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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
42/58

戦いの終わり

 浅い呼吸を繰り返すベリロスを横目に、ケイトはゆっくりと立ち上がる。

 ケイトは魔族のことに詳しいわけではないが、それでもベリロスがもう間もなく死に至ることは直感でわかった。


「クソォッ……クソクソクソクソォッッッ!!」


 ベリロスは血反吐を吐きながら顔を憎悪に歪ませ、力一杯に怨嗟の念を吐き捨てる。


「殺してやるゥ……! ボクは上位種な(つよい)んだァ……! オマエらみたいな下等種(カスども)に負けるはずがないんだァ……!」


 ベリロスの怨念がこもった眼差しからは、何故かそこはかとなく悲しさを感じた。


「ボクは強くなったんだァ……! 誰にも負けない力と能力を手に入れたんだァ……! それなのに……それなのに何故!! 何故オマエもそんな目でボクのことを見下すんだァ!!」


 ベリロスは深い怒りを発露する。そして、呻きながら何かをしようと企んでいるが、その何かが起こる気配は一向にない。


「何故だァ……! 何故出ないィ!! 早く出てこいボクの分身ン!! ボクに力を集中させろォ!!」

「無理だよ。お前はもう分身を出すことはできない」


 ベリロスがケイトを睨みつける。


「お前の能力『闇を敷く者(ベリロス)』は、自分の独立した完璧なコピーを作り出す能力だと言ってたな。つまり、お前とそのコピーは過去は共有していても現在は共有していない」

「だからなんだァ!! それがどうして能力を使えないことと――」

「お前、死ぬのが怖いんだろう?」


 ケイトは溜息をつきながら、憐憫のこもった表情でベリロスを静かに見下ろす。ベリロスは一瞬戸惑ったような表情を見せるが、すぐにケイトの言っている意味を理解して、燃え盛るような怒りを顔に浮かべる。


「怖い訳があるものかァ!! ボクは死を超越した最強の存在だァ!! そんなボクが死を目前にして恐怖していると言うのかァ!!」

「認めたくないなら認めなくてもいいけど、少なくともお前は今、死にたくないからこそ分身を出して力を取り戻そうとしてる。でも、そんなことしたら分身の方が死んでしまう」

「その何が問題だと言うんだァ!! 分身がいくら死のうが、ボクが生きてさえいれば――」

「だからだよ」

「んなッ……!?」

「出たら殺されるってのに出てくるやつなんかいねえに決まってんだろ」


 その至極単純な答えがあまりにも想定外だったようで、ベリロスはケイトを見つめながら硬直している。


「そ、そんな筈がないィ……! その論理は明らかに破綻しているゥ!! 出ても出なくても死ぬのならば、ボクを生かす方がベリロス(ボク)にとって最善の筈じゃないかァ!!」

「そうだな、さっきまでのお前だったらそうしたのかもな」

「なん……だとォ……?!」


 ケイトはベリロスに詰め寄る。ベリロスは表情こそ一貫して深い怒りに染まってはいたが、その奥底には少なからず恐怖の色が見て取れた。


「言っただろ、お前は死に恐怖している。だから、たとえベリロス(自分)の存在が世界から消えるとしても、死ぬために生まれることなんてできやしないんだ」

「そんな訳がァ……そんな訳がァァァ!!」


 ベリロスの慟哭が荒れ果てた大地に(むな)しく響く。煙のような体躯は切断面からサラサラと空へ消えていっており、もう間もなく完全に消え去るのだろうと思われる。


「嫌だァ……嫌だァァァ!! 死にたくない死にたくない死にたくないィィィ!! ボクは完璧な生命の筈なんだァ!! 死を超越した完全な生命なんだァ!! こんな劣等種なんかに殺されていい筈がないんだァァァ!!」


 ベリロスが滂沱の涙を流しながら絶叫する。そこには今までの尊大さや余裕さなどは一切感じられず、その様子はまるで駄々を捏ねる幼い子どものようだった。


「……結局さ、お前は死を乗り越えたんじゃなくて、死を遠ざけてたに過ぎないんだよ。責任なんてない子どもみたいに、嫌なことから目を背けて、逃げ続けて、全能感に酔っていた、ただ死に怯える1つの生命だったんだ」


