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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
35/60

バカども

 戦は激しさを増していく。

 至る所で骨肉が爆ぜ、紅血が飛散する。

 風は紅く染まり、地面は粘り気を帯びていく。

 現実とは思えぬその惨状を太陽はありありと照らし出し、天は人間を見捨てたのだとそこにいる者たちに錯覚させる。


 秩序が失われていく世界の中で、ケイトたちはこの争いに終止符を打たんと、紅く染まった平原を駆け抜けていた。


「……よし。大分モンスターたちの数も減ってきてる」

「残りの懸念点はベリロスだけだけど、どこにいるんだろ?」

「さあ。もしかしたらデュロもゼイパーもやられて逃げたのかも」

「どちらにせよ、注意はしておいた方が良さそうだね」


 三人は愚直に立ち向かってくるモンスターたちを駆逐して回る。


「――ォオオオオオオオ……」

「なんだ……?」


 遠方から何重にも重なった叫び声のようなものが聞こえてくる。


 最初は微かなものだったが、次第に大きくなっていき、ついには耳を塞いでも強引に頭の中に響いてくるようになる。


「うるっさっ!」

「みんな下がって!」


 エティナは叫んで冒険者たちに異変を知らせようとするが、謎の声はさらに大きくなっていき、近くにいるケイトですらもエティナの声がほとんど聞き取れなくなる。


 どうしようもなく、頭を打ち付けてくる音の暴力に必死に耐えていると、突然叫び声が聞こえなくなった。


 ケイトは驚いて顔を上げる。すると、前方に、先程まではいなかった、高さ10メートルを優に超える四足歩行の巨大生物が鎮座していた。


 気配は感じなかった、それか叫び声で掻き消されて感じ取ることができなかった。どちらにせよ、この巨大生物が異常な存在であることはケイトでもすぐに理解できた。


「下がれえええええ!!」


 エティナが緊迫した表情で叫ぶ。そして、ケイトとセスナを両腕に抱え、雷に乗って超高速で引き下がる。


 ――巨大生物が咆哮する。


 同時、巨大生物を中心に地面が捲れ上がって空へ上り、津波のように押し寄せる。その初速は音速にも匹敵する。


 反応が遅れた冒険者たちは為す術なくその天変地異に巻き込まれ、地盤ごと空高くへ吹き飛ばされていく。


 災害は途轍もない規模と速度で同心円状に広がっていくが、徐々に失速していき、王都に達する直前で収まる。


 だが、それで終わりではない。天高く舞い上がった地面と、その天変地異に巻き込まれたモンスターと冒険者たちとが一斉に空から落ちてくる。その範囲は、余裕で王都を呑み込むほどのものである。


 残された魔法使いたちは協力して王都を包み込む超巨大なバリアを形成し、岩盤の雨霰から王都を守る。


 そして、再び空が見えるようになった時、目の前の光景は完全に様変わりしてしまっていた。


 緑で溢れかえっていた地面は茶色と赤に荒廃し、晴れていた空は黒雲で埋め尽くされ、小さな子どもなら吹き飛ばされてしまいそうなほどの強風が、時々刻々と方向を変えながら吹き荒れている。


 極限まで減衰した巨大生物の咆哮が、それでも破壊され尽くした平野に重く沈殿し、冒険者たちにその存在感と絶対性、そして自分たちの矮小さと羸弱(るいじゃく)性を大いに知らしめる。


 格の違いを押し付けられ、ほとんどの者が絶望に溺れている中、エティナは息つく暇もなく状況を確認する。


「くっ……今のでAランク冒険者もほとんどやられたか……」


 まさに絶望的な状況。ここから戦況をひっくり返すのは、奇跡でも起こらない限りは不可能であろう。


「何がどうなって……」

「今のは陸津波。ボルレアっていうラッパみたいなくちばしを持った人間大のモンスターが発生させる現象」

「ボルレア……」


 ケイトは発生源である巨大生物を眺める。


 巨大生物の尻尾のような部位が確かにラッパらしき形状をしているが、決して人間大とは言えない。


「まさかアムヌラ……!? そんなやつまで用意してるの……!?」

「アムヌラ?」

「アムヌラはモンスターのツギハギみたいな存在のこと。見た目から判断すると、ボルレアの他にもゼツレイとオヴァ……体はもしかしてシエレゴ……?」


 よく分からんが、要するに色んなモンスターのキメラってことか……?


