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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
24/58

精神に誓って

 ケイトは目を覚ます。

 もう何百回目になるかも分からない死からの覚醒。ケイトは恐怖と苦痛と絶望から逃れるために考えることを止めている。ザラは変わらずケイトを殺さんと歩を進める。


「次はどのように殺されたい? 全ての骨を粉微塵に叩き折られるか? 全身の皮膚を肉ごと剥ぎ取られるか? 首をゆっくりと捩じ切られるか? 特別に選んでも良いぞ」


 ケイトは小刻みに震えるのみでザラの問いかけには反応しない。ザラはそれに少し不満な様子を見せる。


「思考停止だけは得意なようだな。つまらぬ。我を飽きさせるとどうなるか分からんぞ」


 ザラが三叉の柄尻を地面に数度叩きつけると、ケイトの周囲に闇で形作られた犬のような生物が何体も現れる。それらはケイトに狙いを定め、今にも襲いかかってきそうな体勢をとっている。


「死なない程度に噛み砕け」


 ザラの合図とともに闇犬がケイトに飛びかかる。闇犬はケイトの左目、右耳、左腕、右手の指、右脇腹、右脹脛(ふくらはぎ)、左脛、右足の先を貪る。それでもケイトは反応せず、空虚な瞳を何も無い場所に向けている。


