決意の一撃
拳と黒雷が衝突する。その衝撃に世界は悲鳴をあげ、空間が霧散して消えていく。
「砕けろ」
黒雷がケイトに降り注ぐ。ケイトはすぐさま後ろに跳んでなんとか回避する。
「千切れろ」
黒雷がケイトの体を撫でる。ケイトの体はザックリと切れ、大量に出血する。
「拉げろ」
黒雷がケイトを押し潰す。ケイトは血を吐き、為す術なく地面に蹲る。
「ピオ・アイア!」
「空貫!」
水の爆弾と遠隔の掌底により、ケイトの上から黒雷がどけられる。ケイトはその隙に抜け出し、セスナとモコロの元へと下がる。
「もう動かないで! これ以上動いたら――」
「動かなくたってすぐに死ぬさ」
「でも……」
「大丈夫だ……。その前にあいつを倒す」
ケイトはザラを見やる。ザラは暴走し、完全に自我を失ってしまっているようだ。世界を消滅させうるほどのエネルギーをもった黒雷を辺りに撒き散らし、空間を散り散りに引き裂いている。
「セスナ、もう一回あれできるか?」
「……魔力がすっからかんだから結構時間かかる」
「どのくらい?」
「5分かそれ以上」
「わかった」
ケイトは歩き始める。セスナは引き止めようとしたが、その背中に宿る覚悟を見て何も言えなくなった。
「おいザラ、聞こえてるか?」
「我は……我は……!」
「世界を征服する、か? 残念だが、それは無理だ」
「なん……だと……?」
巨大な赤い瞳がケイトを見下す。その圧力で世界がミシミシと鳴り、今にも砕けそうになっている。そんな中でもケイトは冷静で、ザラをじっと見上げている。
「我は……我は強大な力を手にした……! 腕を振るうだけで、目を向けるだけで、思い浮かべるだけで世界を滅ぼせるほどの圧倒的な力を……! 我は此よりこの世界から脱し、現実を我が手中に収めるのだ……! 夢などでは無い、真の現実を……!」
暗黒の天が割れ、光が漏れ出すと共に黒雷が鳴り響く。その光の先が現実であるとは、ケイトは到底思えなかった。
「……哀しいな。覚めることの無い夢に囚われ、現実を知ることなく死んでいくのか……。お前の一生には同情してやるよ。でも、同調はできねぇ」
怒りと悲しみを同時に湛えながら、ケイトはザラに向けて拳を構える。
「俺が引導を渡してやるよ。この拳は俺からの罰であり、救済だ」
「我は死なぬ、我は世界を手に入れる、我は全てを蹂躙する……我は貴様の死を望む」
無数の黒雷が嘶き、ケイトに襲いかかっていく。
ケイトは地面を蹴る。蹴られた地面が爆発し、世界が激しく振動する。
「潰えろ」
黒雷がケイトに降り注ぐ。
ケイトは速度を上げ、黒雷が降り注ぐよりも速くザラへと走る。
「挫けろ」
黒雷がケイトの前方から水平に走ってくる。
ケイトは縦横無尽に飛び回り、速度を緩めずに走り続ける。
「諦めろ」
黒雷が天を覆い尽くし、巨大質量の物体となってケイトに落ちる。
ケイトはそれが落ちるより早くザラを倒そうとするが、ザラの周りに黒雷のバリアが張られており、どう足掻いても間に合わないことを察する。
「絶望を抱えて死ね」
黒雷の塊が落ちる。
ケイトは両手でそれを受け止めるが、全ての力を振り絞った抵抗もむなしく、黒雷塊の超重量にずんずんと押されていく。そのまま潰れてしまうのも時間の問題だろう。
「させない! 壊星ッ!!」
モコロが黒雷塊に拳を叩き込む。黒雷塊はほんの僅かに歪み、エネルギーの流れが乱れたことで爆発して自壊する。
「助かった……!」
「お礼は終わってからにして!」
黒雷が降り注ぐ。二人は左右に跳んで避ける。
「何故だ! 何故死なない! 我を矮小な虫螻一匹も踏み潰せない木偶の坊とでも嘲る心算か! 巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな! 我は覇王である! 我に殺せぬ者など存在しない!」
黒雷がさらに大きく唸る。世界はいつ壊れてしまってもおかしくないほどに歪み、あちこちから光が差し込んでいる。
思ったより世界の崩壊が速い。これならあいつを倒さなくても……。
そこまで考えて、ケイトは弱気になっていた自分に気づく。
「クソッ!」
ケイトは両頬を強く平手打ちする。頬がジンジンと痛む。
「何が倒さなくても、だ。俺はあいつを、ザラを倒すって決めてんだよ!! 時間切れで勝ったところで俺の……みんなの怒りは収まらねぇ!!」
額から流れる血が目に入り、視界は赤くぼやける。体力はほとんど底を尽き、立っているのが不思議なくらいだ。
