お騒がせ兄妹
沈んでいく。深く深く沈んでいく。
何が沈んでいる?
否、何も沈んでなどいない。これはそう、浮かんでいっているのだ。
浮かぶ。浮かぶ。浮かぶ。下へ下へ浮かぶ。
そうしていつしか光に届き、現実へと浮上する。
〜〜~〜〜~
「――ケイト!」
目を覚ますとセスナに抱きかかえられていた。その顔はケイトの覚醒に気がつくと、すぐに安堵の色へと変化した。
「あ……あれ……俺……」
「なんでこんなとこで寝てんの!? 私たちが来なかったらイダクケヌーの餌になってたところだったよ!」
イダクケヌーとは、先程まで戦っていたケヌーの上位種のことだろう。ケイトが起き上がって辺りを見回すと、沢山のイダクケヌーの死体が転がっていた。
「……俺、こいつと戦って……勝ったと思ったらめちゃくちゃ出てきて、逃げてたら……そうだ、花畑!」
「死にかけたっていうのに呑気なことだね。花畑はまだ見つかってないよ」
「違う! 俺はさっきまで花畑にいたんだ! そこで天とかいうやつに会って、それで……」
「はいはい、もう起きなさい。またイダクケヌーに――」
「その話、詳しく聞かせていただけませんか!?」
セスナは戯言だと聞き流そうとするが、メイが横から食いついてくる。
「あのね、夢の話でしょ? そんなの聞いたところでなんにもならないよ」
「いえ! お花畑を探しているところでお花畑の夢を見るなんて、そんなの偶然とは思えませんわ!」
「偶然だよ。ずっと花畑の話してたんだから、花畑の夢くらい見てもおかしくないでしょ」
「いいえ! やっぱりこの森にお花畑はあるんだわ! ケイトさん! どうやってお花畑に入ったのか教えてください!」
「いや、それがどうやって花畑に入ったのかは分かんないんだよな。いつの間にか花畑の中に立ってて……」
「そんな……! まさか選ばれし者にしか入れない秘密のお花畑なんでしょうか……!」
「考えすぎだって! 大体、選ばれし者しか入れないとかそんなおとぎ話みたいな――」
「いや、多分ここにあるよ」
セスナの話を遮ってモコロが話し出す。その視線は上空の何もない所を見つめているように見える。
「ここに確かに何かがある」
「見えるのですか?」
「見えるというより、あるということを視透かしてるって言った方が正しいかな。でも、それだけだから行き方とかは分かんない」
「でもここにあるんですよね? それなら頑張って行き方を――」
「いや、やめた方がいい」
張り切っているメイをケイトが静止する。
「やめるってどうして……」
「あれは花畑なんて可愛らしいもんじゃなかった。気軽に行く場所なんかじゃ絶対にない」
ケイトの強い気持ちが伝わったのか、メイはそれ以降何も言わなくなった。
「……それじゃあ帰ろっか。もうここにも用はないし、みんな心配してると思うし」
「もしかしたら、探していたのはこのお花畑じゃない可能性は……」
「ないだろうね。秘密ってところとかあまりにも合致しすぎてるし」
「そうだよね……」
メイのしょぼくれた顔を見ると、少しだけ罪悪感が芽生えてくる。何かしてあげれることはないかと考えるが、何ひとつ浮かんでこない。元々気の利くような人間でもなかったが、この時ばかりはそんな自分を恨んだ。
「さ、もう帰ろう。これ以上遅くなったら普通に私たちの今後が怖いし」
「それはそうだ。早くこんな不気味な森出て――」
何かが来る。そう感じ取った3人はすぐさま臨戦態勢に入る。
「……速い。信じられない速度で近づいてくる」
「気を付けて。この感覚、Aランクかヘタしたらそれ以上の可能性もある」
低い唸り声のようなものが聞こえてくる。というより、それしか聞こえてこない。これほどまでの移動速度だというのに地面を蹴る音や風を切る音が一切聞こえない。あらゆる物理的干渉を避けて移動しているとしか思えないほどの静けさだ。
「……ぉぉぉぉぉおおおおおお!」
「来る!」
声の主が木々の間から飛び出してくる。ケイトはそれを視認した瞬間、ソレに飛びかかり――
「待って!!」
メイの大声にケイトは思考が硬直し、飛び出してきたソレと正面衝突する。
「グェッ!」
「ケイト!」
セスナが地面に激突したケイトに駆け寄る。
「おっとすまない、他にも人がいたのか」
「え……?」
見上げると、そこには光の使徒に乗った一人の男性がいた。
「に、人間……?」
「もうっ! わたくしを探す時に大声を出すのはやめて欲しいっていつも言ってるじゃないですか、お兄様!」
「お兄様!?」
男性は光の使徒から降りると、ケイトたちに向かって優雅に一礼をする。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまい、申し訳ありません。私はグラント・カレルギア・ドゥワローズ。そこのメイグリッドの兄です」
さっきまでの様子とあまりにも違っているため、本当に同一人物なのかとケイトは困惑する。
「まったく、人様をこんな所まで連れ出して一体何をしてんたんだ?」