「心が死んだか。所詮は人間、自身の強さに胡座をかいていただけのようだな」


 ザラがさらに柄尻を地面に叩きつけると、闇犬はケイトの全身を貪り尽くす。



 ケイトは目を覚ます。

 何もせず、ぼうっと闇の中に佇んでいる。ザラは闇犬を集めて玉座のようなものを形成し、ふてぶてしく座る。


「ふむ。女、出て来い」


 ザラの無機質な声が響く。その恐怖に抗うことはできず、モコロがザラの前にビクビクしながら現れる。


「お前が殺せ」

「そ、そんなこと――」

「里の仲間がどうなっても良いのか?」

「っ……」


 ザラが腕を振ると、モコロの前に短い闇の槍が突き刺さる。モコロは少しの逡巡の後、闇の槍を掴んでケイトに向ける。ケイトは闇に縛られて空中に浮いている。


「ごめん……なさい……! 私には……私には……!」


 モコロはボロボロと涙を流しながらケイトに闇の槍を近づけていく。しかし、いざケイトを目の前にすると、その動きは鈍る。


「いいだろう。10秒だけ弁明の時間をやる。貴様の現実を見据えた判断の褒美だ……10」


 ザラの冷酷なカウントダウンが始まる。


「わ、私……私は……」

「9……」


「仕方なかったの……! 里のみんなを守るにはこれしか……!」

「8……」


「信頼してなかった訳じゃない……! 私の中にいたザラを倒してくれたし……」

「7……」


「それなのにこんなことになっちゃって……本当にごめんなさい……!」

「6……」


「謝って許されるようなことじゃないしのは分かってる……。でも……でも……!」

「5……」


「私のことはどれだけ恨んでもいい! 気が済むまで殴ってもいい!」

「4……」


「殺したければ殺してくれてもいい! 私にできることはそれくらいしか……」

「3……」


「……ごめん……ごめん」

「2……」


「なるべく痛くないように……苦しくないようにするから……」

「1……」


「…………ごめんなさい」

「0」


 闇の槍がケイトを貫く――



「待て!!」


 女性の叫ぶような高い声が闇の中に響き渡る。ケイトを貫かんとしていた闇の槍は、突き刺さる直前でその動きを止める。


 ケイトが声の方へ勢いよく振り向く。

 そこには左腕を抑え、至る所から血を流しながら立っている女性がいた。

 女性のボサボサになった青白いショートボブは荒い呼吸に合わせて揺れ、髪と同じ色の瞳がケイトたちを真っ直ぐに見つめている。


「セ……スナ……」

「なに腑抜けた顔してるの。似合ってないよ」


 セスナはケイトの前に出てザラと向き合う。その瞳は冷たい炎を宿している。


「小娘が我の道楽の邪魔をするとは……」

「道楽? 下らない趣味持ってるんだね」

「ほう……」


 ザラが立ち上がる。その手には4本の三叉がしっかりと握られ、セスナを殺すという覚悟が見て取れる。


「やめろセスナ……! あいつには敵わない……!」

「だから何?」

「殺されるぞ!!」

「呆れた。いつからそんな腑抜けになっちゃったの?」


 セスナは水の刃を右手に持ち、視線はザラから背けずに話を続ける。


「相手がどれだけ強くても絶対に諦めないで立ち向かう! 私の好きな人はそういう人なの! 恐怖に立ち向かうのを諦めるような弱虫なんかじゃ絶対にない!」


 ザラが一瞬にしてセスナとの距離を詰め、三叉を容赦なく振り下ろす。セスナは片手で三叉をなんとか受け止めるが、別の三叉がセスナに迫る。


「ピオ・アイア!」


 三叉に水の玉が当たる。直後、水の玉は大爆発し、周囲に巨大な爆風を巻き起こす。

 そのとき、ケイトを捕らえていた闇が消え、ケイトは爆風に吹き飛ばされて地面を転がる。


 回転が止まってケイトが体を起こすと、目の前では水と三叉の苛烈な応酬が繰り広げられていた。


 ザラが三叉を振り下ろすのに合わせ、セスナは鈍く輝く青い刃を振り上げる。

 三叉と刃がぶつかり合い、火花を散らして互いに弾かれたところへ、また別の三叉がセスナの胴体を刺し貫こうとする。


 セスナは側宙でその攻撃を躱しながら三叉に足をかけ、三叉の上を走ってザラに近づく。

 ザラは2本の三叉を交差させるように高速で突き出す。

 セスナは跳躍してその空を裂く攻撃を避け、そのままザラに飛びかかる。

 そこへザラの最後の三叉が薙ぎ払われ、セスナはその柄に当たって強く吹き飛ばされる。


「ピオ・ナルラ!」


 セスナは着地と同時に地面を蹴り、無数の水弾を放ちながらザラへと走り込む。

 ザラは4本の三叉を自由自在に操って易々と水弾を弾くと、地面に三叉を突き立てる。すると、闇の地面が捲れ上がってセスナを包み込もうとする。


「なめないでくれる?」


 セスナは閃く水刃で闇を切り裂く。そしてザラの懐まで潜り込むと、その紫の体を切り上げる。

 両断されたザラの体は闇の煙となってその場から消失する。


「成程。人形を倒して来ただけの実力はある」

「負け惜しみなら後で言って。あ、今言うしかないのか」

「今の内に煽っておくといい。そろそろそんな余裕も無くなってくるだろうからな」


 セスナの前方に2体のザラが現れる。


「セスナ……」

「あんたは引っ込んでて!」


 セスナが声を荒らげる。


「はっきり言って足手まとい! あいつは私一人で倒す!」

「待っ……」


 セスナが走り去る。一人取り残されたケイトは地面に手をついて己の無力を嘆く。


 力が出ない……。頭が回らない……。このまま行ったら絶対に殺される。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……。


 暗闇に衝突音だけが響く。入り乱れる水と闇はまるで芸術作品のように世界を埋め尽くす。だが、着実にザラの攻撃はセスナを追い詰めていく。


 ダメだ、勝てるわけがない……! なのになんで戦ってるんだよ……! 殺されるんだぞ、何度も何度も何度も! 叫びたくなるほど痛いんだ! 吐き気がするほど苦しいんだ! 死にたくなるほど辛いんだ! もう現実から逃げるしか無いんだよ!


 闇がセスナを弾き飛ばす。セスナは血を吐きながら地面を転がる。しかし、すぐに立ち上がってザラに突撃する。


「まだ立ち向かうか。圧倒的な実力差が分からんのか」

「分からなかったらどれほど気楽だっただろうね」

「アッジ」


 セスナが再び吹き飛ばされる。額から流れる鮮血がセスナの右目を赤く染める。だが、セスナは再び立ち上がり、目を大きく開いてザラを睨みつける。


「私はCランク冒険者、セスナ・シンメイ!! 私の精神(こころ)に誓って……命を懸けてお前を倒す!! それが私の生き様だ!!」


 ケイトはハッとしてセスナを見上げる。その背中はかつてなく大きく見えた。


 セスナはまたザラに向かって走る。ケイトはその、ダイヤモンドのように輝く意思を目で追い続ける。


 なんだよ……かっけぇじゃねぇかよ……。



 セスナはザラ相手に善戦するが、まもなく体力も魔力も底を尽き、体が地面に叩きつけられてしまう。


 2体のザラは三叉を振り上げてセスナを睥睨する。セスナは重症を負っており、動くことができない。


「自身の命をも顧みない特攻には手こずらされたが、所詮は手負いの小動物よ。貴様を生かしておいたところで我に利は無い。今、我の手で人生の幕を引いてやろう」

「私を生かしておくのが怖いの?」

「何とでも言うがいい。貴様の死は既に決定事項だ」


 セスナはどうにもならないことを悟って諦める。だが、その目は変わらず生き生きと輝いていた。


「……(きたな)らしい目だ」


 ザラは重々しい一撃を振り下ろす。



「させねぇよ!!」


 三叉がセスナ粉砕する寸前、ケイトの拳が2体のザラを打つ。その威力は凄まじく、たった一撃でザラは消滅してしまう。


「失意の水底から戻ったか」


 また新しいザラが闇の中から現れる。ザラはケイトのことを警戒しているようだが、同時にどこか嬉しそうな雰囲気を漂わせている。


「セスナ、下がっててくれ。あとは一人でやる」

「やだ。私もこいつにはムカついてるの。やらせてくれなかったら許してあげないから」

「言うと思った。セスナって意外と短気だよな」

「はあ?! もう口利いてあげないよ!」

「冗談だって。文句はこの悪夢から覚めた後に聞くよ」

「なら早くぶっ飛ばして起きなきゃね!」

「ああ。……死ぬなよ」

「そっちこそ!」


 二人は全力で駆け出した。

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