世界に溶けるが生きる術
血飛沫と断末魔の飛び交う戦場。その中心で、ケイトはエティナとの再会を喜んでいた。
「冒険者はどう? もう慣れた?」
「はい! やっと板に付いてきたところです!」
「それならよかった――」
「初めましてエティナ・テルニムさん!」
セスナがケイトとエティナの間に強引に入ってくる。その顔は笑っているが、喜びの感情を感じ取ることはできなかった。
「初めまして。あなたは?」
「私はセスナ・シンメイです! ケイトの''先輩''冒険者をやってます!」
セスナはあからさまに先輩を強調して、まるでエティナにマウントを取るかのように話している。
しかし、エティナはそんなことを気にする様子を見せず、小さく「そうなんだ」と少し驚いた顔で漏らす。
「冒険者になりたてで右も左も分からずにいるのを放っておけなかったんですよね!」
「いや、別に分からない段階にすら行ってな――」
「いやー! 見つけてあげられて本当に良かった! もし間違えて危険な場所に足を踏み入れてたらと思うと、背筋が凍るよ!」
「なんだこいつ」
ケイトの反論を揉み消し、セスナはケイトと肩を組んでわざとらしく声を出して笑う。ケイトはそれに納得いかない表情を浮かべる。
エティナはそんな二人のやり取りを見て、思わずふふっと軽く吹き出す。
「本当に仲が良いんだね」
「それはもちろん!」
「なんでそんな自信満々なんだよ。ケンカしたばっかだろ」
「でもほら、ケンカするほど仲がいいって言うし」
「エティナさんまで……」
ケイトは肩を落とす。
エティナさんが俺の気持ちに気づく気配は無い。それなら、腹を括って……。
「なにしてんのケイト。早く行くよ」
セスナとエティナはロウゼツレイが居なくなって開放的になった前方を見据えている。
他の冒険者たちも次々とロウゼツレイを撃破していくが、前方にはまだたくさんのモンスターが犇めいている。
ケイトは気を引き締め直し、二人とともに前を向く。
「まずはベリロスをぶっ倒してからだ。行くぞ!」
「ちょっと何仕切ってんの! 私の方が先輩なんだからね!」
言い合いを始めるケイトとセスナを、エティナは微笑みながら見守る。
「そんなことはどうでもいいから! とりあえず進んで――」
ケイトは自分の目を疑った。
エティナの背後に、黒く塗りつぶされたような巨人が音もなく立っているのだ。
漆黒の巨人はそのまま音を一切立てることなく、隙だらけのエティナの背中に大木のような腕を振り下ろす。
「っ! させるかっ!」
ケイトは漆黒の巨人に飛びかかり、長剣を薙ぐ。
しかし、漆黒の巨人は一瞬にして目の前から消え、ケイトの一撃は空を切る。
「どうしたのケイト!?」
「今、エティナさんの後ろにでっかいモンスターが立ってたんだ!」
「でっかいモンスター? そんなのどこにもいないよ?」
三人は辺りをよく見回すが、漆黒の巨人の気配は全くと言っていいほどしない。
「もしかして……。ケイト、そのモンスターは真っ黒な巨人の姿だった?」
「はい! そいつがエティナさんの後ろで腕を振り上げてたんです!」
「っ……!」
エティナはそのモンスターの正体に気がつき、驚愕に顔を歪めながら声にならない声を漏らす。
「二人とも! 死角ができないように背中を合わせて!」
エティナの切羽詰まった声に、二人は言われた通りに背中を合わせる。
「ケイトが見たっていうモンスターは多分、デュロのことだと思う」
「デュロって……Aランクモンスターの中でも最上級のモンスターじゃん!」
「本来ならダンジョンとかにしかいないはずなんだけど……ベリロスが連れ出したんだろうね」
三人はくまなく周囲を監視するが、デュロは一向に現れない。
「その、デュロとかいうのはどういうモンスターなんですか?」
「分かってることは、神出鬼没なモンスターってことくらい。ダンジョンから出ることもないし、そもそも強いからあんまり研究が進んでないんだよね」
風がざわめき始める。それはデュロの出現の前触れかのようにも思え、ケイトは張り詰めた緊張感に額から汗を流す。