「お花畑を探してたのよ! お兄様が教えてくれたお花畑を!」
「……まさか、その為だけに全ての予定を放棄してここまで来たのか?」
「ええ!」
「ハァ……皆さん、妹のワガママに付き合っていただき、ありがとうございました」
グラントは再び深くお辞儀をする。そんなグラントに、大変なんだなとケイトは同情する。
「同時に、妹を守ってくださってありがとうございました。後で謝礼をお渡ししますので、御名前を教えていただけますか」
「えっと、ケイト・ナルハシです」
「モコロです!」
「あ、あの……」
どうにもセスナの歯切れが悪い。不思議に思っているとメイが口を開く。
「お兄様、彼女はセスナですわ」
「なっ……セスナ……!?」
グラントが驚いた表情をしてセスナを見つめる。
「……?」
ケイトはその視線に一瞬、負の感情のようなものが過ぎったように見えた。だが、あまりにも一瞬すぎたために、気のせいであったと思うことにした。
「久しぶりだな、セスナ。お兄さんは元気か?」
「さ、最近会ってないので分かりません……」
「そうか……」
二人がたどたどしい会話を終えると、グラントは光の使徒を出現させる。
「皆さん、こちらにお乗り下さい。近くの町まできちんと送り届けますので」
そう言って、グラントはメイを自分の光の使徒に乗せる。そして、全員が乗ったことを確認し、光の使徒を走らせる。
〜〜~〜〜~
「それでは皆さん、私たちはこれで」
イールフッドの入り口でケイトたちは光の使徒から降りる。
「改めて、妹の面倒を見ていただき、ありがとうございました。すぐにうちの者が来ると思いますので、それまではこの町で観光を楽しんでいてください。それでは」
「皆さん、また会いましょうね!」
二人を乗せた光の使徒は一陣の風となって草原を駆けていってしまった。
「……はぁ。大事にならなくて良かったな……」
「そうだね……」
肩の荷がおりて一息つく。ケイトはそのとき、グラントと出会ってからのセスナの異常な緊張感が解けたように見えた。
「どうしたんだ、セスナ? なんかグラントさんに会ってからすごいガチガチだったけど」
「うぇ!? いや、まあなんというか……」
セスナは何やら慎重に言葉を選んでいる。
「答えづらかったら別にいいよ」
「あ、いや、大丈夫。なんて言うんだろう……なんか、ちょっと苦手なんだよね」
「苦手? 性格が合わないとか?」
「そうじゃなくて……私を見てくれてないような気がして」
「見てくれてない?」
セスナはゆっくりと頷く。ケイトは特段そのように感じることはなかったが、本人にしか分からない何かがあるのだろうか。
「ま、もう終わったことだし。それに、これでやっと観光ができる!」
「そうだった。元々観光のためにここに来てたんだった」
「忘れないでよ! それじゃあ早速というかようやくホテルにチェックインしにいこう」
「あ、ちょっと待って。その前に寄りたい場所があるんだ」
〜〜~〜〜~
「ざっけんじゃねぇぞテメェ!!」
ラスロットがものすごい剣幕でケイトを怒鳴りつける。怒髪天を衝くとはまさにこのことだろう。
「悪かったって。まさか折れるとは思わなかったんだよ」
「違ぇよ! 剣が折れたことに文句を言ってんじゃねぇ! どんなものも長く使ってれば壊れるもんだ! でもそうじゃねぇ! オレが怒ってんのはテメェの剣の扱いの雑さだ! これを見ろ!」
ラスロットが折れた剣の断面を見せてくる。
「この折れ方は剣を真っ直ぐに振れなくて捻りながら叩きつけた時の折れ方だ! テメェ今まで剣を切るためのものじゃなくて叩きつけるためのものとして使ってただろ!」
「そんなことないって。ただちょっと相手が硬くて力を込めて切っただけだよ」
「それを叩きつけるって言うんだよ! 今までどんだけ良い剣使ってきやがったんだ!」
ラスロットはケイトの胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうな状態だ。
「一昔前の剣ならいざ知らず、現代の剣は切るのに特化したように造られてる。つまり、そんな剣を使っておきながら力任せでしか切れないようなテメェはクソカスゴミクズ剣士だってことだ!」
「それはちょっと言い過ぎでは?」
「事実だろ!」
ラスロットがケイトの胸ぐらから手を離す。ケイトが襟を直していると、ラスロットは何か思いついたような顔をする。
「お前、魔法適性は?」
「ない」
「じゃあ魔術は?」
「魔術?」
「冒険者やってて魔術のことも知らねぇのか?」
「冒険者は1週間でやめた」
「根性も無ぇのか」
ラスロットの言い方にセスナはムッとして言い返そうとしたが、ケイトはそれを制止して笑い流す。
ラスロットは何かを考え込む。そしてそのままバックヤードへ消えていったかと思うと、すぐに一振の剣と以前も持っていた何か、その他色々を携えて現れる。
「ホラ、これ使え」
「投げるなよ」
「お前に言われたかねぇ。そら、行くぞ」
「行くってどこに?」
「――洞窟だ」




