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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
30/61

次の日

 ケイトは目を覚ます。知らない天井に一瞬戸惑うが、すぐにここがモコロの屋敷であることを思い出す。


「ふう、よく寝――痛たたたた! なんだ?! 全身が痛てぇ?! 筋肉痛か?!」


 ケイトは昨日の行動を思い起こすが、特段激しい運動をした記憶はない。


「昨日も起きたときベッドから落ちてたし、やっぱり俺、寝相悪いのかな……」


 ケイトはベッドから降りて伸びをする。全身がバキバキと鳴り、寝ている間にも体を動かしていたのではないかと疑うほどだ。


「うーん……もう朝……?」

「へ?」


 聞こえるはずのない声にケイトは振り返る。そこには上半身を起こして目をこすっているモコロがいた。


「あ、おはよー!」

「おはようじゃねぇよ! なんでいるんだよ!?」


 モコロはケイトの質問を聞き流し、ここではないどこかをぐるりと見回す。


「……やったんだ……!」

「やった?」

「いや、なんでもないよ」


 モコロは勢いよく立ち上がるとケイトの脇を通り過ぎ、ドアに手をかける。そして、ガチャリとドアを開けながらケイトの方へ振り返る。


「ありがとう、勇者さん」


 満開の笑顔が咲き誇る。そのピンクの外見が桜を想起させ、ケイトは懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。


 その後、モコロは前に向き直り、すぐに部屋を出ていく。ケイトはその行動の意味がわからず、数秒間硬直する。


「……まあ、なんか嬉しそうだったしいいか」


 ケイトは窓から外を見る。朝焼けが森の木々を縫うように空に横たわっている。



〜〜~〜〜~



 ケイトは身支度を終え、部屋から出る。すると、丁度隣の部屋からセスナが顔を出す。


 二人はバッチリと目が合ってしまい、その気まずさにすぐに目を逸らす。

 とはいえ、この場から離れても気まずくなってしまうため、二人は全く動けないでいた。


 謝らなきゃだけど、何て声をかけたら……


 時計の針が動く小さな音がうるさいくらいに耳の中を反響する。

 今すぐにでも逃げてしまいたい。そんな思いがケイトの頭の中に渦巻く。


 それなのに、なんで俺はこんなにも逃げたくないんだろう。全てを(なげう)ってここから走り去りたい気分なのに……俺の心が考えるのを止めるなと叫んでる……目の前に立ちはだかる障壁に、諦めずに立ち向かえと奮い立たせてくる……!


 ケイトはその心に後押しされてセスナを見やる。

 しっかりとセスナの顔を見たのはいつぶりだろうか。表情からは極度の気まずさが容易に見て取れる。


「せ、セスナ……!」

「え、な、何……?」


 相も変わらず、二人の間には重たい空気が滞留している。

 ケイトはそんな空気を振り払うように言葉を振るう。


「――ありがとう」


 沈黙が流れる。何の脈絡もない感謝の言葉に、発した本人であるケイトも戸惑いを隠せない。


 実際、ケイトがなぜ感謝の意を示したのかは自分でも理解できていなかった。しかし、この言葉がケイトの心からのものであることは紛れもない事実である。


「……プッ! なにそれ!」


 セスナが思わず吹き出す。ケイトの心には笑われたことへの羞恥心が込み上げてくるが、それよりも、笑ってくれた嬉しさの方が遥かに大きかった。


「なんで自分からありがとうって言いながらそんな顔してんの! おかしすぎて涙出てきそう!」

「おいそんな笑うなよ! ちょっと恥ずかしくなってきただろ……」


 セスナが涙を拭い、呼吸を整える。


「ふぅ……どういたしましてっ!」


 セスナがニコッと笑う。久しぶりに見たセスナの笑顔は、どんなものよりも温かくケイトを包み込んだ。


「ケンカは終わりにしよ。なんかアホらしくなっちゃった」

「別に俺から始めたわけじゃないけど……」

「細かいことは気にしなーい! 行こ! 私、お腹空いた!」

「あ、おい!」


 セスナが先陣を切って歩き始める。

 ケイトはなんとも言えぬ気持ちになったが、口の端を僅かに上げながらセスナについて行く。



〜〜~〜〜~



 二人は朝食をご馳走してもらった後、里を出るために入口まで戻ってきた。

 そこには、二人を見送るために里の住人が総出でやってきていた。


「勇者様、この度はこのような辺境の地にお越しくださり、ありがとうございました。またいつでも寄ってくだされば、丁重におもてなしさせていただきます」

「こちらこそありがとうございました! 料理も美味しかったし、皆さん優しい方でとても楽しかったです!」


 里の人々を騙している心苦しさは奥底に押し込め、ケイトは取り繕った笑顔で対応する。


「じゃあ私は二人を送ってくるから!」

「任せたぞモコロ」


 人に擬態したモコロが二人の背中に手を置く。


「それでは勇者様、お元気で」

「皆さんもお元気で!」


 ケイトは手を振りながら、モコロに押されて木々の間を通る。すると、さっきまであった里は見えなくなり、暗い森の中に立っていた。


「それじゃあ森の出口まで案内するね」

「その前に、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「うん?」


 セスナは鋭い視線をモコロに向ける。


「あなたの目的は何? ずっとはぐらかしてたけど、結局最後まで教えてくれなかった」

「そういえば……。すぐに分かるとか言ってたけど、全然検討もつかないんだけど」

「ああ! それならもう終わったよ」

「「はぁ!?」」


 予想外の答えに二人は驚愕する。モコロは嬉しそうな笑顔を二人に向けている。


「正直なこと言うと、私もよく分かってないんだよね」

「よく分かってないってどういうこと? 何かの明確な目的があって私たちをあそこに呼んだんじゃないの?」

「目的はあったよ。でも、目的はもう達成されたから」


 ケイトとセスナは混乱する。よく分からない目的が達成されるという不可解な状況に、なにか大切なことを忘れているのではないかと勘繰る。


「とにかく、もう終わったことだから気にしないで! それよりも、二人が仲直りできて良かったよ!」


 モコロが二人のことをじっと見つめる。


「ふーん、まだ言ってないんだ」

「言ってない?」

「そうそう! セスナさんはケイトさんのことが――」

「うるさーい! それ以上喋ったら無理やりにでもそのおしゃべりな口を塞ぐよ!」

「きゃーこわーい! 助けてケイトさーん!」


 モコロがわざとらしく胸を押し付けながらケイトにくっつく。


「なにしてんのケイト!」

「俺!?」

「今日という今日は許さないんだから!」

「いや俺は悪くないだろおおおお!」


 薄暗い森の中でいくつもの水の玉が弾け、綺麗な虹がかかる。

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