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覚醒の刻

 久しぶりに夢を見た。


 この世界に来た時のことはノーカンだ。ケイトはあれを夢と認めてはいない。

 だが、その判定に則るならば、今回のこれも夢と言っていいのかはかなり微妙なところである。



「――ここは……」


 ケイトは何も無い空間にいた。

 これは夢であると、直感が不自然なほど即座に告げる。


「ケイト・ナルハシ――」


 どこからか声が聞こえる。

 ケイトは辺りを見回すが、やはり何もない世界が広がっているだけである。


「誰だ!」


 声が空間に響く。音が反響するようなものなど見当たらないのに、ケイトの声がぐわんぐわんと響いているように感じられる。


「こ■■うなこ■■■き■■せてし■■、■し■■く■■ます。しか■、私に■■■たが■■な■■す。■うか、ど■■私■■■お■しく■■い。も■■人の■を■■ために――」


 何者かの声がケイトの頭に直接語りかける。

 声は所々聞きづらく、聞き取れた内容からは、ケイトは何も理解できなかった。

 だが、その声は確かにケイトに助けを求めているように思えた。


「お前は一体――」


 ケイトが問いかけようとしたその時、ケイトの体が無に沈んでいく。抗うことはできない。


「信じてください、あなたの■■を――」



〜〜~〜〜~



 ケイトは目を覚ます。自然とではない。外で大きな音がしたのである。

 ケイトは上体を起こすと目眩がし、右手で頭を抱える。


「なんか夢を見てた気がするけど……だめだ、思い出せない」


 再び外で大きな音がする。それと同時に眩い閃光が窓から侵入し、部屋を明るく照らす。


「なんだ? 花火でもやってんのか?」


 ケイトが窓から見下ろすと、そこにはエティナの姿があった。

 暗くてよく分からないが、何かと向かい合っているように見える。


「エティナさん? どうして――」


 エティナが強い光を発する。続けざまに、巨大な爆発音が空間を揺らす。


「この光と音……エティナさんが何かと戦ってる……?!」


 ケイトはベッドから飛び起き、ローブを纏うと駆け足で部屋を出る。



 ケイトが宿を出た瞬間、ボロボロになったローブを纏ったエティナが目の前で勢いよく地面に叩きつけられる。


「エティナさん!」

「ケイト……!?」


 ケイトは立ち上がるエティナに近寄ろうとする。


「離れて!!」


 エティナの今まで聞いたことのないような叫び声に、ケイトの体が硬直する。

 同時に、闇としか表現できないような何かがエティナを直撃し、轟音と共に砂塵が舞う。


「全く、しぶといですね」

「っ!」


 ケイトは声の放たれた方向を見上げる。

 そこには紫色の肌の色をした男が翼を広げ、深い藍色の髪をたなびかせながら夜空に立っていた。

 それを見ると、この世界に来た時に何もいない場所で出会った存在を前にした時のように、深く重い圧がケイトの体をミシミシと押さえつけてくる。


 男はケイトのことを見つめると、柔らかい笑顔を浮かべる。

 理由は分からないが、その笑顔はあまりにも気持ちが悪く、ケイトは吐き気を催す。


「安心してください。まだあなたには手を出しません」

「最後まで出させないよ! ゼフォロ!」


 男に向かって閃光が走る。しかし、男が前方に闇を展開すると、閃光はその中に吸い込まれて消えてしまう。

 砂煙から現れたエティナは悔しそうな表情を見せる。男はそのエティナの様子に驚く。


「その程度のケガですか。跡形も残さずに消すつもりでしたのに」

「くぐってきた死線の数が違うの。今さら魔族の通常攻撃で死にはしないよ」


 エティナは両手を開く。そこにバチバチと激しく弾ける雷のようなものが生成される。その光量は凄まじく、辺り一帯を昼のように明るくする。


「ゼフォロ・デロ」

「……不躾で醜い光です。ですが、とてもいい!」


 男はその大きな翼を体に巻き付け、恍惚な表情を浮かべながら手を素早く叩く。

 それによって、男が人間とは絶対的に異なる存在なのだと否応にも理解させられる。


 動けない。動きたくない。

 底知れぬ恐怖が心の底から湧き出てきて、ケイトの四肢に重りのようにのしかかってくる。


「ケイト!」


 エティナが一喝し、ケイトの恐怖の金縛りを解く。

 ケイトがエティナの方を振り向くと、エティナは真剣な表情でケイトのことを見ている。


「ケイトは村の人たちを避難させて! 私はできる限り時間を稼ぐから!」

「時間を稼ぐってそれじゃあ――」

