炎王
炎が在る。
生命を糧に燃え上がる炎が眼前に在る。
この世の全てを燃やし尽くし、さらに熱く燃え上がろうとする炎が此処に在る。
なんと悲しいことか――
「はああああ!!」
男に向かって拳を放つ。しかし、そこに男の姿はなく、いつの間にか崩れかけの建物の上に立っている。
「ただの人間に出せる速度ではないな」
「俺の攻撃全部避けてるクセによく言うよ」
「俺もただの人間ではないからな」
幾本の炎の蛇が空を這いずり、迫ってくる。
「水壁!」
ケイトの目の前に水の壁が生成され、突っ込んでくる炎の蛇を拒絶する。
「セスナ、ありが――」
「早く離れて!」
セスナの声に驚いて前に向き直ると、水の壁が燃え上がっていた。ケイトはすぐに跳び下がり、セスナの横に立つ。
「水が……燃えた……!?」
「水魔法の使い手か。くだらん。久々に魔法勝負ができるかと思ったんだが、これでは一方的な殺戮だな」
さらに多くの炎の蛇が二人に襲いかかってくる。
「水散弾!」
セスナは全方位に水の弾丸を飛ばし、炎の蛇を撃ち落としていく。しかし、ここまで大量の魔力を消費してきたセスナが更なる大量消費を長く続けられるはずがない。
「もう……ダメ――」
「タカ・グロノ」
炎の蛇に噛みつかれる直前、光の鎧が炎を打ち消した。
「これは……?」
「魔法を弾く魔法だ。だが油断はするなよ」
後ろからグラントが説明しながら歩いてくる。その視線は決して男から離さない。
「ヤツは犯罪者集団『神の軛』四幹部が一人、『炎王』アドレラ・ダイスだ」
「炎王……!」
セスナが驚愕する。異世界転移してきたばかりのケイトにとっては何がなにやらだが、『神の軛』という名称は聞いたことがあるような気もする。
「全く、以前から思っていたが酷いセンスだ。我々の王はシェガル様ただ一人だと言うのに」
「貴様の父の称号だろうが。それを貴様が殺したのだからそう呼ばれるのは当然だ、今はもう無いダイス国の元王子よ」
「口を慎めよ出来損ない。なぜ俺がお前ではなくお前の妹を人質に取っているのだと思っている」
アドレラは左腕に抱えるメイの喉元に短剣を突き立てる。その過程で少し切れたのか、メイの喉元からタラリと血が流れる。それを目撃したグラントは完全にブチ切れる。
「よくも……貴様ごときがよくも俺の妹を傷つけてくれたなあ!!」
グラントは目にも止まらぬ速さで建物の屋上まで跳躍し、一面の激しく燃える炎の中でも白く光り輝く剣を薙ぎ払う。だがしかし、やはりそこにアドレラはいない。
「やはりお前は出来損ないだよ、グラント。感情に感けて正しい判断ができない」
アドレラはグラントの背中に短剣を突き刺す。そうして動きが鈍ったところを地面に向けて蹴り飛ばす。
「お前もそうだ」
「なっ――」
アドレラの視線が外れた瞬間を見計らって死角から攻撃を繰り出したケイトだったが、アドレラはケイトの位置も攻撃のタイミングすらも完璧に把握しており、余裕の表情でケイトに肘を当てて地面に落とす。
「お前はこの場で最も得体の知れない相手だ。それを警戒せず行動するはずがないだろう」
少し考えれば分かることだろうと失望を孕んだ表情で言外にこちらに伝えてくる。
再び建物の上に降り立ったアドレラは町の外壁の外を見やる。
「……そろそろ炎が消され始めたか。どうやら殺すのにも骨が折れそうだし、この辺りで退散するか」
「待てよ……!」
ケイトは立ち上がり、アドレラを睨みつける。アドレラはそれを変わらない表情で見下し続ける。
「逃げんのか?」
「ああ、逃げるさ。わざわざ多人数を相手取る必要もない。俺の目的はこいつだけなのだから」
「そうか、それなら良かった」
「……ハッ。殺されないとわかって安心したか? 合理的なやつは嫌いじゃない。さっさとこの国から出て――」
「そうじゃない。お前の目的がもう達成されないから安心したんだ」
「!」
アドレラが腕に抱えていたメイが見えない何かに奪われる。アドレラは一瞬何事かと思ったが、即座にセスナの姿が消えていることに気がつく。
「……ほう。マークされているのも計算の内か。自分が倒されても、もう一人が透明になって俺に近づければ良いと」
「そうだ、ざまあみろ! あと少し、人が来るまでメイさんを守り抜ければいくらお前といえども――」
「そうだな。お前らの勝ちだ」
アドレラがやけにあっさりと敗北を認めたため、ケイトは面食らう。だが、アドレラに諦めたような様子は微塵も見て取れない。
「なに、プランはいくつも用意してある。そして、その内のひとつでも通れば俺の勝ち。それが計画というものだ」
「……何を企んでやがる」
「不思議なことを言う。そんなことを聞かれても教えるはずがないと分かっているだろうに。時間稼ぎにしても稚拙だ」
ケイトとアドレラが言葉を交わしている間にとうとう町の外壁の炎まで消され、黒く焼け焦げた町の中に人が集まってくる。
「少し話し過ぎたか。まあ、せいぜい頑張ってくれ。俺は人の絶望する顔が好きなんだ」
「逃がすか!」
ケイトはアドレラの目の前まで跳躍して拳を振るう。しかし、ついぞケイトの拳がアドレラを捉えることはなかった。




