳を振るう。空中にいては避けようのない攻撃のはずだった。
「それなりに腕が立つようだな」
「なっ!?」
不審者の行動が巻き戻っていく。まるでビデオを逆再生しているかのように不審者の体が攻撃の軌跡を逆行する。
そうして振り出しに戻ると、不審者は冷静にこちらを眺める。
「そういえば聞いていたよりも人数が多いな。だがまぁ、ひとりは眠り、ひとりはガキだ。戦力はそう変わらんだろう」
「誰がガキだ! ぶっ飛ばすぞ!」
噛み付こうとしているラスロットをモコロが制止する。空気を読まない蛮勇にケイトは呆れる。
「斬っても切れない上に先の不可解な動き……魔法ではない。貴様、魔術師か」
グラントがいつの間にかケイトの横に立っており、純白の剣を不審者に向けている。
「魔術師……?」
「魔術を使う人間のことだよ。ものすごく難しいからそうそう見ないけどね」
魔術とは何かというところから教えて欲しかったが贅沢を言っている暇はない。
「ハッ。それが分かったところでどうする。魔術師を封じる手段でもあるのか?」
「それは無いが、考察ならできる。例えば、先の魔術の使用時に印と詠唱が確認できなかったことから、そこまで大それた魔術を行使している訳ではない、とかな」
「ほう。意外と詳しいな。だが――」
魔術師はグラントに急接近し、岩のような右腕を振り下ろす。グラントはそこに剣を振り上げるが、魔術師の腕は切られながらグラントへ向けて降り続ける。
「解に辿り着けないのならば考察なんてものは無意味なんだよ」
「ぬぅっ……!」
「グラントさん!」
ケイトは魔術師の脇腹を狙って拳を突き出す。
「不用心なことだ」
「な……!?」
体が動かない。生きたまま石膏像にでもなってしまったのかと勘違いしてしまうほどに四肢が言うことを聞いてくれない。
「水散弾!」
多量の水の弾が魔術師目掛けて降り注ぐ。魔術師は先程と同じように逆再生でそれを回避する。それと同時、ケイトは自由に動けるようになる。
「モコロ!」
「うん!」
ケイトとモコロは魔術師に暇を与えないよう両脇から挟み込んで殴りかかる。
「もう遅いんだよ」
「ぐっ……!」
二人は地面に叩きつけられる。見えない何かに上から押さえつけられているかのようだ。
「はあっ!」
そこへグラントが斬りかかる。しかし、やはり魔術師の胴体を切断しても意味はなく、魔術師はグラントのがら空きの胴体に拳を叩き込む。
「グラントさ――」
「目を離すなよ阿呆」
セスナが目を離した一瞬の隙に魔術師はセスナの首を掴む。
「弱いな。この程度の実力でアドレラ様に楯突こうなど愚の骨頂」
「がァッ!」
「セスナ!!」
セスナの首がミシミシと音を立てている。セスナは必死に魔術師の手から逃れようとするが、魔術師の力は強くなる一方である。
「良い音だ! やはり、女の悲鳴は格別だなあ! 嗚呼、これがあと二人分も聞けるとは、なんて幸運なんだ! こんな機会を与えてくださったアドレラ様には感謝してもし切れな――」
「タコー」
突然の閃光。広範囲を照らし上げるその眩しさに、魔術師は思わずセスナを掴む手を緩める。
「私の友だちは返してもらうわ!」
「何っ!?」
セスナの体が魔術師から引き剥がされる。光が収まって魔術師が目を開けると、そこにはセスナを抱くメイの姿があった。
「何かと思えば小娘ひとり増えただけ。計画には何の支障も――」
「じゃあこれも計算の内ってことか?」
「んなっ!?」
ケイトが魔術師を背後から殴り飛ばす。
「ケイ……ト……」
「あんま喋るな。心配しなくてもあんなヤツすぐぶっ倒してやるよ」
「う……ん……」
ケイトは魔術師に視線を戻す。魔術師は立ち上がり、静かにこちらを眺めている。
「……まあいい。もう一度同じことをすればいいだけの話だ」
「負け惜しみだな。素直に『悔しいです』って言ったらどうだ?」
「安心しろ。もう二度とお前が私に触れることはない」
星明かりの舞台の上で、ふたりは静かに対峙する。




