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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
38/58

格の違い

 重苦しい空が漂っている。それはまるで、悲劇がまだ続くことを示唆しているかのようだ。

 それゆえ、アムヌラという強敵を倒したにも関わらず、心は全く晴れないでいた。


 ただ、そんな気分の中でもケイトは笑っていた。

 自分でも理由はよく分かっていないが、多分、自身の運命を笑ってしまいたかったのだろう。


「ケイト!」


 セスナが走り寄ってくる。その顔は笑顔に染まっていたが、隠しきれない疲れが容易に見て取れた。


「悪い、俺が不甲斐ないばっかりに……」

「ほんっとうに不甲斐ない!」

「えええ!? そこは普通『そんなことないよ』とか言って慰めるとこじゃない?!」

「あんた、そんなガラじゃないでしょ。まあでも、ありがとうとは言っておく」

「なんで上から目線?」


 傷を癒す間もなく言い合う二人を見て、エティナとモコロは優しく微笑む。


「とーにーかーくー! アムヌラの無差別攻撃のおかげもあって、侵攻してきてた魔族はほぼ全滅。残るはあの変な語尾の魔族だけ――」

「誰が変な語尾だぁい?」


 セスナの真横にベリロスが立っている。

 ケイトはベリロスを認識すると同時に拳を放つが、ベリロスはいつの間にかケイトの背後へと移動している。


「驚いたねぇい。タフなだけだった人間がここまで強くなっているなんてぇい。まさかアムヌラまで倒されるとは思わなかったよぉい」


 ベリロスはケイトを賞賛するかのように2、3度手を叩く。

 ケイトは油断せず拳を構える。他の三人も神経を尖らせてベリロスの行動を監視する。

 しかし、ベリロスはそれを気にする素振りも見せず、舐め回すようにケイトを睨めつける。


「……ああ、本当に嬉しいよぉい。だって、ボクのことを虚仮にしたキミたちを、他でもないボクの手で殺せるんだからねぇい!」


 ベリロスが広範囲に夥しい量の魔力を放出する。それらの魔力は闇を成し、地面に水溜まりのように溜まっていく。

 ケイトたちはそれに絶対に触れないように注意しながら躱す。


「アムヌラを倒したご褒美に、ボクの能力を教えてあげるよぉい」

「へぇ。そんな優しいやつだとは思わなかったな」

「そう思うかぁい?」


 ベリロスはニヤついた顔をしながらパンと手を叩く。すると、辺りに散らばる闇溜まりの中から、ベリロスに酷似した何かが現れる。


「ボクの能力は『闇を敷く者(ベリロス)』、闇から無数のボクのコピーを生み出す能力だぁい」


 何十、何百というベリロスのコピーがケイトたちを完全に包囲する。


「一人ひとりがボクと同じ膂力、魔力、思考力を持った兵隊さぁい。ボク一人に手こずるようなヤツらが何人束になってかかってこようが、全くの無意味なんだぁい! さっきキミはボクのことを優しいと言ったなぁい。そうじゃなぁい……全てはボクの気分次第なんだぁい! 教えるも教えないも、生かすも殺すも何もかも! キミたちはボクの手のひらの上で踊らされる脇役(モブ)に過ぎないんだよぉい!」


 幾百の魔族(コピー)が、たった4人の人類に向けて一斉に手のひらを向け、手のひらの前に膨大な量のエネルギーを球形に凝縮させていく。

 逃げ場はない。恐らくこの全てのエネルギーが発散されれば、辺り一帯はおろか、国一つ丸々消し去ることすら可能であろう。


 だが、その絶望的盤面を認識した上で、4人の人類は武器を構える。

 ヤケクソではない。悪あがきでもない。4人はただ純粋に勝利だけを見据えていた。


「――話は終わりか?」

「なにぃい?」


 ベリロスは不快そうに、渦巻くような魔力の圧を放ちながら聞き返す。

 その有無を言わせぬような魔力の奔流を目の前にして、それでもケイトは自分の意志を曲げることはなかった。


「ベラベラベラベラと(なげ)えんだよ。要はこいつら全員倒せば俺たちの勝ちってことだろ?」

「そんなことはできないと言っているんだよぉい」

「違ぇよ、やるって言ってんだよ!」


 ケイトの雄叫びと同時に、ケイトたちを囲いこんでいたベリロス(コピー)の軍勢の半分が弾け飛んだ。


「なっ……!? ベリロス(このボク)が対処できなかったぁ……!?」


 突然の不可解な現象に、ベリロス(コピー)たちは攻撃を中断し、警戒態勢に入る。


「お前ら全員、俺たちの動きに何一つ警戒してなかったからな。仕込みの時間は十分にあった」


 ケイトが空を指さす。ベリロスがその先を見上げると、そこには平原を覆い尽くすような巨大な雷雲が佇んでいた。


「前に会った時からそうだ。てめぇは目の前で起こってることしか気にしない。視界の外からの攻撃を一切考慮に入れてない。だから頭上の黒雲が雷雲に変わっていても気づかない」


