予感
蹄鉄が石畳を打つ。草木の擦れる音、小鳥たちのさえずりを遮って、平原に快音が心地よく響く。
語らいを邪魔された鳥たちは一斉に青い空の彼方へと飛び立っていく。理想の地を目指して力強く羽ばたいていく。
そんな自由な鳥たちを、ケイトは馬車の窓からぼうっと眺める。
「そろそろ着くよー」
セスナが呼びかけると、モコロはケイトに寄りかかって窓の外を見る。案の定セスナは何やら言い始めるが、ケイトは無視して前方を見やる。
「めちゃくちゃでけぇ建物があるな。リゾート地って言ってたっけ?」
「そうそう! 毎年この時期になるとあのホテルがいっぱいになるくらい観光客が来るんだよ!」
「へぇー……ん?」
感心していたところ、視界の端に何かが映る。チラと見ただけでも異常とわかる状況に、ケイトは目を凝らす。
「……あれ、襲われてないか?」
「え!?」
ケイトの視線の先には、馬に乗った少女とそれを追いかける三人の盗賊のような人影があった。少女は何かを大切そうに抱えており、それが盗賊に狙われているのは一目瞭然だった。
「行くぞ!」
「うん!」
「えっ、ちょっと!」
ケイトとモコロは馬車から勢いよく飛び出す。
「――くそっ! あとちょっとなのに……!」
少女は全速でフロウを走らせる。しかし、盗賊のフロウの方が僅かに速く、その距離は徐々に縮まっていく。
「ヒャッハー! それを置いてけ小娘ェ! ヒュオ!」
盗賊の手のひらから火の玉が発射される。火の玉はフロウに当たり、フロウは叫び声を上げながらバランスを崩す。
「くっ……! もう少し耐えてくれ!」
フロウはなんとか体勢を立て直すが、その間に盗賊たちはもうすぐそこまで迫ってきていた。
「ホラ、早くそれを渡しな!」
「おとなしく渡してくれれば痛い目には遭わせないでやるからよ!」
盗賊が少女の抱えるソレに手をかける。しかし、少女はそれを全身で包むように抱え込んでおり、一向に離れない。
「そうか、そっちがその気なら――」
「させないよっ!!」
モコロが盗賊の顔面を蹴り飛ばす。
「なっ!?」
「どっから来やがった?!」
「頑張って走って来たんだよ」
「な――」
ケイトの剣の鞘が盗賊の脇腹を薙ぎ払う。
「ひ、ヒュ――」
「遅いっ!」
モコロのパンチとケイトの薙ぎ払いが同時に盗賊を吹っ飛ばす。
「これでよし」
「大丈夫だった?」
「は、はい……大丈夫です……」
少女は放心状態になっている。馬に乗った盗賊たちが走ってきた謎の男女に軽々とぶっ飛ばされたら誰だってそうなるのかもしれないが。
「もう! 二人とも急にどっか行かないでよ!」
馬車からセスナが降りてくる。
「遅かったね、セスナ」
「二人が速いの! そもそもなんで走ってるフロウに追いつけるの!」
「そら気合いよ」
呆れ返るセスナを尻目に、モコロは盗賊を縛り上げて馬車に乗せ、町の警備機関まで連れていくよう話を進める。
「幸いフロウが三頭手に入ったことだし、俺たちはこれに乗って町まで行くか」
「そうだね。あなたはどうする? おうちまで一人で帰れる?」
「や、やめろ! オレを子供扱いするな! オレはもう14歳に――オイ頭を撫でるな!」
モコロの腕を振り払うと、少女はフロウの上に仁王立ちする。
「オレはラスロット! 未来の世界一の鍛冶師だ! 助けてくれたことは感謝する! 礼としてそんな安っぽい剣の代わりにオレが最高の一振を――」
口上の途中でラスロットがフロウから振り落とされる。
「痛ってて……オイべーロ! 何すんだテメェ!」
べーロと呼ばれたフロウはラスロットの怒声に知らんぷりをする。
「よーし分かった、今日の晩メシは抜きに――痛でででで!! 頭を噛むな!!」
ラスロットとべーロのやり取りに、ケイトとセスナはキョトンとしてしまう。
「ふたりとも仲良いんだね!」
「バカ言え! コイツとはただの腐れ縁だ!」
「口ではそんなこと言ってても、お姉ちゃんの目は欺けないよっ!」
「だから子供扱いすんじゃねぇ!!」
ラスロットはべーロとモコロを振り払おうと体を揺らす。しかし、それでバランスを崩し、大切そうに持っていたソレから手を離してしまう。
「ヤベ――」
「よっと」
地面に落ちそうになったソレをケイトはキャッチする。
「大事な物じゃないのか? しっかり持っとかなきゃ――」
「返せ!!」
ラスロットが青ざめた顔で強引にソレをケイトから奪い返す。
「あ、わ、悪い。命より大事なものだからつい……」
「いや、いいよ。でも、命より大事ならもっと大切に扱えよ?」
「ああ……そうだな」
ラスロットはソレをしっかり抱えながらべーロにまたがる。
「とにかくだ、助けてもらった礼はしてぇ。時間がある時でいいからウチの武器屋に寄ってくれ。どんな注文でも受けてやる。そんじゃ」
ラスロットは乱暴に手綱を操り、颯爽と走って行ってしまった。べーロの走りが荒々しく、振り落とされそうになっているのは見ないふりをしておく。
「ま、まあ、俺たちも行くか」
「そうだね。思わぬところで時間を食っちゃったけど」
「やったー! 海だー! 楽しみー!」
三人はフロウにまたがり、走らせる。
その瞬間、唐突にケイトは背筋に悪寒を感じる。ただならぬ気配に素早く振り返るが、そこには何もない。
「――」
「どうしたの?」
「いや、なんか急に寒気が……」
「え? 大丈夫? 風邪でも引いた?」
「いや、別に何ともないと思うけど……」
不思議な感覚だった。恐怖を感じるべき場面で最初に浮かんだ感情が、なぜ『悲しそう』だったのだろうか。
ケイトがその答えにたどり着くことはきっと無い。