「だから何だ! 前が見えなくなっても! 手足が吹き飛んでも! ここで命尽きたとしても! 俺は絶対に諦めねぇ!」
ケイトは咆哮する。世界の崩壊の音にも負けないほどに大きく叫ぶ。
「俺は絶対にてめぇをぶっ倒す!! それが俺の折れることのない決意だ!!」
ケイトは地面を踏み砕きながら駆ける。
「消えろ……!」
黒雷の波状攻撃が押し寄せてくる。ケイトは黒雷を躱し、振り払い、突き抜けながら進む。
「消えろ……!」
黒雷の壁がなだれ込んでくる。ケイトは全て打ち砕きながら進む。
「消えろおおおおお!!」
超高密度の黒雷の塊が降り注ぐ。破壊どころか押しとどめることすら不可能に近い、神の領域に踏み込んだ一撃がケイトを押し潰す――
「水魔法シンメイ流奥義・ナミキリ」
空が晴れる――否、闇が切り裂かれる。
神域の黒雷塊だけでなく、夢の世界を形作っていた闇すらもが因果を押し付ける水の刃によって両断された。
世界の裂け目から多量の光が押し寄せ、暗黒を明るく照らし上げる。
「嘘だ……我の世界が――」
「夢じゃねぇぞ、これが現実だ」
ケイトがザラの懐に入り込む。ザラは絶叫しながら黒雷を乱射するが、ケイトには全く効かない。
「痛くねぇ……。完全に心が折れたようだな」
「そ、そんな……! 我は……我は……!!」
「お前の負けだよ、ザラ。俺の意志の強さの方がちょっとばかり上だったみたいだ」
「嫌だ……! 嫌だああああああああ!!」
ザラの鎧が弾け、ケイトを囲い込む。深紅の鎧の檻は空間を擂り潰しながら縮小していく。
「死にたくない消えたくない殺されたくない苦しみたくない生きていたい存在していたいお前が死ねお前が死ねお前が死ねお前が死ね死ね死ね死ね死ね――」
「隕天」
天高くから降ってきたモコロの拳がザラに直撃する。その破壊の一撃によってザラは地面に激しく打ち付けられ、暗黒の地面が剥がれて光が漏れ出す。
「糞が! 我を地に伏せるなど神でさえ赦されぬ愚行であるぞ!!」
「そうか。じゃあぶっ飛ばしたらどうなるんだ?」
「ハッ!?」
一瞬にして鎧の檻から脱出したケイトがザラの眼前で拳を引いている。
その目には並々ならぬ決意が漲っていた。
「止めろ……! 止めろ止めろ止めろ! 我を弑す権利など何処にも在りはしないのだ!!」
「権利だと? 違うな。これは使命だ」
ケイトを中心に空間が歪む。ザラは逃げようとするが、体が動かない。
「人々を絶望させ、嘲笑い、無惨に殺してきたお前を――」
ケイトは拳を打ち出す。
「お前の行為の犠牲になった全ての人のために――」
拳が真っ赤に燃え上がる。
「俺は、今ここでお前をぶっ倒す!!」
拳がザラの巨大な赤い瞳に激突する。拳はずんずんと押し込まれていき、ザラの体が罅割れていく。
「止めろおおおおおお!!」
黒雷がケイトを打ち付けようとするが、ケイトの放った一撃から溢れ出るエネルギーに耐えきれず霧散する。
「そんな筈が無い……! そんな筈が無いのだああああああ!!」
黒雷が束になってザラの体を包み込む。そしてケイトの拳に纏わりついたかと思うと、尋常でない強さでケイトの拳を押し返してくる。
強すぎる……! 俺の全力の拳が簡単に押し返される……! 押し返されたところで俺が死ぬことはないし、世界が崩壊する運命は変わらない……だけど……!
その意思に反して、ケイトは黒雷によってじわじわと後退させられていく。
「――負けるな! ケイト!!」
声が聞こえた。世界の崩壊による轟音の中、その声は決して聞こえるようなものではなかった。しかし、ケイトの心にはその声が確かに届いたのだった。
「う……ああああ……!」
「なん……だと……?!」
ケイトの後退が止まる。それどころかゆっくりと、着実に前進している。
ザラは驚いた声を上げながら黒雷で応戦するが、ケイトはそれでも前進し続ける。
「く、来るな!! 我に近づくな!!」
「そいつは無理な相談だ――」
ケイトの拳が再びザラの赤い瞳に到達する。ザラの怯えた声に、ケイトはなんとも言えない笑顔で返す。
「守らなきゃいけないものが多いもんでね」
「止めろ……! 止めて――」
ケイトの拳が振り抜かれ、ザラの体は完全に砕け散る。
同時、夢の空間が捻れ、弾け、その形を保てなくなっていく。
空間を覆っていた闇は徐々に剥がれ、世界を光が埋め尽くしていく。
やがて全ての闇が消え去り、世界は終焉を迎える。




