反撃開始
「な……ぁっ……!?」
セスナは岩陰に身を隠しながら唖然としていた。
山が消し飛んだことにではない。ベリロスの能力の異常さにである。
「完全に独立した自分のコピーを無制限に作り出せる……?! そんなのズルじゃん……!」
「ズル? 弱い方が悪いとは思わないのかぁい?」
セスナが振り返ると、そこには多量のコピーを従えたベリロスが悠然と立っていた。
ベリロスはただセスナを見下しているだけなのであるが、セスナはその圧倒的かつ絶対的な存在感に膝を屈しそうになる。
「なんだぁい、反撃の素振りもないのかぁい? もう心がポッキリと折れてしまったのかぁい?」
ベリロスは人差し指をコキリと折り曲げながら口の端を吊り上げる。
事実を突きつけられ、そしてそれに反駁することができなかったことに、セスナは静かに俯く。
「……そうだね。私、心が折れてたみたい」
「ほう! まさか自分から認めるとはねぇい! あまりにも滑稽で笑えてきた――」
水の短剣が空を滑る。
それはベリロスの首を鮮やかに断ち切り、その背後に立っていたベリロスたちの首に狙いを定める。
「ほんと、嫌んなっちゃう。一度だけじゃなく、二度も心が折れるなんて。……もう逃げないって決めたのに。もう諦めないって誓ったのに!」
その目は覚悟の色に染まっていた。たとえここで死んだとしても、一人残らずベリロスを抹殺せんとする覚悟に。
そしてそれは、当然ベリロスにとって心地好いものではない。
「……できると思っているのかぁい? 無限のボクを相手にキミごときが独りで殺し尽くせるとでもぉい?」
「意外とできるんじゃない? 今だって、簡単に一人倒しちゃったし」
「バカを言うんじゃないよぉい。今のは油断しきっていただけだぁい。キミがボクに反抗の意志を見せた時点で、キミの刃はもうボクには届かなぁい」
「――なら、まだ反抗の意志を見せてない私の拳は届くってことでいい?」
地面が爆ぜる。
隕石が降り注いだかのような轟音と衝撃波が、荒原と成り果てた辺り一帯を席巻した。
その爆発の中心には、酷い手傷を負ったモコロが立っていた。
「セスナさん!」
「モコロさ――」
「話は後! 絶対に私の手を放さないでね!」
モコロはそう言うと、セスナの返事も待たずにその手を掴んで後方へ跳躍する。
その風圧は、とても人間が耐えられるようなものではないが、セスナは手が放れないよう、必死にモコロの手を握り締める。
「まったく、逃げられるわけがないと分からないのかぁい?」
人の域を超越した速度を誇るモコロに、ベリロスたちはいとも簡単に付いてくる。そして、たかが人類2人を相手取るにはあまりにも強大な魔力の塊を大量に展開する。
「……ごめん、セスナ」
モコロの手が緩む。
「――ギア、上げるね」
セスナの手がモコロから完全に放れる。
同時、二人を取り囲んでいたベリロスたちが次々と何かに弾き飛ばされていく。
「小癪なァッ……!」
「ちょっ、まっ!?」
モコロという支えをなくしたセスナは地表へと自由落下し始める。魔法でなんとかしようと考え始めた時には、もう既に間に合わないところまで来てしまっていた。
「ぶつか――」
「よし、間に合った!」
セスナが地面に激突する、瞬きも間に合わないほどの直前、全てのベリロスを蹴散らしたモコロがセスナをキャッチする。
「し、死ぬかと思った……」
「ほんとにごめんね! こうするしかなかったの」
「大丈夫。ケガはしてないから――」
「小賢しい蠅どもだよぉい」
二人の背後にベリロスが現れる。
「クッ……!」
「遅ぉい」
セスナが魔法を放つよりも早く、ベリロスの放った魔力の塊がその眼前に迫っていた。
「空貫ッ!」
モコロはセスナのことを後ろへ放り、残された全ての力をもって魔力の塊を迎撃する。
だがしかし、それは完全な悪手であった。
「ネッセ」
モコロの背後に回り込んだベリロスがその背中に手を当てる。
モコロは即座に振り返り、ベリロスに一撃を食らわせようと腕を振り抜くが、拳がベリロスに当たる前にモコロの体は抗えない力によって吹き飛ばされてしまう。
「くっ……! 逃げてセスナ!!」
「逃がすわけがないだろぉい。楽観的なことだよぉい」
ベリロスは吹き飛ぶモコロに背中を向けて、セスナの元へスタスタと歩き始める。
逃げることはできないと直感し、セスナは手の中に水の刃を生成する。
「ああまったく、とことんボクのことをイライラさせてくるねぇい。これだけ彼我の差を見せつけられておいて、まだ諦めないなんて吐かすのかぁい?」
「敵が諦めないだけでイライラするなんて、随分と狭い心をしてるんだね」
「言葉には気をつけろよぉい。過去を振り返る時間すらもなくなるよぉい」
「生憎と、冒険者たちは過去のために生きてるわけじゃないの」
「そうかぁい。それは楽でいいねぇい」
黒い魔力塊が放たれる。