 ケイトは落ち着いてアムヌラを観察してみる。


 超巨大な四足歩行の生物で、背中には身の丈に合わない小さめの翼が付いている。全身は泥に覆われ、眼窩には赤い人魂が浮いている。


「見えてる部分以外にも他のモンスターの特徴を持ってるかもしれないから、あれだけだとどのくらいの強さか判別するのは難しい。でも、一つだけ確かなのは、確実にSランク以上のモンスターだっていうこと」

「S……!」


 それはつまり、この場にいる誰もがこの巨大生物に敵わない可能性があるという宣言だ。


 冒険者のほとんどがやられた今、現状がかなり最悪な状況であることを理解し、ケイトの全身がそばだつ。


「……ケイト、本気出していいよ」

「え?」


 エティナがケイトに話しかける。


 ケイトはずっと本気で戦っているつもりだったため、エティナの言っている意味が一瞬理解できなかった。


「被害が大きくならないように力を抑えて戦ってくれてたんでしょ。でも、あいつを倒すには最初から本気を出さなきゃ無理かもしれない」


 ケイトはエティナの思考を理解する。


 ケイトの力が恩寵によるもので、発動条件が不明であることを知らないエティナは、ケイトが力を抑えて戦っていると思い込んでいるのだ。


「あー……そのことなんですけど……」

「どうしたの?」

「えっと……なんというか……」

「来るよ!」


 アムヌラは全身を丸め、力を溜めている。冒険者たちは想像できないほどの衝撃に備えて各々の対策を講じる。


「オオオオオオ!!」


 アムヌラが咆哮する。すると、全身に纏っていた泥が瞬く間に増えていき、周囲を呑み込みながら押し寄せてくる。


「総員! 全力で押し返せ!」


 エティナの号令により、膨大な数の様々な魔法が濁流に放たれる。


「ピオ・シュア!」


 セスナも防御に加わり、なんとか濁流を食い止めるが、泥の増加は止まらず、いつかはこのバリアも破壊されてしまう。


「ケイト! みんなが耐えてる間に二人でアムヌラを押し返す! そうすればこの泥の濁流も止まるはず!」

「わ、分かりました!」


 エティナはケイトを抱え、雷に乗って空からアムヌラに近づいていく。


 アムヌラに近づくにつれてその異形がはっきりとしていき、ケイトは武者震いをする。


「ちなみに、どういう作戦か聞いてもいいですか?」

「私がケイトを投げて、一緒にアムヌラに攻撃を当てる」

「あー、うん、いい作戦ですね! でも、ちょっとだけ待ってくれると嬉しい――」

「それじゃあいくよ!」

「ちょっとおおおおお!?」


 ケイトがエティナにぶん投げられる。ケイトは高速でアムヌラに迫っていく。


 エティナはケイトを投げた後、すぐに詠唱を始める。


「あーもう! なるようになれ!」


 ケイトはアムヌラの顔面に力任せに剣を振り払う。


 アムヌラはケイトを認識し、顔面を大量の泥でコーティングする。


 そこへエティナの雷が炸裂する。泥のコーティングは一瞬にして剥がれ、ケイトの剣がアムヌラの顔面に直撃する。


「ぐっ……硬ぇ……!」


 ケイトがどれだけ力を込めても、剣はアムヌラの顔面にくい込みすらしない。


 その間に、アムヌラは背中から生やした泥の腕をケイトに叩きつける。ケイトは抗うこともできずに泥の濁流へと落ちていく。


 ケイトが濁流に呑み込まれる寸前、エティナがケイトをキャッチし、再び空高く飛び上がる。


「危ねぇ……ありがとうございます!」

「いいよ。……それより、本気でやった?」

「えーっと……それは……」


 ケイトは言い訳を考えようとしどろもどろになる。それを察したエティナは呆れたようにため息をつく。


「本当はどうやってあの時の力を使うかわかんないんでしょ」

