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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
26/58

もうひとつの戦い

 ケイトはザラに向けて走る。それを確認したザラは4腕それぞれで三叉を振り回す。


「見えてんだよ!」


 ケイトは速度を緩めずにザラに接近していき、三叉の連撃を紙一重で避けていく。そうしてザラの間近まで迫り、その胴体を殴り飛ばす。


「織り込み済みだ」


 別のザラがケイトの背後から三叉を振り下ろす。回避は間に合わない。ケイトは体を回転させてザラの方へ向け、前方に腕をクロスさせることで対処を図る。


「ピオ・デレーソ!」


 セスナが水の刃を放ち、ザラの腕が鎧ごと切れる。

 腕は三叉ごと遠心力で見当違いな方向へ飛んでいき、ザラが戸惑っている隙にケイトは地面を蹴ってザラに体当たりをする。


「ゼオ」

「なっ!?」


 ザラの体が光り始める。ケイトはザラから急いで離れる。直後、ザラが半径数十メートルにも及ぶ大爆発をする。それにケイトは為す術なく吹き飛ばされる。


「ぐっ……」

「ゼゲルニコ」


 吹き飛ぶケイトの上からザラが闇で巨大化した4本の三叉を打ち下ろす。

 ケイトはその攻撃をなんとか腕で受け止めるが、地面に激突して広範囲の地面が砕ける。


 ザラはさらなる追撃のために、巨大な三叉を振り上げながらケイトの傍に降り立つ。


「調子乗んなよ!」


 ケイトは右腕を地面に叩きつけてザラの上まで飛び上がる。ザラはそれを見て瞬時に打ち下ろしから薙ぎ払いに変更する。


 ケイトは飛び上がった姿勢のまま右拳を握り締め、空を蹴って薙ぎ払いを避けながらザラを地面に殴りつける。


 拳を振り抜いた隙だらけのケイトに向けて四方から無数の三叉が投げられる。三叉は一瞬にしてケイトの目と鼻の先まで迫り、ケイトに対処の暇を与えない。


「ピオ・シュア!」


 ケイトを囲うように水のバリアが展開され、三叉を全て弾く。


「ケイト!」

「ああ!」


 ケイトとセスナは駆け回り、無手となったザラたちを全て消し去る。


「成程。この程度の分身では時間稼ぎにしかならぬか」


 どこかからザラの声が響いてくる。


「分かったなら出て来いよ。直接ぶっ飛ばしてやるから!」

「勘違いしているようだな。我は貴様らが殺せるのならばどれだけ時間がかかっても良いのだ。故に、我が貴様らの前に姿を曝すことは無い」

「それならこの世界ごとぶっ壊す!」

「それも不可能な話だ。先の真紅の一撃による空間の傷害でさえ世界の修復能力を遥かに下回っていた。貴様にはあれ以上の一撃を放つほどの力があるのか?」


 ザラの問答にケイトは黙り込む。ケイトの悔しそうな様子に、ザラは満足そうに笑い声を発する。


「話は終わりだ。体力を回復されては面倒――」


 ザラの発言が途切れる。ケイトとセスナが戸惑っていると、背後から何者かの足音が聞えてくる。二人が振り返ると、そこにはモコロがいた。


「あなた、何しに来たの」


 セスナがモコロの前に立ちはだかり、険しい顔で睨みつける。


「私は――」



〜〜~〜〜~



 モコロは地面にへたり込んでいた。

 ケイトの殺害が失敗に終わった後、巻き起こった爆発によって吹き飛ばされたのだった。


 隣で倒れていたケイトは立ち上がり、セスナの加勢に向かった。しかし、モコロには何をする気力も湧かず、ただ呆然と二人の戦う様子を見ていた。


「……逃げよう」


 モコロはふと立ち上がり、その場をそそくさと離れる。


「ザラとの取り引きでみんなは無事なはず。あとは朝まで隠れてれば二人は帰るから、里からあいつはいなくなる。大丈夫、大丈夫、大丈夫……」


 掻き立てられる罪悪感を拭い去るように、モコロは何度も自分に言い聞かせながら戦いの場から走って離れていく。


 1、2分ほど走ったところで、モコロは足がもつれて転んでしまう。立ち上がろうとしても脚が震えて思い通りに動かない。


「震えが止まらない……。あいつが怖いの……? それとも……いや……。朝まで持ちこたえれば全部忘れられる。苦しかった記憶も、辛かった記憶も全部、全部無かったことになる」


 モコロは後ろを振り向く。もう既にケイトたちの戦っている影は見えなくなっていた。モコロはその事に安堵し、呼吸を落ち着けて地面に寝転がる。


「私は悪くない。悪いのはザラ。私にはああするしか無かった。他に選択肢は無かった。あれがみんなを助けるための最善の手段だった。私は悪くない」


 その時、モコロの耳に微かに何者かの声が聞こえた。

 モコロは耳を塞ぎたくなった。しかし、それがケイトたちの声でないことに気づくと、起き上がってその方向を確認する。


「あっちだ……。この世界にいるのは彼らと里のみんなだけ。……行こう」


 モコロは立ち上がる。脚はまだ震えているが、なんとか歩けるまでにはなった。モコロは一歩いっぽ地面を踏みしめながら進んで行く。


 少し歩くと声が大きくなってくる。


「嘘だ」


 黒い点のようなものが見えてくる。


「嘘だ嘘だ嘘だ」


 声がより鮮明に聞えてくる。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


 黒い点が大きくなってくる。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


 はっきりとした叫び声が耳を打つ。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


 くっきりと黒に侵食された里の住人たちが目に映る。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


 信じたくなかった。


 目の前では獣人たちが黒い縄のようなもので縛られ、その全身を闇に侵食されていっている。


 それはつまり、ザラは取り引きに応じるつもりが無かったことを表している。


「全部嘘だった」


 モコロは膝から崩れ落ちる。その惨状を見つめる目に光は無く、開いた口は塞がらない。


「みんなを助けるために人を裏切って、言うことに従って殺そうとまでしたのに……あいつは……あいつは最初から私の言うことを聞く気なんか無かった!!」


 モコロは地面に爪を突き立て、慟哭する。


「無駄だった! 全部全部全部! 私のことを見て心の中で嘲笑ってたんだ! 私の泣きそうになっている顔を! 私の苦しんでいる姿を! 全部全部知った上で騙し続けてたんだ!」


