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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
ドゥワローズ王国編
54/57

細い勝ち筋

 暗闇を疾駆する。スピードを緩めることなく彼奴の攻撃に目を光らせ、その全てを躱し、反撃の隙を探し続ける。どれか一手でも間違えれば死は免れないと理性も本能も同じ結論を出す。


「あれがAランクだと? んなわけあるか! 今まで戦ったモンスターの中でも最上級のヤバさだぞあいつ!」


 今までかなりの強敵と戦ってきた自負があるケイトだが、全力の一撃を片腕で受け切られたのは初めての経験だ。それでも、何度も攻撃を叩き込めれば勝機はあるのだろう。しかし先程までとは違い、シエレゴはケイトを敵として認識している。もう一度全力を放つ機会など決して与えてくれないだろう。


「万事休すと言いたいところだけど、勝ち筋ならまだある!」


 セスナの世界をも断つ斬撃である。切れると思ったものを切る不可避の斬撃という大技(チート)らしいが、その準備にはかなり時間がかかるそうだ。

 しかし、シエレゴが敵と認めたのはケイトのみで、セスナには見向きもしていない。この状況ならセスナは準備に集中することができる。

 ケイトが生き残れるかは別の話だが。


「やってやろうじゃねぇか! 殺せるもんなら殺してみやがれ!」


 ケイトは声高らかに意気込む。

 それに呼応するように天が降る。否、天を覆うシエレゴの掌がケイト目掛けて振り下りる。

 ケイトは走る。全速力で危険域を脱すると、今度は目の前から(ドーザー)が地面を抉りながら迫り来る。ジャンプすれば避けられるが、そうすれば追撃を躱せずに死ぬ。


空貫(そらぬき)!」


 不可視の一撃がケイトに衝突する。それはケイトを攻撃しようとしたものではなく、むしろケイトをシエレゴの攻撃範囲から弾き出した。


「モコ――」

「よそ見しない!」

「っ! ありがとう!」


 着地と同時、地面を強く蹴る。あと数瞬遅れていたら、今頃はあの巨大な掌の下敷きだっただろう。


「ブオオオオ!」


 シエレゴの咆哮で岩壁が剥落する。今までの攻防で洞窟自体にもダメージが蓄積されていたようだ。崩落はさすがにしないだろうが、考えなければならないことが増えるのはケイトにとって向かい風だ。


「キ……」

「? まだ何かあるのか?」

「キサマモ……ドウルイカ……」

「なっ!?」


 聞き間違いではない。確実にシエレゴに話しかけられている。今まで人の言葉を話せるようなモンスターには出会ったことがない。シエレゴがそういうモンスターなのか、それともこのシエレゴが特別なのか。


「考えてる余裕は無さそうだ」

「ブオオオオ!」


 シエレゴの腕がしなりながらケイトを襲う。ケイトはそれを跳んで回避するが、そこに長腕が薙ぎ払われる。空を蹴ってなんとか軌道上から逃れるが、発生した気流に飲み込まれて壁まで吹き飛ばされる。姿勢を制御して壁に着地したところへ、鋭い爪が真っ直ぐに突き進んでくる。

 全てが後手後手の状況。このままではセスナの攻撃を待たずしてケイトは死んでしまう。


「それなら、リスクを負ってでも先手を取りに行く!」


 剣の柄を握り締め、シエレゴの爪に向かって斜めに振り上げる。刃は爪に1ミリも食い込まない。だが、それで良かった。もし切れてしまっていたら爪は減速せず、そのままケイトを貫いていただろう。


「ふんっ!」


 シエレゴの爪撃がほんの僅かに減速した刹那の隙に、ケイトは力いっぱいに剣を振り上げ、その反動でシエレゴの腕の下へ飛び出す。

 この瞬間、ケイトはシエレゴの死角にいる。これを利用しない手はない。

 シエレゴはケイトが逃げ(おお)せたことをすぐに理解し、腕全体を地面に叩きつけるとワイパーのようにして地表を一掃する。しかし、そこにケイトの気配は無かった。


「こっちだよ」


 シエレゴが振り返ると、目と鼻の先にケイトの姿があった。


「なるほど、そんな顔してたのか」


 シエレゴは鼻が長く、パッと見は犬や狼のように見えるが、切れ長の四ツ目が紛れもなくモンスターであるということを証明している。


「ひとつ貰ってくぜ」


 ズブリとシエレゴの眼球に剣を突き刺す。シエレゴは痛みに悶え、頭を激しく振る。

 ケイトは巻き込まれないように飛び降りるが、そこへシエレゴの腕が振り下ろされる。


「そんな雑な攻撃食らわねぇよ」


 ケイトは空中でヒラリと身を翻して攻撃を避け、シエレゴから距離をとる。シエレゴは痛みに慣れてきたのか、落ち着き払ってケイトを見下ろしている。


「ハッ! いいぜ、残りの3つの目も潰してやるよ!」


 悪役にしか聞こえない台詞を吐き、ケイトは駆ける。シエレゴはこれ以上好きにさせる訳にはいかないと言わんばかりに、より一層激しい攻撃を仕掛けてくる。

 薙ぐ。跳ぶ。打つ。流す。払う。潜る。突く。斬る。弾く。蹴る。掻く。躱す。殴る。走る。叩く。奔る。裂く。疾る。潰す。走る――


 目にも止まらぬ速さの応酬繰り広げられる。時間にすればたった数十秒の間の出来事だが、何十回攻防が入れ替わったか分からない。

 しかし、そんな緊迫した戦いもついに終わりを告げる。


「ぐっ……!」


 シエレゴの攻撃の余波がケイトの姿勢を崩す。その須臾にも満たない致命的なミスをシエレゴは見逃さない。ここぞとばかりに腕を伸ばし、ケイトの胴体に風穴を――


「悪い、時間切れだ」


 腕が吹き飛ぶ。0.2秒の思考停止。だが、これもまた致命的。


穹別つ箒星(レッド・コメット)!!」


 燃え上がる至上の斬撃がシエレゴを斬る――いや、斬れない。


「ウッソだろ!?」


 ケイトの最高の一撃を、シエレゴは体で受け止めている。少しずつ切り進んではいるものの、このままでは命を奪うまでには至らない。


「もう一発――」


 打とうとしたところで気がつく。シエレゴに降り注ぐ、赤く光る一筋の流星に。


隕天(いんてん)!!」


 隕石をも思わせる一撃がシエレゴに衝突する。その衝撃でシエレゴは少しずつ斬撃に押し込まれていく。


「ブオオオオ!!」

「はああああ!!」


 互いの覇気がぶつかり合う。打撃音だか破裂音だか分からない音が鳴り響く。

 数秒、あるいはもしかしたら数時間の押し合いの後、世界の裏側まで響いていそうなほどうるさかった音が鳴り止む。


 ――勝負はついた。今にも消えそうな灯火に浮かぶように、真っ二つに切断されたシエレゴの上半身が横たわっていた。


「お……おっしゃあああああ!!」


 最後に残った火の傍らで、3人は喜びを分かち合う。

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