第一異世界人は金髪美少女
「私はエティナ・テルニム。あなたの名前は?」
エティナの凛とした声が啓人の鼓膜を刺激する。それはまさに極楽とでも呼ぶべきものだと啓人の心が主張する。
そんなことしてる場合じゃねぇ!
そこで啓人は我に返り、質問に答えなければと焦り出す。
慌てて立ち上がって姿勢を正すと、エティナは啓人よりも少し小さく、見下ろす形になってしまった。しかし、そこまで考える余裕は啓人には無い。
「お、俺は鳴橋啓人……です……!」
「ナルハシ・ケイトね」
「啓人が名前で、鳴橋が苗字です」
「なるほど。ケイト! いい名前ね!」
「あ、ありがとうございます……!」
エティナはガチガチに固まっているケイトのスライムに塗れた手をとる。ケイトは驚きすぎて体が全く動かない。
その状態のままエティナが指笛を吹くと、脚が6本ある馬のような生き物が颯爽と走ってきて、エティナの目の前で静止する。
「この辺はさっきみたいにイダクシシルがたくさんいて危ないから、一旦近くの村まで連れていくよ」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
イダクシシルとは、恐らくさっきの巨大なスライムのことだろう。
ケイトは近くに人がいて良かったと心から安心する。
目の前の馬(仮)が地面に伏せ、その上にエティナがケイトを引き連れて乗る。馬(仮)はすぐに立ち上がり、急加速して走り始める。
風を切る音と大地を踏み鳴らす音が混ざり合い、耳に残る心地好い音楽を奏でる。
「そういえば、なんであんな危ないところにいたの? 見たことない服装だし、旅の人?」
「あ……えーっと……そんな感じです」
ケイトはどこまで話すべきなのか迷ったが、異世界転移してきた人がどんな扱いを受けるのか分からなかったために、微妙な反応を返してしまう。
エティナはその反応からケイトの複雑な事情があると考えたのか、それ以上は追求しなかった。
「じゃあどこから来たの?」
「えっと、東の方……です」
「東? アトラス王国のあたり?」
「あー……その辺です」
もちろんケイトはアトラス王国など知らない。ただ適当にそれらしい回答をしているだけだ。
「そんなとこから来たの! 見たところ歩きっぽいし、数ヶ月くらいかかったんじゃない?」
「え!? ……は、はい、そうですね……」
思ったよりも遠いところから来たことになってしまい、ケイトは冷や汗をかく。
しかし、エティナはケイトの動揺には気づかず、ただ驚いているだけのように見える。
危ねぇー……。とりあえず、話しても大丈夫だと分かるまでは異世界から来たっていうのは隠しておくことにしよう。
――一時間ほど馬(仮)に揺られ、日が少しずつ傾いてきた。
変わらず馬(仮)に揺られていると、前方に小さく村のようなものが見えてきた。
「着いたよ」
馬(仮)はスピードを緩め、村の手前で停止する。そしてケイトたちを乗せた時のように身をかがめ、二人を降ろす。
降りたことを確認すると、また颯爽とどこかへ走り去って行ってしまう。
それを見送ると、エティナはケイトの方を振り向く。
「さてと、これからどうする? ケイトはどこに行きたいとかあるの?」
「いや、まだ何も決まってなくて。というか、そもそもここがどこなのかも分かってなくて……」
「そうだったの! ここはメリス王国の辺境だね。分かる? アトラスの南西の」
「ま、まあ、なんとなく?」
エティナがバッグの中を漁り、折りたたまれた紙のようなものを取り出して広げる。
それはこの世界の地図のようだ。地図には3つの大陸があり、リタング大陸、ルトス大陸、魔大陸と書かれている。
「えっと……この辺がアトラス王国で、私たちがいるのがこのニエレ村っていうところ」
エティナがリタング大陸の東北と西側のあたりを順番に指さし、理解しているか確認するためにケイトの方を向く。
それに対し、ケイトは大きく頷いて理解したことを示す。
「て、テルニムさんは――」
「エティナでいいよ」
「え、エティナさんはこれからどこに……?」
「私はこれから、このさらに西にある、王都ケルクに行くつもり」
エティナは地図上で指を左に滑らせていき、ケルクと書かれた大きな街で指を止める。
「この後の予定がないっていうなら、とりあえず一緒に来る?」
「お邪魔でなければぜひ!」
