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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
ドゥワローズ王国編
53/59

プライド

 剣を抜く。

 慣れ親しんだ手順。慣れ親しんだ動作。

 長さや重さは若干異なるが、誤差の範囲内だ。


 柄を握りしめる。

 少しだけ細いか? だが、これも許容範囲。

 手にフィットする物を選んでくれたのだろう。


 敵を見据える。

 発火の魔石とやらを辺りにばら撒いたが、光度が足りず、その顔を拝むことはできない。


 ひとつ息を吐く。

 神経が研ぎ澄まされる。全身が脱力する。

 きっとこれ以上はない、最上の集中状態だ。


「――始めようか」


 地面が爆ぜる。ケイトはロケットのようにシエレゴへ向かって突っ走る。


「ブオオオオ――」


 重苦しい鳴き声と共に、シエレゴの大質量の平手打ちが降ってくる。その動きは緩慢でありながらも、生命を脅かすほどの一撃であることは直感で理解できた。

 急いでその広大な攻撃範囲から脱し、衝撃に備える。どうやらその行動は正解だったようで、攻撃が地面に衝突した瞬間、爆弾でも爆発したかのような衝撃波が洞窟内に広がる。


「食らったらまずいどころか、近くにいるだけでアウトだな。動きが遅くて助かった」


 ケイトは再び走り出す。何を目指してかと聞かれると難しいが、頭までたどり着ければ急所などいくらでもあるだろう。

 そこへシエレゴの腕が薙ぎ払われる。まるで何台ものブルドーザーが意志を持って襲いかかってくるようだ。


空貫(そらぬき)・烈」


 空間をも震わせる一撃がシエレゴの腕に直撃する。その絶大な威力を前に、シエレゴの攻撃は一時停止を余儀なくされる。


「一瞬止めただけだから油断はしないで!」

「充分! ピオ・シヴィオ!」


 水の槍が空を裂きながらシエレゴへ飛ぶ。シエレゴは腕を引き戻し、水の槍を叩き落とす。


「傷一つついてない……さすがの硬さだね」


 眼前に聳える巨体は王と呼ばれるに相応しい威厳を放っている。勝つどころか戦うことすら烏滸がましいと思えるほどの、ただ強者であるという証明がその場に漂っていた。


「――だから何だ!」


 ケイトは笑みを浮かべ、地面を強く蹴る。

 ケイトは自身を戦闘狂などではないと思っているし、実際のところもそうではないのだろう。それでも、この笑みの理由は『心が躍ったから』としか説明しようが無かった。いや、あるいは心が躍っていた自分に呆れていたのかもしれない。


「ま、どっちでもいいか」


 ケイトは暗闇の中を疾走する。当然シエレゴもそんなケイトを見過ごすはずはなく、先程と同様に平手を打ち下ろしてくる。


「間に合わねぇよ!」


 ケイトは加速して平手の圏内から抜け出し、すぐにシエレゴのふもとにたどり着く。シエレゴの下半身はいまだ地面に埋まっており、出てくる気配はない。


「好都合だ」


 ケイトはシエレゴを登り始める。幸いシエレゴの肌はゴツゴツしており、足をかける場所はいくらでもある。

 そんなケイトにシエレゴは不快感をあらわにして、羽虫を払うがごとく手を振り払ってケイトをはたき落とそうとする。

 もちろん直撃すればただでは済まない。ケイトはその暴虐的な乱撃に巻き込まれないよう、急いでシエレゴを駆け登る。


「ブオオオオ!」

「チッ」


 あと少しでシエレゴの顔が拝めそうなところまで登ったところで登りながらでは回避するのが難しい攻撃を察知し、ケイトは不満げにシエレゴから飛び降りる。


「もう少しだったんだけどな」


 不快感を排除したシエレゴは再び悠然と佇む。戦いに来たというよりかは、何かを探しているような様子に見える。


「ケイト!」

「大丈夫だ。怪我はない」


 駆け寄ってきたセスナとモコロに状況を伝える。


「ふーん。ま、ケイトひとりで倒せちゃったら私たちの立つ瀬が無かったしちょうどいいか」

「別にひとりで倒せたらそれはそれでいいだろ」

「こっちには一応先輩としてのプライドがあるの!」


 セスナは頬をぷくっと膨らませ、かわいらしい仕草で怒る。

 この歳でそれはかなり痛いぞなんて言おうものなら確実にぶん殴られる。


「ブオオオオ!」

「おっと悪りい。つい話し込んじまっ――」


 ケイトは振り返って気づく、シエレゴの注意が一切こちらを向いていないことに。


「……そうかそうか。暗くて顔が見えなかったもんだから気づかなかったけど、テメェ俺たちのこと一回も見てねぇな」


 シエレゴは反応しない。否、反応するはずがない。なぜならば、シエレゴの眼は最初からケイトなど捉えていなかったのだから。

 シエレゴにとってケイトたちは小蝿も同然の存在。払えば散るような羽虫の群。思えば今までの攻撃も精密さを欠いた大雑把なものばかりだった。


「……まあ、そんな理由で怒るほど俺の心は狭くねぇ。俺がお前と戦ってんのはお前が俺を倒そうとするからだしな。でも――」


 ケイトは剣を振りかぶる。それはいつか編み出した大技の構え。以前より弱体化した今の状態でできるのかは不明だが、直感が可能だと叫んでいる。


「でも、今まで何回も死線を潜り抜けて生き残ってきた今の俺を端役(モブ)扱いってのは、ちょっとばかしプライドに瑕がつくんだよなあ!」


 限界まで溜め込んだ緊張状態を解放する。

 その一撃は全てを斬り伏せる赫灼の剣。全てを破壊する至高の剣。

 何者も辿り着けず、何者も辿り着いてはならない世界の限界値。


穹別つ箒星(レッド・コメット)――」


 剣撃が空間を裂きながら進む。全盛の威力には届かないものの、このまま行けばまず間違いなく洞窟に風穴が空く。

 ――このまま行けばだが。


「ブオオオオ!」


 突き進む剣撃に向けてシエレゴが腕を振るう。驚くべきことに、シエレゴは空間をも引き裂く力をおよそこの世のものとは思えない音を響かせながら片腕で受け止めている。

 数秒後――剣撃が完全に霧散した後、シエレゴはズタズタに引き裂かれた腕をダラリと下ろして、あからさまな敵意を含んだ赤い瞳をケイトに向ける。


「やっとこっち見たなデカブツ。それじゃ、倒させてもらうぜ」


 ケイトは不敵に笑う。

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