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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
23/58

絶望の水底

 ケイトは目覚める。

 そこは闇の世界で、前方には4本の腕を持つ頭の無い怪物が立っている。


 ケイトは生きていることに安堵し、絶望する。


「夢じゃなかったか」

「夢の中ではあるがな」


 ザラは巨大な三叉を大きく振り上げながら、一瞬にしてケイトの眼前に迫る。ケイトは後ろに跳んでザラの重い一撃を避ける。地面に衝突した三叉は轟音を響かせ、世界を揺るがす。


「なんつー威力――」

「動きにキレが無いな」


 ケイトが目を離した一瞬の隙に、ザラはケイトの背後に回る。目を見開いて振り返るケイトの首に、ザラは躊躇なく三叉を振り下ろす。


 ブチブチと皮と肉が千切れていき、骨が完全に砕ける。永遠かと錯覚するほどの時間、ケイトは自分が死にゆく感覚を味わい続けた。


 長い痛みに耐えてようやくケイトの視界が一回転すると、全身の感覚は麻痺していき、世界が徐々に暗転していく。



 ケイトは目覚める。

 そこは闇の世界で、前方には4本の腕を持つ頭の無い怪物が立っている。


 ケイトは反射的に首を触り、繋がっていることを確認すると安心する。


「悪趣味な……!」

「2度死んでも(なお)口が利けるか。意外にも精神は強いらしいな」

「言ってろ!」


 ケイトはザラに向かって全力で走り、全霊の拳を叩き込む。その拳は全てを吹き飛ばし――


「興味深いな。何故突然、こうも弱体化してしまったのか」

「くっ……!」


 ケイトの拳はザラの体をほんの僅か動かすことすら叶わなかった。ザラの強大な圧力が降り注ぎ、ケイトは体が硬直する。


 ザラは三叉を薙ぎ払い、ケイトの胴体を斬り飛ばす。内蔵が破裂する感触を押し付けられ、骨が弾ける音が耳に残る。ケイトの内容物が噴出し、辺りに撒き散らされる。


 宙を舞うケイトの上体はその様子を見届けた後、口から大量の血液を吐き出して意識を失う。



 ケイトは目覚める。

 そこは闇の世界で、前方には4本の腕を持つ頭の無い怪物が立っている。


 ケイトは地面に蹲り、全ての胃液を吐き出す。


 ザラは三叉を振り下ろし、ケイトの頭蓋を割る。脳が潰れ、眼球がこぼれ落ちる。


 状況を理解する間もなくケイトは死ぬ。



 ケイトは目覚める。

 そこは闇の世界で、前方には4本の腕を持つ頭の無い怪物が立っている。


 ケイトは頭部を触り、しっかりと存在していることを確認する。


 ザラはケイトの胴体に三叉を突き刺し、回転させて全ての肉、骨、臓器を撹拌する。


 撹拌に心臓が巻き込まれ、破裂してすぐにケイトは死ぬ。



 ケイトは目覚める。

 そこは闇の世界で、前方には4本の腕を持つ頭の無い怪物が立っている。


 ケイトは呼吸を荒らげながら胴体をまさぐり、全ての部位が正しい場所にあると理解する。


 ザラは4本の三叉をケイトの四肢に突き刺すと、それぞれの方向へ引っ張ってちぎる。


 ケイトはその激痛に絶叫する。全ての穴から液体が流れ出で、呼吸すらできなくなって気絶する。



 ケイトは目覚める。

 そこは闇の世界で、前方には4本の腕を持つ頭の無い怪物が立っている。


 ケイトの全身から力が抜け、抗うことすらできずに地面に倒れ込む。


 ザラは三叉をケイトの右目、左脇腹、右腕、右足首に突き刺して放置する。


 ケイトは数分間尋常ではないほどの痛みに喘ぎ、ゆっくりと死に絶える。



 ――ケイトは目覚める。

 もう何十回、何百回死んだかも分からない。


 数時間もの間殺され続けたケイトは、果たしてこの場に立っているケイトが本当に自分なのかも分からなくなっていた。


「どうだ? そろそろ理解してきたのではないか? まぁ、理解したところで止めるつもりなど無いが」


 ザラの巨体がケイトの目の前に立ちはだかる。そのの威圧感は、この地獄からは決して逃れ得ぬことをケイトに知らしめる。


 ケイトは恐怖で腰が抜け、その場にへたり込む。その様子を見たザラは暗黒の世界に響き渡る程の大音量で笑い声を上げる。


「此が我を許さないなどと宣っていた人間の姿か! なんと滑稽な! 自身を御伽噺の主人公とでも勘違いしていたのか! 貧弱で脆弱で惰弱で闇弱な自分を! 冒険者などよりも喜劇作家の方が余程向いている!」


 ザラの笑い声が世界を揺らす。ケイトは何も言い返すことができずに、ただザラのことを絶望の表情で見上げる。


「ザラ!」


 高い声が響く。ケイトが振り向くと、そこにはモコロの姿があった。モコロの脚は震えており、ザラへの限りない恐怖が顕著に現れていた。


「誰かと思えば、此奴が殺され続けている間ずっと遠くで(つくば)って隠れていた女か。丁度、今の我は機嫌がいい。貴様の話を聞いてやらないこともない」


 ザラは殺意と威圧感の融合した異常な覇気を放つ。世界は歪み、あらゆる生命が生きられないような空間が形成される。少しでも間違った言動をすれば即座に殺されてしまうだろう。


 それでも、モコロの登場によってケイトの心には一縷の望みが見えつつあった。もしかしたらまだザラに抗えるかもしれないという希望が。


 ――しかし、そんな希望はすぐに潰える。


「と、取り引きをしよう……!」

「ほう」


 モコロは震える手でケイトを指さす。表情は恐怖に歪み、強く噛んだのか、その唇からは血が滴っている。


「彼を差し出す代わりに里のみんなからは手を引いて欲しい……!」

「な……」


 ケイトの思考が止まる。

 直後、爆発かと勘違いするような巨大な嘲笑が世界を覆った。空間が爆ぜては湧き上がり、裂けては歪に貼り付いていく。


「なんという喜劇だ! 絶望の底に沈んだ男の元へ現れた一筋の光! 其がまさか地獄の業火だったとは!」


 絶望するケイトに、ザラはさらに近づく。そしてケイトの腹部に三叉を突き刺すと、ケイトの体を空高く掲げる。


「理解し得たか? これが現実だ! 彼の女は我を討伐するために貴様を仕向けたのではない、贄とするために呼び寄せたのだ! 勝てばそれでよし、負ければ人柱。至って合理的、現実的な判断だ! 彼奴は貴様とは違い、現実というものをよく理解している!」


 モコロは苦しそうな顔をするが、ケイトには届かない。ザラの不快な笑い声のみが鼓膜にこびり付き、絶望の光景のみが網膜に焼き付く。


「貴様の人生は英雄譚などではないと言ったが訂正しよう。貴様は(まさ)しく、その身と引き換えに一つの里を救った英雄だ!」


 ケイトの脳内を諦観のみが支配し、全てがどうでもよくなった。


「続きを始めよう。朝を願って死に尽くせ」


 ザラはケイトを地面に叩きつける。ケイトの頭部がぐちゃぐちゃに弾けて即死する。



 ――ケイトは目覚める。

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