「分かった。でも今日中には無理だから、明日出発しよう」
「はい!」
エティナが何かを考えながら、ケイトのことをジロジロと見回す。
「ど、どうしました……?」
「いや、とりあえず新しい服が必要かもと思って」
「え? ああ……」
運命の人とあまりに衝撃的な出会いをしたために忘れていたが、現在のケイトはスライムの液体でビショビショである。
「ずっとそのままなのも気持ち悪いでしょ。まずは服屋さんを探そう!」
「はい!」
二人は歩いて村の中に入る。村には石レンガ造りの家屋が立ち並んでいる。
店などもいくつかあり、意外と充実しているように思われる。
村の中ではオレンジ色の空の下、子どもたちが元気に走り回り、楽しそうに遊んでいる。
それを見ていると異世界に来た不安も忘れ、ケイトの顔も思わず緩む。
「あ! あった!」
エティナが嬉しそうな顔で指をさす。見ると、そこには「武器防具屋」という看板のかけられた建物があった。
疑っていたわけではないが、ここが異世界であるということをまざまざと見せつけられると、嬉しいような寂しいような気持ちになってくる。
そんなケイトの気持ちなどつゆ知らず、エティナは店が閉まるのを心配して小走りで武器防具屋に近づいていく。
「すみませーん!」
「らっしゃい!」
エティナが元気よく店の中に入り、ケイトも続けておずおずと入っていく。店主はガタイがよく、強面だが気のよさそうな笑顔を浮かべている。
店の中はその名の通り、武器と防具がたくさん置かれており、その他にも包丁やハサミ、布の服やローブなどの生活用品も売っている。
「ケイト、お金持ってる?」
「え、あ……」
ケイトはあらゆるポケットの中を探るが、見つかったのは先程スライムが落とした水色の球だけだった。
「え、えっと……」
「いいよ、私が出すから」
神……いや、女神か……?
さすがに口に出すのははばかられたので、ケイトはつい出そうになった言葉をぐっと飲み込む。
「すみません。シャワーを貸していただくことってできますか?」
「いいぜ。案内するよ」
「あ、ありがとうございます」
店主がカウンターを開く。ケイトがカウンターに入ると、店主は「こっちだ」と後ろにあるドアを開ける。そのままケイトは店主について店の奥へ行く。
「見たことのねぇ服装だが、あんたも冒険者か?」
「い、いえ……」
この世界には冒険者なるものが存在しているらしい。
ケイトは、世界中を冒険して多くの人を助けたり、強いモンスターや魔王と戦ってチヤホヤされる自分の姿を想像し、それが現実となり得ることに気がついて思わずにやける。
「じゃあ旅人ってことか。このご時世に物好きなこった」
「このご時世? 何か起きてるんですか?」
「知らねぇのか?!」
店主は驚愕したような顔を見せる。それほどまでの何かがこの世界に起きているのだろう。
店主は咳払いをし、喉の調子を整える。
「最近魔物が活発化してるのは、あんたも旅してきて気づいてるだろ? その裏で魔族が絡んできてんじゃねぇかってウワサが広まってんだよ。そのせいで、世界が滅亡するってんで犯罪起こしたり、うさんくせぇ宗教にハマったりするやつが世界中で続出してんだよ」
「なるほど」
大変な時にこの世界に来たみたいだとケイトは少し怖くなる。
店主の顔を横目でふと見ると、呆れたような、疲れたような、複雑な表情をしている。
「色んな冒険者ギルドが調査中だって言ってるんだが、治安は悪くなる一方だ。ほんと、生きづれぇ世の中になっちまったもんだ」
店主は「はぁ」とため息をつく。仕草の端々からその大変さがひしひしと伝わってくる。
力になりたいという気持ちはあるが、スライムごときに手こずるようじゃ無理だろう。
そう考えてるうちに浴室に着く。ケイトは店主に軽くお礼を言って、シャワーを浴びる。
浴室から出たケイトは、店主が用意してくれたのであろうタオルで体を拭き、置いてあった麻の服のようなものに着替える。それは見た目の割には着心地がよい。
「ちゃんとお礼言わなきゃな。店主さんにも、エティナさんにも」
ケイトは来た道を戻っていく。
ドアを開けてカウンターに出ると、エティナと店主が話しているのが目に入る。
「あ、戻ってきた!」
エティナがカウンターから出たケイトに花のような笑顔を咲かせて寄ってくる。
ぐっ……! 女性との関わりが一切なかった俺には刺激が強すぎる……!