ふと大きな影が三人に落ちる。太陽の熱線が遮られ、涼しい風が汗をさらっていく。
そのせいで体が冷えたのか、はたまた潜在的な恐怖を感じているのか、ケイトは小さく身震いをする。
「……何も起こらないな」
「おかしい……こんなに何も起こらないなんて……」
エティナはさらに注意深く辺りを観察する。
しかし、おかしな点はどこにも見つからず、冒険者とモンスターの戦いが繰り広げられているのみである。
三人に落ちた影は段々と大きくなっていき、戦場全体を暗く淀ませていく。
「――しまった!!」
突然エティナが叫び出し、ひどく焦りながら空を見上げる。
「どうしたんですか?!」
「デュロのことで頭がいっぱいで気づくのが遅れた! 影が一箇所に留まるなんてことがあるはずない!」
「どういうことですか?」
「敵はデュロだけじゃなかった!」
エティナの意図を理解したケイトとセスナは、同時に頭上を見る。
そこには不透明度の高い雲が浮かんでいた。
しかし、その雲は普通のものよりも遥かに低い場所に存在しており、三人の上空から動くことなくその勢力圏を拡大していっている。
「ゼイパー! 雲に擬態して真下に寄ってきた生物を捕食するモンスターだよ!」
「なんだって!?」
ゼイパーはさらに面積を大きくしていっており、平原の空を覆い尽くしてしまいそうな勢いである。
「私たちを捕食する気配がない……。一体何が目的なの……?」
「分からない。でも、ぶっ飛ばした方がいいってことだけは分かる!」
ケイトはゼイパーに向かって跳び上がる。
「待って!」
「さすがに無理です! これ以上放置してたら何が起こるか――」
「違う! 死角を作らないで!」
「あ――」
天地がひっくり返る。ケイトはそう感じたが、直後にそれが完全なる間違いであることを思い知る。
「アガッ……!」
ケイトの脳が揺れ、視界がブレる。そして気づく、世界がひっくり返ったのではなく、ケイト自身が吹き飛ばされていたのだと。
ケイトはそのまま地面に激突する。全身に激痛が走り、起き上がることも難しい。
気力を振り絞り、ケイトがなんとか顔を上げると、その視線の先には全ての光を呑み込んだ漆黒の巨体が立ち尽くしていた。
「ピオ・ナルラ!」
デュロに無数の水弾が飛ぶ。しかし、次の瞬間にはデュロの姿は完全に消え去っており、水弾はあさっての方向へと飛んでいってしまう。
「ケイト!」
「ダメ!」
エティナの制止を聞かず、セスナはケイトに走り寄る。
それを待っていたかのように、セスナの背後にぬるりとデュロが現れる。
デュロは太い腕を振り上げ、セスナとケイトをまとめて潰そうと画策する。
「ジャマするな! ピオ・クレイア!」
セスナは振り返り、巨大な水の玉をデュロへと放つ。デュロはお構い無しに腕を振り下ろし、水の玉を容易く破裂させる。
しかし、セスナは既にその場からいなくなっており、デュロの攻撃は空振りに終わる。
「ピオ・シヴィオ!」
「ゼフォロ・シヴィオ!」
デュロの前後から同時に水と雷の槍が放たれるが、またもデュロはふと消える。
セスナはデュロの消失を確認し、急いでケイトに駆けつける。
「ケイト!」
「セスナ……」
セスナはケイトの上体を起こす。
「大丈夫?」
「ああ、大分痛みは引いてきた」
ケイトは右手を数度握っては開く。
そこへエティナも寄ってくる。ケイトはセスナに支えられながら立ち上がり、三人で固まって周囲を警戒する。
「一つ作戦があるんだけどいい?」
「なんですか?」
「セスナの魔法でゼイパーを攻撃して、私とケイトは二人でセスナをデュロから守るの」
「戦力的にもそれが妥当か……」
「じゃあそれでいきましょう!」
「「了解!」」
セスナが詠唱を始める。その瞬間、デュロが現れてセスナに狙いを定める。
「はああっ!」
ケイトが剣を振るう。
デュロは瞬間移動をして剣を避ける。そしてそのままセスナを踏みつけようとする。
「ゼフォロ・アルマ!」
キラキラと光るたくさんの小さな粒がデュロに向かって飛ぶ。
