闘争と逃走、そして目的の地へ
甲高い音が響く。暗い森には火花が散り、熾烈な戦いの様子がぼんやりと浮かび上がる。
「強ぇな。さすが上位種ってところか?」
飛び下がったケヌーは着地の瞬間に地面が爆ぜるほどの瞬発力を発揮し、瞬く間にケイトへ到達する。
「さすがに見えてるぞ」
剣と爪が交錯し、再び激しい火花が散る。直後に振り上げられるもう片方の前脚を視認し、ケイトは爪を押し返してすぐに後ろへ飛ぶ。爪撃は空振りに終わったが、その一撃によって周囲の木々は輪切りにされ、地面は深く抉り取られている。
「当たったら大怪我じゃ済まなそうだな」
ケヌーはグルルと低く唸りながらケイトを見据える。これまでの猛攻を耐えきったケイトを認めたのか、確実にケイトを仕留めることができるタイミングを見計らっている。
「なんだぁ? 来ねぇならこっちから行くぞ!」
ケイトは腕を大きく振りかぶり、ケヌーへ向けて剣を投擲する。大気を裂きながら轟速で飛翔する剣は、しかしながら身軽なケヌーにはいとも簡単に避けられてしまう。
「予想通りだ」
ほんの僅かな隙をついてケヌーの背後に回り込んだケイトはケヌーを思いきり殴り飛ばす。ケヌーは不意こそつかれたもののほとんど傷は負っておらず、空中で体勢を立て直して綺麗に着地する。
「やっぱダメだな。あの時の力の10分の1も出せてない。自由に力が引き出せるようになったのはいいけど、なんか出力が低いんだよな。RPGで味方になった敵キャラが弱く感じる、みたいな……」
ケイトが考察しているところに、ケヌーが鋭い牙を突き立てながら肉薄する。ケイトは木に刺さった剣を抜き取り、迫り来るケヌー目掛けて振り下ろす。結果は相殺。両者ともに後方へと弾かれる。
だが、ケヌーの動き出しの方がケイトよりも少し早い。ケヌーは未だ体勢を整えられていないケイトに突進を繰り出す。ケイトは剣の腹でそれを受け止めるも、さらに後方へ大きく弾かれる。それを見たケヌーは更なる追撃を試みて走り出す。
「あんま舐めんじゃねぇぞ!!」
ケイトは木に足をかけ、前方へ跳躍する。そして、ケヌーが反応するよりも速く剣を振り下ろす。剣はケヌーの頭部を強く打ち下ろし、地面に叩き付ける。
「もう一発!」
ケイトは勢いよく剣をなぎ払うが、ケヌーは恐ろしい速さで飛び上がり、剣撃をかろうじて避ける。
「無傷かよ。結構強くやったつもりなんだけどな」
ケヌーは静かにケイトを見据える。それは獲物を狙う捕食者の目ではなく、敵と認めた者へ向ける敵愾の眼差しだった。
「こっからが本番ってか? 来いよ。ぶちのめしてやる」
地面が爆ぜる。その刹那の後、ケヌーの前脚がケイトの目と鼻の先にまで迫っていた。ケイトは咄嗟に身を捩り、大きな鉤爪を間一髪で躱す。
「あっぶねぇ……一瞬花畑が見えた気がする……探してた花畑ってあれのことだったのか?」
口ではそう言いながら、頭の中は至って冷静だ。ケイトはケヌーの一挙手一投足に注目し、一瞬たりとも見逃さないようにする。
再び地面が爆ぜる。今回はそのロケットのような突進を捉えることができたが、それゆえ剣をぶつけたところで押し負けることがすぐに理解できてしまった。
ケイトは瞬時に跳躍し、ケヌーの突進をいなす。しかし、ケヌーはそれを予期していたかのように、突進を躱された後即座に旋回し、ケイトに飛びかかる。ケイトは剣でそれを受けるが、その反動で空高く舞い上がってしまう。
このまま落下すれば無事では済まないどころか、ケヌーによって輪切りにされるのは目に見えている。そんな絶体絶命の状況下で、ケイトは思わずクスリと笑う。
「あーもう、ほんとにどうなっちまったんだよ、俺。この状況ですら絶望できねぇとか、まじで終わってねぇか?」
ケイトは真下で待ち構えているケヌーを見下ろす。その距離は凡そ30メートルといったところだろうか。ちょうどそう考えたところでケイトの体は数瞬停止して落下を始め、そこへ目掛けてケヌーが大地を鳴らして跳躍する。
「せっかくだし、アレやってみるか。ちょっと聞いただけだけど、まぁいけるだろ」
ケイトは両手でしっかりと剣を握ると、重心を動かして体を縦に回転させ始める。回転の速度は急速に増していき、空を裂く音が木々に木霊する。
「食らえ、隕天・斬!」
赤熱する刃と森の凶獣が衝突する。
――森に甚大な被害を与えるほど激しく繰り広げられた一人と一頭の死闘。だがしかし、その結末はあっさりとしたものであった。
「ああ……意外となんとかなるもんだな」
地面に寝そべったケイトの真横には、縦に真っ二つに両断されたケヌーの姿があった。
「はぁ、まじで疲れた……。もしこんなのがうじゃうじゃいるんだとしたら、この森本っ当にヤバいところだぞ……」
ケイトが愚痴をたれながら息を整えていると、近くの草むらがガサガサと音を立てる。
「おいおい、まだ何かいんのか?」
ケイトは立ち上がって剣を構え、音のする方へ目を凝らす。数秒後、その音の元凶があらわになると、ケイトは目を疑った。
「嘘だろ……まさか、まじでうじゃうじゃいるのかよ……!」
ケイトの視線の先にはケヌーの群れがあった。もしかしたら今さっき討伐したケヌーもこの群れの一員だったのかもしれない。
「ここはさすがに逃げ一択だな……あれ? 光の使徒は?」
ここまで乗ってきた光の使徒の姿が見えない。というよりも、先程乗り捨てた後から行方が分からない。
「まじかよ……そしたら、なんとかこいつらを追い払うほか――折れてるぅ!?」
先の戦いで無茶をし過ぎたのか、剣が真ん中からポッキリと折れてしまっている。
「くそっ……スペアはあるけど、こんな剣じゃまたすぐポッキリ折れちまうぞ……!」
何も対処法が思い浮かばず焦っている間に、ケヌーはノシノシとケイトににじり寄ってくる。
「こうなったら一か八か……全力で逃げる!」
ケイトはケヌーの群れに背を向け、全速力で走り始める。しかし、スピードではケヌーの方が遥かに上である。
「ダメだ! 追いつかれ――」
ケヌーの爪がケイトを切り裂く寸前、辺りの景色が一変した。
「はぇ……?」
振り返ってもケヌーの群れはおらず、どこか別の場所に自分だけワープしてきたようにしか思えない。だが、そんな考察をするより前に、ケイトの目に驚くべき光景が飛び込んできた。
「は、花……畑……?」
果てしなく咲き誇る花々がケイトを迎え入れる。