「任せた」


 エティナは死と隣り合わせの状況にも関わらず優しい声を出す。それは覚悟と決意の現れであった。

 ケイトはエティナの思いを察し、感情を押し殺しながら男とは逆方向に走り出す。


「行かせるとでも思っているのですか?」

「行かせないって言ってるの!」


 闇の塊と雷の剣が交錯する。

 その衝突は強大な衝撃波を発し、村中の建物に亀裂が入る。もちろんその中心にある建物はその威力に耐え切れるはずもなく、一瞬にして粉々に破壊される。


 ケイトもその衝撃にバランスを崩しかけるが、何とか立て直し、村人たちにこの状況を伝えるために大声を出しながら走る。


「……行かせてしまいましたか」

「なに? ケイトに用事でもあるの?」


 残念そうな顔をする男に向かってエティナが問いかける。真っ当な答えなど期待していないが、この男の目的を知りたいと考えたのだ。


 男はその問いを受け、再び高く飛び上がると、腕を大きく広げ、顔を空に向ける。


「これは私の慈悲なのですよ」

「慈悲?」

「ええ」


 男はエティナを見下ろす。その表情は柔らかいはずであるのに、一切の優しさを感じ取ることができない。あるのは、完全なる「無」だけである。


「よく考えてみてください。彼一人だけが生き残るなんて、悲しすぎるとは思いませんか?」


 男は薄っぺらい笑顔を顔面に貼り付ける。

 エティナは、男の恐らく本心からの発言に、大きくため息をつく。


「やっぱり、あなたたちとは分かり合えない」

「そうですか、残念です。あの世でこの物語の完成を祝っててほしかったのですが」


 再び空間が揺れる。



〜〜~〜〜~



 ケイトは村中を大声を発しながら走り回った。その結果、多くの無事な村人たちを避難させることに成功していた。


「他にここにいない人がいたりしませんか?!」

「隣のばあさんがいない! 足が悪いからきっとまだ……」

「うちの向かいの家族がいない! 多分あの衝撃で家が崩れて出られなくなったんだ!」

「主人が……主人がいないんです! 武器屋を営んでるんですけど、まだ帰ってきてないんです!」

「皆さん落ち着いて!」


 多くの村人たちがケイトの元へ集まって来てしまい、身動きが取れなくなる。


「クソっ……! まだやらなきゃいけないことがあるのに……!」


 ケイトは一人ひとり宥めながら、村人たちをかき分けて進む。

 しかし、村から響いてくる衝撃音により人々の恐怖が煽られてケイトに縋り付いてくるために、ケイトは簡単には進むことができない。


「くっ……俺がもっと強ければ、みんなを安心させることができたかもしれないのに……! 俺の言葉が、力が、心が……」


 ケイトの動きが止まる。

 何もできない無力感がケイトの心に巣食って離れない。

 強くない自分が、強くあれない自分が、ケイトにとって心底憎い。


 啓人の人生はずっとそうだった。

 分かっている。知っている。理解している。

 それでも変えられない。変われない。

 そんな自分が大嫌いだった。

 反吐が出るほど嫌だった。死にたくなるほど嫌だった。

 それでも変わらなかった。変われなかった。

 変わりたいと願うだけじゃ変われない。

 そんな現実など嫌というほど味わってきた。

 希望は絶望に変わり、絶望はさらなる絶望を生む。

 啓人に残ったのは虚無感だけだった。


「情けねぇな、俺」


 啓人は空を見上げる。

 星は啓人の気持ちなど知らず、ずっと変わらず瞬いている。

 変わらなくても価値があることが、ひどく羨ましく感じられる。


 きっと自分はこのまま変わらずに、全てを恨んで死んでいくのだろう。啓人はそう諦める。




「信じてください……」


 どこからともなく声が聞こえる。


「何を信じるんだ。俺には何もできないということをか?」

「信じてください……」


「俺は変われるということをか?」

「信じてください……」


「俺は強くなれるということをか?」

「信じてください……」

「――っ! だから何を信じれば――」


 怒りのままに叫ぼうとしたその瞬間、今までにないほどに強い光が村の方から発せられる。そこで思い出す、エティナはまだあのバケモノと戦っているのだと。


「……だからなんだ、俺には戦えない」

「信じてください……」


「俺には力なんて無い。行っても死ぬだけだ」

「信じてください……」

「ふざけるな!! 俺は――」


 何者かが啓人のズボンの裾を引っ張る。振り向くと、小さな女の子がいた。


「お父さんを……助けて……」

「ぁ……」


 ――任せた。