ケイトは唇を噛んで、何とか顔面の暴力に耐える。
「ちょっとこれ着てみて」
エティナがケイトに何かを差し出す。ケイトはそれを受け取ると、抵抗する間もなくエティナによって試着室へと背中を押されていく。
「――着た?」
「は、はい」
ケイトの反応を聞き、エティナが試着室のカーテンを勢いよく開ける。
それはエティナのものとよく似たローブだった。重さはほとんど感じず、暑くも寒くもない、ちょうどよい温かさである。
「服は店長さんがあげるって言ってたから、私はローブを選んでみたの。どう?」
「めちゃくちゃ快適です! ありがとうございます!」
エティナは照れくさそうに笑う。店主もそれを見て豪快に笑っている。
「一応、魔法耐性がついてるやつを選んだから、低位の魔物の攻撃とかは効かないようになってるよ」
「え! いいんですか、そんな高そうなの」
「気にしないで! 私からのプレゼント!」
エティナの笑顔がケイトを灼く。さっきまでは死にたくないとみっともなく喚いていたケイトだったが、今なら死んでも後悔はないとすら思ってしまっている。
「そろそろ宿に行こう! もう暗くなってきたし」
窓から外を見ると既に日は沈み、月が高く輝いていた。この世界の一日は少し早いのだろうか。
エティナは店の出口に行ったかと思うと、ドアに手をかけると振り返り、ケイトに笑顔で手招きをする。
かわいすぎんだろ……!
ケイトは逆に怒りたくなる気持ちを抑え、店主にお礼を言ってエティナと共に店を出る。
澄んだ夜空には、数え切れないほどの星々がケイトのことを祝福するように光り輝いていた。
「明日は昼前くらいに出ようと思うから、それまでに準備しておいてね」
「はい、わかりまし――」
ケイトは前から歩いてきた何者かと肩がぶつかる。
「あ、す、すみません!」
「大丈夫です。暗いので気をつけましょうね」
声からして恐らく男性だが、彼はフードを深く被っており、暗いこともあってその顔を見ることは叶わなかった。
男は軽く頭を下げるとすぐに歩いて行ってしまう。
ケイトもそこまで気にすることはなく、再び色とりどりの星の下を歩き始める。
〜〜~〜〜~
フードの男は明かりの消えた武器防具屋の前で立ち止まる。
それに気づいた店主が男に近づいていく。
「あんちゃん、すまねぇが今日はもう店仕舞いなんだ」
店主は申し訳なさそうな顔で男に謝る。
男はそれを受けて不気味な笑みを浮かべる。
「いいえ、謝る必要はありません。あなたはあなたの仕事を全うしたということですから」
「そ、そうか、そりゃどうも――」
男の腕が店主の腹を貫通する。
月明かりに照らされた鮮血がパタタと地面に模様を描く。
「ガハッ……!」
「安らかに、そして誇らしく眠りなさい。あなたがたの死は歴史的瞬間として、この世界に永遠に刻まれるのです」
男は腕を引き抜き、支えを失った店主が地面に倒れ込む。
大量の血液が川のようになり、低所へ向かって流れ進む。
男が血の付いた腕に何かを纏わせると、腕に付着していた店主の血がきれいさっぱり消える。
そして、男は店主のことなど忘れたように、鼻歌でも歌い出しそうな表情で月を仰ぎ見る。
「まずは仕事をこなしましょうか」
男はフードを脱ぐ。肩ほどまである深い藍色の髪が風に揺れる。肌は具合の悪そうな紫色で、漆黒の眼球と純白の瞳がその異質さをさらに引き立てる。
男は笑顔で月を見つめている。
その表情は嬉しそうではあるものの、どこか儚げだ。
「……さて、太陽を堕とすとしましょう」
男は背中の翼を広げ、闇を飛翔する。