 ケイトの指摘に、ベリロスはあらゆる負の感情がこもった視線を返す。


「ふざ……けるなよォ……! 認めないィ……認めない認めない認めない認めないィィィ!! ボクは無敵だァ!! ボクは最強だァ!! ボクが『生命』如きである筈がないんだァ!! こうなったらボクの残りの全ての魔力を使ってこの大陸を――」


 雷が落ちる。

 天から放たれた裁きの光はベリロスを飲み込み、その存在をこの世から跡形もなく抹消させた。


「エティナさん……」

「あんまり長く放置しててもいいことは無いからね」


 エティナがケイトの傍に立つ。


「……終わったね」

「はい……」


 会話が続かない。何を話せばいいのかが分からない。吹き抜ける風の音が妙に大きく聞こえる。


「ありがとね」

「えっ……」

「さっき助けてくれて。大丈夫とは言ったけど、ほんとはものすごく痛くて動けなかったんだよね」

「いやそんな! 当然のことをしたまでですよ!」


 ワタワタとするケイトに、エティナは柔らかく微笑む。荒れ果てた大地に咲くその一輪の笑顔は、今までに見たどんな景色よりも美しいものだった。


 言うんだ。言うならきっと今しかない。


 ケイトは意を決してエティナの目をじっと見つめる。その突然の行動に、エティナはキョトンとしてケイトを見つめ返す。


「エティナさん、俺、エティナさんのことが――」


 あまりに短い出来事だった。

 ケイトは眼前の光景の意味を理解する暇もなく、ただ紅い華が咲き、そして枯れる様を呆然と見届けた。


「は……え……」

「呆気ないナ、ベリロスヲ殺しタノだからどれほどノ実力者カト思っテいタガ」


 背後から機械音声のような声がする。ケイトは振り返るが、それと同時に脇腹を何者かに薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。


「ガハッ……!」

「こっちハ思っタよりモ頑丈ダナ」


 ケイトは脇腹を押さえながら立ち上がる。すると、そこにはロボットのような何かが立っていた。

 ロボットには頭部はなく、というよりも腐り落ちたような痕が付いており、その周囲には12本の腕が浮遊していた。その内の1つの腕は球体の何かを持っているようだが、ケイトはその正体に気づくやいなや、目にも止まらぬ速さでロボットとの距離を詰めていく。


「速度モ中々ダ。だが、それだけデ()()()()ヲ倒せるトハ考え難いナ」


 ロボットは超高速で走り寄るケイトの背後に回り込み、再び強く弾き飛ばす。


「グハッ!!」

「お前ニハ興味ガ無い。疾く失せヨ」


 ロボットは淡白に言い残し、エティナを雑に拾う。


「エティナさんを放せ!!」


 ケイトはロボットに長剣の一撃を食らわせる。しかし、ロボットのたくさんの腕でケイトの渾身の一撃は軽々と受け止められてしまう。


「驚いタナ」


 ロボットは長剣を砕き折り、三度(みたび)ケイトを弾き飛ばす。それでもケイトは諦めず、また立ち上がってロボットに向かって走り出す。


「ふむ、魔法ヤ魔術ノ類デハ無い。トなるト、怒りノ果実ノ拾得者カ」

「黙れ!!」


 ケイトの拳は宙を裂きながらロボットに迫る。しかし、気づいた時にはロボットはケイトの後方に移動しており、ケイトの拳は空を切る音を響かせるだけだった。


「残念ダ。それハ私ニとってハ何ノ役ニモ立たないノダ」


 ケイトはまた走り出そうとするが、先程折られた長剣がケイトの足を地面に縫い付けるように突き刺さった。


「名ヲ名乗っテおこう」


 長剣を引き抜いたケイトに黒い縄のようなものが巻き付く。


「私ハ魔王軍第三幹部エヌス。次ニ会う時ハ魔術ヲ扱えるようニなっテおけ」


 ケイトは有り得ないほどの力で縄を引きちぎる。しかし、エヌスの姿はもう既にどこにもなかった。


「あぁ……うあああああああ!!」


 戦いの終わった曇り空に、一つの哀しい声が響き渡る。

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