 エティナの姿がフラッシュバックする。その姿は強く気高く、まさに啓人の理想像である。それなのに、当の本人は諦めて逃走を図っていたのである。


「なんだよ、悪いことじゃねぇだろ。怖いから逃げる、当たり前のことだ。生物としての本能だ。それなのに、それなのに……!」


 啓人は、否、ケイトは両頬をバチンと強く叩く。そしてゆっくりと目を開き、拳を握りしめて空を見上げる。


「俺は日本生まれ日本育ち、純日本人のケイト・ナルハシ! 生まれ変わるなら今しかねぇ! 俺は……自分()を信じる!!」


 ケイトは村人たちを振り切って村に向かって走り出す。

 村からは相変わらず激しい衝突音が鳴り響いており、それに付随して決して弱くない衝撃がケイトの体を打つ。


 それでもケイトは走り続けた。

 自分を変えるために。

 世界を変えるために。



〜〜~〜〜~



「ぅぐっ……!」


 エティナが地面に叩きつけられる。体は既にボロボロで、動けていることが不思議なほどだ。


「さて、そろそろお遊びは終わりにしましょうか。自身の命を犠牲にして村の人々を救った英雄、感動的な物語になること間違いなしです」


 男が涙を流す仕草をしながら腕を空へ向ける。すると、今までとは比にならないほどの巨大な闇が天を覆う。


「ここまで……か……」


 エティナは闇を見つめる。しかしその目に絶望はなく、清々しいほど澄んだ目をしている。


「とてもいい! これは最高の幕引きに――」


 男の背中に石が当たる。ダメージは無い。

 男が振り向くと、そこには一人の男が立っている。


「け、ケイト……!?」


 エティナが驚愕する。ケイトは恐怖に呼吸を乱しながらも男に向かって立つ。


「なんのつもりですか?」

「思いついちゃったんだよね。エティナさんが足止めして俺が人を助けるより、俺が足止めしてエティナさんが助ける方が効率いいってね」


 ケイトはむりやり笑顔を作って男に向ける。男はそれを、笑顔を崩さずに見続ける。


「それは、(いささ)か無謀なのではありませんか?」

「無謀? そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ。もしかしたらてめぇのことも倒しちまうかもしれねぇぞ?」

「ハハハ。死になさい」


 男は笑顔で闇をケイトに向けて放つ。

 そのスピードはかなりのものであるはずだが、ケイトにはとてもゆっくりに感じられた。


「ケイト!」


 エティナがゆっくりと叫ぶ。ケイトの方へ走って来ているようだが絶対に間に合わない。


「俺の人生もここで終わりか。短かったな」


 闇が空間の全てを飲み込みながらケイトへ向かってくる。


「楽し……くはなかったな。でも、満足だ」


 闇が光を引き裂きながら進む。

 ケイトはエティナのことを見る。エティナの顔は引きつっていたが、それでもとても美しい。


「天国ってあるのかな? 異世界もあるんだし、あってもいいよな」


 闇が目と鼻の先に迫る。

 刺激的な死の臭いが鼻に突き刺さる。二度と嗅ぎたくない。


「信じてください……」


 死の淵で声が聞こえる。


「信じる? 俺はもう自分のことを信じて……いや――」


 ケイトは思い出したように拳を構える。

 そして、辛い過去、厳しい現実、来ることのない未来、その全てをこの拳に乗せる。


「――まだ信じてなかったな。全部ぶっ倒してヒーローになる自分を!」


 最期くらい、理想の自分を。

 ケイトの全てが放たれる。それはみすぼらしく、みっともなく、くだらなく、だが、ほんの少し気高かった。



 ――空が晴れた。否、闇が弾けたの方が正しい。

 ケイトの拳が闇にぶつかったとき、あろうことかその闇を完全に打ち砕いたのである。


「なっ……!? そんなことが……!?」


 男は何が起こったのか分からずに戸惑い、完全にケイトを見失っていた。


「おい」

「ハッ!?」


 ケイトは男の戸惑っている隙にその近くまで飛び上がり、男の顔面を殴って地面に強く叩きつける。


 男は即座に起き上がって夜空を見上げ、驚愕する。

 天球に輝く月の下に、ケイトが立っているのだ。

 その顔は月明かりに照らされ、今までにないほどの晴れやかさを表している。


「あなた、何故それほどまでの力を……?」

「さあな。俺にも分かんねぇ」


 ケイトは男を静かに見下ろす。


「まあでも、関係ねぇ。始めようぜ、俺とお前のプライドバトルを」


 静かな世界に月明かりだけが降り注ぐ。

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