しかし、デュロはそれを見てすぐにその場から消えてしまう。
「くそっ! また消えやがった!」
「大丈夫! ちゃんと見張っておけば対処は難しく――」
「逃げて!!」
セスナの悲鳴にも近い絶叫が響き渡る。
数秒もしないうちに空から高速でいくつもの棘が降ってくる。
棘は木も草も、冒険者もモンスターも関係なく、あらゆるものを貫いていく。
「ピオ・シュア!」
セスナは途中で詠唱をやめ、広範囲に水のバリアを生み出す。
バリアによって棘は跳ね返されていくが、棘を受ける度に段々と歪んでいっている。
「ごめん間に合わなかった!」
「しゃーない!」
「5秒もたせて! その後は私が代わる!」
「分かった!」
エティナが詠唱を始める。デュロはもちろんその隙を逃さない。
エティナの背後に現れたデュロは両腕を高く振り上げる。
「てめぇの考えてることなんざ分かってんだよ!」
ケイトは剣を振り、デュロを追い払う。
時を同じくして、水のバリアが激しい棘の連撃によって破壊される。
「ゼフォロ・イリア!」
棘が再び惨劇を生み出そうとする寸前、超広範囲に雷の層が現れる。
棘は構わず雷を通過していこうとするが、その層に触れた瞬間に電撃が棘を駆け巡る。
それを嫌ったのか、ゼイパーは棘を繰り出すのを躊躇し始める。
「セスナは今のうちに魔法準備! ケイトは何がなんでもデュロを食い止めて!」
「「はい!」」
セスナが詠唱を始め、それに連動しているかのようにデュロが現れる。
「やらせねぇよ!」
ケイトは跳躍し、デュロを切る。しかし、それは残像であり、デュロはエティナのそばに瞬間移動して腕を振りかぶっている。
「あんまり得意じゃないんだけどね! ゼフォロ!」
エティナは雷の層を展開したまま小さな雷を放つ。
デュロは消えたかと思うとまたセスナのそばに現れて腕を振り上げる。
「攻撃が一辺倒だな」
ケイトはそれを見越して既にデュロの真後ろからデュロを切りつける。
デュロは一瞬にして消えてしまったが、ケイトの手には確かに物体を切った感触が残っていた。
「ピオ・シヴィオ」
セスナの周囲から何本もの水の槍が上空へ放たれる。
水の槍は雷の層を突き抜け、纏った電気で暗がりを照らしながら突き進んでいく。
ドォンと大きな炸裂音がして、エティナは雷の層を解除する。
「やったか……?」
「うわ、言わないで欲しかった」
「なんでよ!」
「待って! 二人とも見て!」
エティナに言われて二人が空を見上げると、そこには宙に浮いている無傷のゼイパーと、全ての攻撃を一身に受けたデュロが立っていた。
「なっ……!?」
「デュロがゼイパーを守った……?!」
「なんの理由があってそんなこと……」
「分からない。でも、今がデュロを討ち取るまたとないチャンスだ!」
エティナは手に雷を生成してデュロに投げつける。その軌道は、デュロが回避すればゼイパーに当たるようになっており、デュロはまたもや無防備に雷を受ける。
「やっぱりゼイパーを守ってるんだ! みんなでこのままゼイパーに向かって攻撃し続ければいつか――」
エティナが二人に振り返る。二人の顔は希望に満ちていた。しかし、そんなことはどうでもよくなった。
エティナは咄嗟に二人の腕を掴んで引っ張る。その勢いでケイトとセスナは前に倒れ込み、エティナは入れ替わるように二人の後ろに出る。
直後、激しい衝突音とともに地面が縦に強く揺れる。
揺れが収まり、二人は起き上がって後ろを見る。そして全てを理解した。
「な……あ……」
目の前で、2体のデュロがエティナを叩き潰していた。エティナはぴくりとも動かずに巨大な拳の下に這いつくばっていた。
「ふざ――」
ケイトが怒りのままに剣を振ろうとした瞬間、空から伸びた棘がケイトの脇腹を貫く。
「ぐ……ぁ……!」
「ケイト!!」
倒れ込むケイトをセスナが支える。
そこへ容赦なく3体のデュロの攻撃が降り注ぐ。
「ピオ・シュア!」
二人を囲い込むように展開された水のバリアは1秒も持たずに霧散する。
「くそっ……!」
地面が爆ぜる。