「うっ……」

「気にしなくていいよ。何も聞かずに連れてきちゃった私が悪いから」


 エティナは冒険者たちの元まで下がる。アムヌラにダメージこそ入らなかったものの、濁流の強さは少なからず弱まっているようだ。


「ケイトはここで待ってて。私がアムヌラの動きを止めてくるから」

「俺も手伝います! 一人じゃ――」

「その気持ちだけは絶やさないようにしてて」

「あ……」


 エティナがアムヌラへ向かって飛んでいく。


「クソっ!」

「ちょっと!」


 泥に突っ込んでいこうとしたケイトをセスナが引き止める。


「離せ!」

「絶対離さない! もし飲み込まれたら助かる保証はないんだよ!」

「それもいいかもな。前に凄いパワーが出せたときも死にかけたときだったし」

「ふざけないで!」


 セスナの怒号がケイトの鼓膜に響く。


「もしうまくいかなかったら死ぬんだよ! うまく使えたこともないくせにそんな一か八かみたいなことしないで!」

「俺が今ここで力を使いこなせなきゃどっちにしろ終わりだ! あの怪物はエティナさん独りで勝てるような相手じゃないって分からないのか!」

「だったら私を頼ってよ!!」


 セスナはケイトの襟を掴んで引き寄せる。その青白い双眸はまっすぐにケイトの瞳を見つめる。


「一人じゃ勝てないから二人で戦う? それで、二人で勝てる保証がないから一か八かに賭ける? バカじゃないの! 一人で全部解決しなきゃ気が済まないわけ?!」

「違う! 俺は、俺はただ誰にも傷ついてほしくないだけで――」

「いい加減にしろ!!」


 セスナが襟をさらに強く引っ張る。その手は震え、かなりの力が入っていることが見て取れる。


「何が『誰にも傷ついてほしくない』だ! 失敗したら全員死ぬんだよ! ケイトが生きてる間に誰も死ななきゃいいの?! 死んだ後ならどうなろうが関係ないの?! ふざけんな! 自己満足は世界を救った後にしろ!」


 セスナは一通り言い終わると、ハァハァと息を乱しながら数秒の間無言でケイトを見つめる。


 その後、掴んでいた襟をケイトごと押しのけ、ケイトの顔を覚悟の表情で見上げる。


「……私はケイトの先輩冒険者だから。ケイトが死ぬ時は隣で一緒に死んであげる。一人で勝手に死ぬなんて許さないんだから」


 ケイトを見つめるようでいて、決してケイトを見つめてはいないセスナの瞳は、どこか悲しさが滲んでいるようにも捉えられる。


「セスナ…………ごめん」

「謝罪ならあいつを倒した後にいくらでもさせてあげる」


 セスナの視線の先で、黄金色の雷光がアムヌラの周りを迸っている。


 気づけば濁流は完全に止まっており、アムヌラへの道が開けていた。


「作戦はどうする?」

「私の出せる最高の魔法を放つ。だから、ケイトは時間稼ぎをして」

「どのくらい?」

「最低2分」

「2分ねぇ……」


 ケイトはアムヌラを見上げる。天変地異を相手に2分耐えることなど可能なのかと不安になる。


「できないなら他の作戦考えるけど」

「いや、やるさ。エティナさんもいるからなんとか――」


 背後から大音声の雄叫びが轟いてくる。


 二人が驚いて振り返ると、満身創痍の冒険者たちが笑いながら武器を構えている。


「……ははっ。バカだな、俺。冒険者(俺たち)ってのはそういうヤツらの集まりじゃねぇか。はぁーあ、心配して損した」


 ケイトの顔が弛緩する。

 多くの仲間に安心したからではない。多くのバカどもに呆れ返ったからだ。


「行くぞバカども! 死ぬ気で時間を稼ぐんだ!」

「「オオオオオオオオ!!」」


 冒険者たちの咆哮が大地を鳴らす。

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