生存闘争
暗闇の中、ケイトたち三人は背中を向き合わせて周囲を警戒する。
「二人には教えておく! ザラは人の絶望を餌にして成長するの!」
「絶望を餌に……。だからしつこく俺たちに現実を突きつけるようなマネをしてたのか」
ケイトはザラの今までの行動に納得する。
「そして、人に絶望を植え付けることもできる。絶望を植え付けられた人は闇が体中を支配して、ザラの操り人形になってしまう」
「なるほど。あの姿はそういう」
ケイトは今までに出会った黒い姿の人影のことを思い出す。ケイトの心に怒りが膨れ上がっていく。
「お父さんたちは植え付けられた絶望から逃れるために……」
「それ以上は言わなくていい。みんなのためにも、俺たちは絶対にザラを倒すんだ!」
「うん!」
三人は覚悟を固め、ザラの行動を窺う。
「本当に……本当に最悪なことを為出かしてくれたな」
どこからともなくザラの声が聞こえてきたかと思うと、ケイトの目の前に黒い紐でできた輪のようなものがふわふわと飛んでくる。
「お前がザラの本体か?」
「そうとも言えるが、そうでないとも言える。此は夢と闇世界を繋ぐ思考の穴だ」
「思考の穴?」
「……いいだろう、教えてやる」
輪はその場に滞空し、ゆっくりと回転し始める。
「我は独立した思考だ。貴様らの世界の誰も我に干渉することは出来ない。文字通り、次元が違うのだ。つまり、貴様らが直接我を討滅することは不可能だということだ」
ザラの口調は至って冷静で、その目的を推測することは困難である。
「だが、我は違う。我は此の穴を通して貴様らを夢の中から此の世界へ落下させることが可能なのだ」
輪がその内側をケイトたちに向ける。そこには何も無い。光も闇も、何もかも。
「何のためにそんなことをするんだ」
「何の為だと? 笑わせるな。絶望こそが我が糧だと、今し方其処な女から聞いただろう」
ザラの冷笑が不気味に響く。
「食料を確保する為に罠を使うというのは貴様らにとって其れ程卑怯なことか? それに、我が食料となった者共は皆現実では死んでいないのだぞ」
「てめぇが苦しめてることには変わりねぇだろ」
「貴様らとて家畜を屠殺しているであろう」
「人を家畜として扱うのが許せねぇって言ってんだ!」
ケイトの怒号に、ザラは大きなため息を響かせる。
「此だから人という生物は……。自分らを中心に世界が回っているなどという考えは浅はかと知れ」
輪の回転が速くなっていき、それに伴って半径が大きくなっていく。
黒い雷が穴から出でて、世界を舐め回すように這いずり回る。
「言った通り、此は我だけが操れる思考の穴だ。つまり、思考そのものである我は自由にこの世界に生命を産み落とせるのだよ」
直径10メートルにも及びそうなほど巨大化した輪の中から、黒い雷と共に黒い影が現れてくる。
「じわじわと恐怖を与えるのは止めだ。我が食事に混ざる異物は即刻、全霊を以て排除する」
高さ20メートル以上はある巨大な黒い影が顕現する。影は三面六臂の異形の姿をしており、その顔に口はなく、赤く光る双眸がケイトたちを静かに見下す。
全身は赤黒い鎧に覆われ、至る所に黒い輪のデザインが施されている。
6本の手にはそれぞれ巨大な漆黒の剣、斧、鎌、鋸、槍、三叉を持ち、一切の光を反射しないその様子は、まるでブラックホールがそこに存在しているようである。
「貴様らに朗報だ。此は我が力の全てを注ぎ込んだ最高傑作である。従って、此を破壊すれば我も消え去るであろう」
「そんな大事なこと、教えて良かったのか?」
「何れにせよ未来は二つに一つ、貴様らの死か我の死かだ。なればこそ、公平な戦いを心がけたいであろう?」
「嘘つけ。このデカブツを倒さなきゃいけないって言って絶望させるつもりだったんだろ」
「多少はな。期待はしていなかった」
巨体が動き始める。しかし、ケイトはそれに絶望するどころか、むしろ吹き出してしまう。
「ハッ、哀れだな」
「何?」
ザラの声のトーンが低くなり、露骨に不愉快を示している。ケイトは気にせず話を続ける。
「お前の目的は俺たちの絶望を食らうことだった。最初はそれこそうまくいってたが、今ではこの通り俺もモコロさんも絶望を乗り越えちまった」
ケイトはニヤニヤと笑う。
「その上、エネルギー源にしてた獣人の人たちもみんないなくなって、お前はエネルギーが枯渇する前に俺たちを殺さなきゃいけなくなった」
「ならば何だ。其の何処が哀れだと言うのだ」
「違ぇよ」
ケイトはニヤついたままザラの操る巨体を指さす。
「本当は死ぬのが怖ぇだけなんだろ」
「は――」
静寂が訪れる。その数瞬後、世界を包む闇が巨体を中心に揺らぎ始める。それは正しくザラの怒りの現出だろう。
「思考だとかなんとか言ってたけど、本質はそこじゃねぇ。消え去るってことはお前にも死は存在してるわけだ」
「五月蝿い」
「人々を絶望させるのを食事って言ってるのも合点がいく。食事をしなかったら死んでしまうってことだ」
「五月蝿い」
「俺たちがもう絶望しないって分かってても試すのは、生き残るための僅かな可能性に賭けてたからだ」
「五月蝿い」
「結局お前も俺たちと同じで、死にたくないだけなんだ。散々俺たちを見下してたのも、俺たちと同じであることを認めたくなかっただけなんだろ」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!」
ザラが初めて声を荒らげる。それはケイトの考察が図星であることの証明に他ならなかった。
「我は貴様らとは違う! 貴様らより上位の存在なのだ! 人間なんぞと同列に語るではない!!」
ザラの果てしない怒りが世界にヒビを入れていく。ヒビからは黒い雷が這いずり出でて、世界の終焉を物語っている。
そんな状況でも冷静に、ケイトはザラを見つめる。
「いいや、同じだね。お前は死を恐れ、生きるために必死にもがき続ける、人間くさいやつだ。いい加減、現実を見たらどうだ?」
ケイトはザラに嘲笑を向けて挑発する。
「何が悪い……生きようと藻掻くことの何が悪い! 死から逃れようと足掻くことの何が悪い!」
「悪いなんて言ってねぇよ。だが……」
ケイトは怒りを露わにして巨体を睨みつける。
「俺は人間として、お前の行為を見過ごすことは絶対にできない!」
ケイトは決意の眼差しをザラに向けながら叫ぶ。
「良いだろう! 我と貴様ら、何方が生きるに相応しいか、今ここで決しよう!!」
「行くぞ! 俺たちの生存闘争だ!!」
戦いの始まりを告げるように黒雷が鳴り響いた。