 ケイトの解説に、ベリロスはあからさまに不快な顔をする。しかし、顔を手で覆って深呼吸をすると、再び先程の悪辣なニヤケ顔を見せる。


「……まあいぃーい。方法(タネ)が分かればどうってことなぁい。それに、いくらボクを殺し尽くそうと、ボクは無限にボク(コピー)を作り出せるんだからねぇい」


 ベリロスが指を鳴らす。すると、闇の中からさらにたくさんのコピーが現れる。


「ボクにそれを教え(ネタばらしし)たのは悪手だったねぇい。この攻撃はもう食らわないよぉい」

「いや、もう十分だ。そもそもこの魔法はコスパ悪いみたいだしな。それに、分かったこともある」

「ほぉ……?」


 ケイトはゆっくりと剣を振り上げる。全身を脱力させ、ただ目の前の敵にだけ集中する。頭ではなく感覚で、本能で全身を最適な形にもっていく。

 他3人はエティナに連れられ、雷雲の中へ文字通り雲隠れする。


 いつでも攻撃できるはずなのにしてこないエティナたちに異変を感じたのか、周囲を囲むベリロス(コピー)たちが攻撃態勢に入る。

 半分は空を覆う雷雲に向けて、もう半分は確実に仕留めるためにケイトに向けて、突き出した手のひらの前に闇の塊を形成していく。

 だが、それでもケイトはあくまでゆっくりとその瞬間を待つ。


 1秒、2秒、……10秒経って、無数のベリロス(コピー)がケイトに向けて闇の塊を放つ。逃げ場はない。視界は完全に暗黒に飲み込まれる。


 ――それとほぼ同時、ケイトの体勢がしっくりきた。

 完璧な体勢と完璧な狙い。至高の一撃を放つのに必要な準備が全て完璧に整った。


「――穹別つ箒星(レッド・コメット)


 ケイトは剣を振り下ろす。その速度は計り知れず、空気との摩擦で剣身が赤熱する。

 剣は、闇の塊が飛ぶよりも圧倒的に速く、世界の全てを置いていくスピードで降下する。


 そして、剣が完全に振り下ろされた時、ケイトの前方には赤い軌跡が残され、そのさらに奥には軌跡と同じ切断面を持ったベリロス(コピー)が佇んでいた。


 続いて暴風が巻き起こる。異常な速度で振り下ろされた剣によって生まれた乱気流か、はたまた剣が空間を斬り裂いたが故の事象の埋め合わせか。

 どちらにせよ、その台風を思わせるほどの暴風はケイトの四方から迫っていた闇を打ち払い、ベリロス(コピー)の大半を吹き飛ばす。


 左右に分断された雷雲の間隙から陽の光が降り注ぎ、暗く沈殿していた世界に希望を知らしめる。


「くっ……! なんだその攻撃はぁい! 一体何をしやがったぁい! どうしてボク(コピー)たちが一人残らずやられているんだぁぁぁぁい!!」


 ベリロスが絶叫する。その顔は紛れもない恐怖に染まっていた。

 ケイトは伏し目がちに小さくため息をつくと、再びしっかりとベリロスを見つめる。


「……分からないか?」

「な……にぃ……!?」


 目を丸くするベリロスに、ケイトは眼光鋭く言い放つ。


「俺とお前じゃ格が違ぇんだよ」


 ベリロスの時が止まる。

 今までずっと格下だと思っていた種族に見下された。今までずっと嗤ってきた種族に憐れまれた。

 その事実が、ベリロスの自尊心を粉々に打ち砕いた。


「ふざけんじゃねェェェェェ!!」


 許される筈が無い。許していい筈が無い。

 人間(ザコ)魔族(ボク)を見下していいわけが無い。

 どうしようもないほどの感情が渦巻き、溶け合い、浸透し、ベリロスの全身に染み渡る。

 そしてとうとうベリロスは、唯一つの絶対的な目的を果たさんとする悪魔へと成り果てた。


「殺すゥ……! 頭を引きちぎって腕を捻り切って脚を切り刻んで皮膚を引き剥がして肉を喰らい尽くして骨を割り砕いて内蔵を磨り潰して血を撒き散らして、二度と人間を名乗れない姿にして殺してやるゥゥゥ!!」


 闇溜まりから今までとは比にならない数のベリロス(コピー)が現れる。

 平野を埋め尽くすそれら全てが、業火に身を灼かれながらただケイトだけを一心に狙っている。


「ゼフォロ・ナルラ」

「ピオ・ナルラ」

「空貫・乱」


 上空から雷撃と水撃、遠隔の打撃がベリロスに降り注ぐ。


「私たちのことも忘れないでよね!」

「まあ別に忘れててもいいんだけど」

「みんなで協力してやっちゃおー!!」


 空から降りてきた3人と、ケイトは背中を合わせてベリロス(コピー)たちと対峙する。


「殺してやるゥ……! お前ら全員、影も残さず消滅させてやるゥゥゥ!!」


 超大量の魔力弾が4人に向けて放たれる。

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