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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
ドゥワローズ王国編
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恐怖と覚悟

 ケイトは立ち尽くす。アドレラを追おうにも行方が分からず、先程までアドレラが立っていた場所を眺めながら自分の無力さに歯噛みをするしかなかった。


「メイ……メイ!」


 ケイトの傍らでセスナが必死にメイに呼びかけている。メイは煙を大量に吸ってしまったのか、喉を抑えて踠き苦しんでいる。


「俺に任せろ」


 振り向くとグラントが背後に立っていた。グラントは半ば崩れるようにしゃがみ込み、メイに手のひらを向ける。


「そんな……グラントさんもケガしてるのに……」

「俺のことはいい、軽傷だ。放っておけば治る」


 背中に短剣を突き刺されて軽傷なはずはないが、そうとは思えないほどの力強さがその言葉からは感じられた。

 グラントはメイに意識を戻し、何かを唱える。すると、メイの体が光り出す。そのまま数秒が経過し、メイが眠りにつくと同時に光は消える。


「これで大丈夫だ。少しすれば目覚めるだろう」


 グラントはメイを抱え、よろめきながら立ち上がる。


「グ、グラントさん! あんまり無理しないでください!」

「いや、無理をしなければならないのだ。ヤツはメイを人質にとろうとしていた。それはつまり、この国においてメイと同等の価値を持つものを手に入れようとしているということ。……思い当たるものはひとつ。だが、アレだけは絶対にヤツらに渡してはならない……!」


 そう強く言い放ったグラントの顔色は、しかしながら明らかに悪く、肩で息をしながら根性だけで立っているような状態だ。


「ケイトー!」

「モコロ! ラスロット!」


 モコロとラスロットが安堵した表情で走り寄ってくる。


「元気そうで良かったー! ……って、グラントさんとメイさん!?」

「グラントとメイって……王子サマと王女サマじゃねぇか! テメェらそんな大物と知り合いなのか!?」

「まぁ……色々あって……」


 説明するのが億劫になり、言葉を濁す。

 逸らした視線の先ではこの町の住人らしき人々が惨状を目の当たりにして、口々に言葉を漏らしていた。


「あぁ……俺たちの家が……」

「クソッ! 店が跡形もねェ! クソッ! クソッ!」

「俺の宝物が全部灰に……」


 ああ、また守れなかった。

 ケイトが駆けつけたときには既に手遅れだったとはいえ、そう思わずはいられなかった。


「俺はもう行く。謝礼の件は……事が収まったらきっと渡す。……メイを奪い返してくれてありがとう」


 グラントはそう言って、ケイトの返事を待たず町の外へと歩き出す。ケイトはその覚悟の決まった背中を眺めていることしかできなかった。


「オイ!」


 ラスロットがケイトの胸ぐらに掴み、力強く引き寄せる。


「ここで何があった!」

「何って……アドレラとかいうやつがこの町を燃やしてたんだ」

「アドレラ……『炎王』アドレラか。それで、そいつはどうなった」

「……逃げられた――」


 突然、ラスロットがケイトの顔に頭突きを食らわせた。


「痛っ――」

「ナニ腑抜けたコトしてんだテメェ! そんなカオしておきながらどうして追いかけようとしねェ! まさかビビってんのか!」

「ビビってなんか――」

「いーやビビってるね! でなきゃテメェに王子サマについて行かねぇなんて選択肢があるわけがねぇ!」


 はっとする。追おうとしなかったのは行き先が分からないからだと思っていた。ついて行こうとしなかったのは自分の覚悟では釣り合わないと感じたからだと思っていた。

 しかし違った。ケイトの心の裡にあるのは恐怖だった。正当性のある理由を(でっ)ち上げて恐怖に気づかないように隠していただけだった。

 ケイトは恐怖していたのだ。全てを燃やす炎が、アドレラという男が、どうしようもなく、どうしようもなく怖かったのだ。そのことを理解した途端、魂を灼くような怒りが心の底から込み上げてくる。


「……ほんと、腑抜けてんな俺。悲しむ人を減らしたいとか言っておきながら怖いものには近寄りたくないとか……自分の馬鹿さ加減にイライラしてくるよ」


 ケイトは顔を上げる。どうやら、覚悟が決まっていないのはケイトだけだったようだ。

 ケイトは決意とともに走り出す。


 町から出てすぐのところで、光の使徒に跨って今まさに出発しようとしているグラントを見つける。


「グラントさん!」

「どうした? まだ何か――」

「グラントさん、俺にも手伝わせてください!」

「何を……」


 「言っているのか」とグラントは聞き返そうとしたが、それを口に出す前にケイトの意思が理解できた。グラントは一瞬悩んだような素振りを見せるが、すぐに四体の光の使徒を現出させる。


「ひとつ忠告する。俺の最優先事項は君たちの命じゃない。だから、君たちのことを利用もするし、助けられないと判断したら見捨てる。それでもいいか」

「はい! 足手まといにはなりません!」

「そうか……言ったからな」


 五体の光の使徒が赤く染まりゆく空の下を疾走する。


〜〜~〜〜~


「――お帰りなさいませ、アドレラ様」


 20人ほどの黒いローブを纏った軍勢がアドレラを出迎える。


「アルはいるか」

「は、ここに」


 一人の男がアドレラの前に跪く。


「後ほどここにグラント・カレルギア・ドゥワローズとメイグリッド・ディセンシ・ドゥワローズ、そしてケイトとセスナと呼ばれていた委細不明の男女二人がやってくる。殺せ」

「御意」


 アルという名の男はほんの僅かに口端を上げると、一瞬にして姿を消す。


「それでは行くぞ」

「はっ!」


 アドレラたちは炎を纏い、眼前の街へ進軍する。

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