セスナは水の刃でそれを切り裂くが、前方にいたはずのベリロスがいなくなっていることに気がつく。
「ネッセ」
セスナの体が宙を舞う。
この後の展開は容易に想像できる。このまま空中でセスナを弾き続けて遊ぶのだろう。
つまり――
「私の背後に回り込んでくる!」
「ほう」
セスナは背後に水の刃を大量に展開し、回り込んできたベリロスを串刺しにしようとする。
その行動に驚いたような感心したような表情を向けながらも、ベリロスはあくまで不敵に笑う。
「ボクの行動を先読みしたことは素直に褒めてあげるよぉい。だが――そんなもの、何の意味もないんだよぉい」
ベリロスは一瞬にしてセスナの懐に潜り込み、セスナのことを片手で掴むとそのまま地面に叩きつける。
「ガハッ!!」
「言っただろぉい、キミの刃はもうボクには届かないと。人類は人類らしく地べたに這いつくばって死を迎えろぉい」
ベリロスはもう片方の手に巨大な魔力の塊を生成する。
セスナは、自力ではベリロスの手から逃げ出すことができないと理解し、おとなしくする。
「ふん。諦めたかぁい。無様なことだよぉい」
「諦めた? そうじゃない。抵抗する必要がなくなったの」
「なに――」
魔力塊が斬られた。黒い残滓がハラハラと散らばって、間もなく完全に消滅する。
ベリロスは全てを察して即座に振り返る。
だが、既に遅かった。
「ゴブォッ!!」
ベリロスの顔面に勢いよく振り抜かれた拳が直撃し、ベリロスは彼方まで吹き飛ばされる。
「――悪ぃ、あいつの攻撃を捌くのに手間取った」
そこには、長剣を携えた一人の青年の姿があった。
少女はほんの一瞬、誰も気づかないほどの僅かな時間口元を緩め、すぐさまに口を尖らせる。
「遅いよ! あと少し遅かったら私死んでたかもしれないんだよ!」
「だから悪かったって!」
二人が言い合いをしていると、そこへエティナとモコロもやってくる。
「まあいい。なんにせよ、こうやってまた四人揃えたんだ。こっから反撃といくぞ!」
「「うん!」」
四人は背中を合わせ、周囲を取り囲んでいるベリロスたちに注意を向ける。
「あぁ……あァッ! 本ッ当にボクをイライラさせるのが上手いなァ、キミたちはァ!!」
ケイトの前に立つベリロスが指を鳴らす。すると、さらに大量のベリロスたちが闇の中から現れてくる。
「遊びは終わりだァ! 劣等種属が上位存在に楯突いた罰を頭からつま先まで思い知って死に給えェ!!」
数え切れないほどのベリロスが、途轍もない怒りを顕わにしながら四人に突っ込んでくる。
「何の策も無しか。本当に俺たちのことを舐めてるみたいだな」
ケイトは長剣を振り上げる。確実に、完璧に、目の前の全てのベリロスを仕留める一撃をイメージする。
「避けるなよ、それは敗北宣言だからな」
「ッ!!」
ベリロスの一撃がケイトを襲う。
だが、ほんの少し遅かった。
「穹別つ箒星」
赫々たる一撃が振り下ろされる。
その一撃は空を裂き、山を割り、地平の彼方に風穴を開ける。
そうしてケイトの前方には、ただ陽の光の差す大地が雄大に広がっていた。
「ッ……!」
静寂が在った。その場にいた誰もがその光景を見ずにはいられなかった。
金属をも沸騰させ得るエネルギーを持った世界を断つ斬撃。人類が会得するには時間も才能も、何もかもが足りない、絶技とも呼べる離れ業。
通り道にあった森羅万象は世界から削り取られたかのように消失し、『何も無い』という何かがあった痕跡だけが残されている。
その光景を前にして、ソレを放った張本人は何事も無かったように長剣を担ぐ。そして後ろへ振り向き、ゆっくりと3人の女の前に立つ。
周囲には、異常なほどの敵愾心を孕んだ、全く同じ魔族が無数に立ち並んでいる。
彼はそれら全体を指し示すように剣を突き出し、言葉を発する。
「俺は人間、ケイト・ナルハシ! 人類に仇なす魔族、ベリロスを討伐する者だ!! 全員纏めてかかってこい! そうしなきゃ俺を倒すなんて夢のまた夢だぞ!」
ケイトの挑発と同時に、ベリロスは一斉に攻撃を始める。
突進してくる者、巨大な魔力の塊を放ってくる者。様々な攻撃がケイトに襲いかかるが、ケイトはその一切に対処しない。
それは、味方のことを心の底から信じているからだ。
「ゼフォロ・シヴィオ!」
「空貫・乱!」
突撃するベリロスは尽く弾き飛ばされ、飛び交う黒い魔力塊は雷の槍に貫かれる。
「そんな粗雑な攻撃が」
「私たちに通用するわけないでしょ」
エティナとモコロがケイトの前に立ち、その覚悟と決意をベリロスに示す。
「調子にィ……乗るなァァァ!!」
ベリロスはさらに大量のベリロスを召喚して、人海戦術ならぬ魔族海戦術でケイトたちを攻める。
「私たちの勝利条件はあのベリロスたちを一人残らず倒し切ること。敗北条件は全滅。やることはわかってるよね!」
「もちろん!」
「それじゃあ行くぞ! ベリロスをぶちのめす!!」
ケイトたちは各々走り出す。




