雨は心を引き裂いて
あれから一晩が過ぎた。戦いの傷は癒え始め、街には日常が取り戻されつつある。
しかし、そんな中でも修復されないものは確かに存在していた。
「あぁ……あぁああぁ……」
「まさかあいつが……良い奴だったのになぁ……」
「嘘……嘘よ! あの人が死んだなんてそんなの……そん……なの……」
少し耳を傾ければ、耳を塞ぎたくなるような嗚咽が街中に溢れている。
先の戦いの死者・行方不明者は72名にのぼり、戦いに出た冒険者の三分の一が喪われたことになる。
被害者の数はそれでは済まないということを考えれば、いくら外面が取り繕われようとも、人々の内面に残された果てしない傷跡が癒えないのも当然のことだ。
もちろん、それはケイトも例外ではなかった。
「け……ケイト……大丈夫……? ごはん食べた……?」
「……ああ」
「そう……それなら良かった……」
ドア越しの気まずいやり取りの後、耐えきれなくなったセスナは「じゃあ」と一言だけ残してどこかへ行ってしまった。
ケイトは半目で窓の外をぼんやりと見やる。昨夜は眠れなかった。否、眠らなかった。
「……くそが」
〜〜~〜〜~
気づけばもう昼下がり。商店街の喧騒が悲しみを紛らわせるかのように響き渡り、少しずつ街に活気が戻ってきた。
しかし、空は人々の本心を表すように暗く重くなっていく。
「ケイトさーん! いるー?」
部屋の外からモコロが元気に語りかけてくる。
「……何?」
「一緒にごはん食べよーよ!」
「ごはん……」
「そう! セスナさんと3人で! ケイトさんは何が好き? 私のおすすめは西区の――」
「ごめん」
「……わかった。でもごはんは食べてよね! 約束だよ!」
「……ああ」
モコロが遠ざかっていくのを感じる。冷たかったかなと少し不安になったが、それを考えているだけの余裕はケイトには無かった。
目を瞑る度、激しい吐き気に襲われる。しかし、空っぽの胃からは何も出てこず、ただ嘔吐くだけに終わる。
ポツポツと窓に当たる雨粒をただ眺める。全て吐き出せれば楽になれるのかと考えながら、絶対にそんなことをしてはならないと戒めながら。
「……許せない」
〜〜~〜〜~
日が沈み、真っ暗な部屋の中でケイトは佇んでいる。窓に激しく打ち付ける雨音はケイトの心をも殴打してくるようだ。
不意に腹が鳴る。怒りが込み上げる。壁に強く頭を打ち付ける。痛い。血が流れているかもしれない。だが、もし流れていなかったら気分が悪いため、もう一度頭を打ち付ける。
雨音が骨に響く。
思考が虚無に落ちる。
視界が紅く染まる。
世界が闇に溶ける――
「ケイト!!」
気づくとセスナがケイトを抱き起こしていた。
「あれ……俺……」
「良かった……頭から血流して倒れてるから心配したんだよ!」
部屋の外から入り込む大量の光に目を焼かれそうになる。セスナの顔はボヤけていてよく見えなかったが、その声から大方想像はつく。
「ほら、フルーツ持ってきたよ。どうせ何も食べてないんでしょ」
テーブルには汚くカットされたリンゴが置いてあった。セスナはピックでリンゴを刺し、ケイトの顔の前まで運ぶ。
「ほ、ほら……口、開けて……」
ケイトの顔にリンゴが近づけられていく。甘い香りが段々と強くなっていき、ケイトは耐えきれず嘔吐した。
「ケイト!? だいじょ――」
「やめてくれ!!」
ケイトは転がり落ちるようにセスナの腕の中から脱出する。
「ご、ごめん! もしかして嫌いだった――」
「ダメだ……! 俺にそんな資格なんてないんだ!」
強い怒りのこもった悲しげな声が響く。
「俺が最初から本気を出せてたらこんなに犠牲を出さなくて済んだ! 俺が最後まで油断してなかったらエティナさんを死なせずに済んだ! なのに……なんでたまたま生き残っただけの俺がこんなに称賛されてんだよ……なんで誰にも責められないんだよ!!」
大粒の涙が零れ落ちる。
「そ、そんなことないよ! ケイトは充分頑張ったって! ケイトがいなかったら被害は――」
「違う!! 俺はもっと守れたはずなんだ! もっとうまくできたはずなんだ!!」
まるで何かに取り憑かれたかのように、ケイトは半ば発狂した様子で叫び散らかす。
「俺には力があった! この街の全てを守れるだけの力が! それがこのザマだ! 多くの人を死なせて、好きな人ひとりも守れなかった! そんな俺がヒーローだと? ふざけんな!! 俺がヒーローなんかであっていいはずがない! この罪が許されていいはずがないんだ!!」
ケイトは腕を振り払い、テーブルを吹き飛ばす。そんな荒々しい行動の奥底には、何か恐怖のようなものが滲んでいるようにも感じられる。
「……ケイトは否定して欲しいんだね」
「……」
「今までの行動を、感情を、全てが間違いだったって言って欲しいんだね」
「違う……間違いなく全てが間違いだったんだ。その正当な糾弾が必要なんだ」
「それじゃあ私はこう言うよ――」
ケイトは顔を上げる。漸く正しく否定される時が来たのだと、ケイトはしっかりとセスナを見つめる。
「――ケイトはずっと正しかったよ」
赤く泣き腫らした目で、セスナはケイトを優しく見つめていた。
「そんな……そんなわけがないだろ!」
「ケイトは最善を尽くしたし、ひとつも間違えてなんかないんだよ」
「そんなわけがないんだ!! 俺は間違ったんだ!! だからたくさんの人が死んで、大きな被害が出たんだ!!」
「ケイトは間違ってなんかない!!」
セスナの感情論としか思えない反論に、ケイトは無性に腹が立ってくる。
「セスナは何も分かってない!! 俺たちにはもっといい現在が絶対にあった!! こんな現実じゃない最善の未来が!!」
「でもそんな仮想はここには無い!」
「だから否定してくれよ!! 最善を選べなかった俺を!!」
「否定なんてしないしさせない!! だってケイトはずっと正しかったんだから!!」
ケイトの激しい怒鳴り声に一歩も引くことなく、セスナは面と向かって対峙する。その表情からは、一遍の曇りもなく、心の底からケイトのことを信じていることが伝わってくる。
――あなたも正しさなんか振りかざすんだ。
聞こえるはずのない幻聴。しかし、それはケイトの心を引き裂くには充分だった。
「やめろ……やめろぉぉぉ!!」
「あっ、ケイト!」
ケイトは部屋を飛び出し、セスナの元から走り去ってしまう。
「ケイト……」
雨は未だ止まない。