 モコロは涙を流しながら叫ぶ。しかし、モコロの心の叫びは無情にも虚空に吸い込まれて消えていく。


「もう……やだ……」


 モコロは消え入りそうな声で呟く。茶色の瞳は瞼の裏を映し、頭上の大きな耳は折り畳まれる。絶望的な現実に直面し、モコロは世界の全てを拒絶することを選んだ。



「まだ……諦めるな……モコロ……!」

「え……?」


 折り畳まれた耳の隙間から入り込んでしまったその声は、優しくモコロのことを包み込む。そのよく聞いたことのある声にモコロが顔を上げると、そこにはポポロが立っていた。


「お父さん……!」


 ポポロの体も例に漏れず闇によって侵食されていたが、精神まではまだ喰らい尽くされていないようである。


 ポポロはザラよりも大きなその体を引きずりながらモコロに歩き寄っていく。


「動かないでお父さん!」


 モコロはポポロに駆け寄り、倒れ込むその体を支える。ポポロはモコロに体を預け、その顔を覚悟の眼差しで見上げる。


「モコロ……単刀直入に言う……。あやつの力の源は……私たちの絶望だ……」

「絶望……?」

「そうだ……。あやつは……私たちの絶望を糧として……成長していった……」


 ポポロが吐血する。既に臓器もボロボロなのであろう。


「分かった! 分かったからもう――」

「いいやまだだ……。これからお前に……大事なことを伝える……」

「大事なこと……?」


 モコロは目を潤ませながら震えた声で聞き返す。ポポロはゆっくりと頷くと笑顔を見せる。


「私は今から……こやつらを殺して自害する……」

「え……」


 モコロの時が止まる。


「私たちが死ねば……あやつの力の供給もなくなる……。つまり……あやつを倒すことができるようになるのだ……!」


 ポポロが咳き込む。モコロはポポロをより強く抱きしめる。


「それなら……あいつの力の源が絶望だって言うなら、私もみんなと一緒に――」

「ダメだモコロ……!」


 ポポロが力強く言う。モコロはその気迫に圧倒されて声が出なくなる。


「もしここで死んで……生き返る前にあやつが倒されたとすると……私たちは生き返ることができるか分からない……。そんなリスクを私は……お前に負ってほしくないんだ……」


 ポポロはモコロの頭を撫でる。


「私たちは既に……絶望に寄生された……。もう死ぬことでしか……逃れることはできない……。だが、お前は別だ……。お前はまだ……絶望から脱することができる……!」


 泣きじゃくるモコロに、ポポロは優しく微笑みかける。


「無理……だよ……。あいつのことを考えるだけで、怖くて怖くてたまらないの……!」


 モコロの鼓動が速くなり、両腕が小刻みに震え出す。


「お前なら……できる……」

「本当に無理なの……! あいつを目の前にすると脚が棒切れみたいになって動かなくなって――」

「それでも私を支えに来てくれた……」

「っ……!」


 ポポロはゆっくりと立ち上がる。そして里の獣人たちの傍へ寄る。


「お前は強い……。そして……守るべきものがある時……その力はより一層強く発揮される……。だからお前は……絶望なんかには……決して負けない……」


 ポポロは膝をつきながら大きな腕で里の住人たちを抱きかかえると、満面の笑みでモコロのことを見下ろす。


「誇れ……お前は世界一優しい……私の娘だ……」

「ぁ…………、うん……!!」


 モコロは立ち上がり、大粒の涙を流しながらポポロに笑顔を向ける。そして来た道を振り返り、覚悟を決めて走っていく。


 ポポロはそれを見届けると、再び住人たちの方を見やる。


「……悪いなお前たち……。もしもの時は……天国で待っていてくれ……。いや、もしかしたら……私は天国には行けないかもしれないな……」


 ポポロは里の住人を一人ひとり優しく抱き締めていく。



〜〜~〜〜~



「――何しに来たの」


 セスナがモコロを睨みつける。それは質問などではなく、「私たちに近寄るな」というメッセージであることはモコロにも理解できていた。しかし、モコロの中でその回答は既に一つに決まっていた。


「私はあなたたちを利用した。里のみんなを助けるために、ザラに売ろうとした。……本当にごめんなさい!」


 モコロは頭を下げる。しかし、セスナはモコロを睨み続ける。


「許されることじゃないのは分かってるし、許されようとも思ってない。でも、一つだけやらなきゃいけないことがあるの」


 モコロが顔を上げる。その表情は決意に満ちていた。


「私は必ずザラを倒す。もう誰も傷つけないために!」


 その声や佇まいから、二人はモコロの言葉が嘘ではないことを心から理解する。


「付いてこれるの?」

「獣人をなめないでよね!」

「よっしゃあ! 三人でザラをぶっ倒すぞ!」

「「おおぉぉぉ!!」」


 力の漲った叫び声が闇の世界に響き渡った。

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