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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
20/60

長々し夜

 暗闇の世界の中で、全てを思い出したケイトは頭を抱える。


「そ、そうだ……! なんで忘れてたんだ……!」

「思い出した?」


 ケイトはモコロの声が聞こえると即座に飛び退き、距離をとって拳を構える。


「ああ、ごめんごめん! 今の私はもう大丈夫! ケイトさんの一撃であいつは消滅したからね!」

「ほ、本当か?」

「ほんとほんと!」

「でも、俺は確かにモコロさんのことを――」

「人は夢の中じゃ死なない。だからこそ、タチが悪い」


 モコロの顔が怒りに歪む。ケイトがその豹変ぶりに驚いていると、モコロはすぐに笑顔に戻す。


「私の目的は『夜の帝王』ザラを倒すこと」

「夜の帝王?」


 ホストみたいな二つ名だな。


「ザラは人の夢に寄生する魔族で、今は里のみんなに寄生して力を蓄えてるの。二人を里に呼んだのもそのため」

「そうだったのか。でも、それなら先に言ってくれれば良かったのに」

「言えなかったの。ザラの記憶は現実には持ち越せない」

「記憶を持ち越せない? それならどうやってモコロさんは気づけたんだ?」

「それは……こいつらを蹴散らしてからにしようか」


 ケイトが振り向くと、大量の闇で形づくられた顔のない小さな人形のようなものが手足を不自然に動かしながら歩いてきている。


「なんだこいつら……!」

「これはザラの闇人形。一体一体がDランクくらいの強さをしてるから気をつけて」


 数体の闇人形が飛びかかってくる。ケイトは瞬時に背中に手を回すが、求めたものはそこにはなかった。


「しまっ――がはっ!」


 闇人形の蹴りがケイトの腹部に直撃し、ケイトは数メートル吹き飛ばされる。


「ケイトさん!」

「大丈夫! ちょっと不意打ちを食らっただけだ!」


 ケイトは体勢を整えると拳を構え、迫り来る闇人形を睨みつける。闇人形は依然として四肢を不気味にくねらせながら歩いている。


 ケイトは闇人形に向かって走り出す。そして、振りかぶった拳を闇人形の頭部目掛けて振り抜く。


「なっ!?」


 闇人形はケイトの攻撃を立ったまま、上体を後方へ腰から直角に曲げて避ける。その通常の人間ではありえない体の動きにケイトは戸惑う。


 その一瞬の隙を突き、別の闇人形がケイトの顔面を蹴り飛ばす。ケイトは背中で地面にバウンドした後、空中で後方に回転してなんとか着地する。


「なるほど。人間とは全く違う造りをしてるみたいだな……」


 ケイトは立ち上がる。そこへさらに大量の闇人形が詰め寄ってきている。

 チラとモコロの方を見ると、モコロも闇人形の対処で手一杯のようである。

 ケイトは心を落ち着けるために大きく息を吐く。


 助けは来そうにない。俺は一人でこいつらを相手しなきゃいけねぇ。剣があれば話は別だったが、どうやらこの世界には無いみたいだ。拳ひとつでこの数を相手取ることなんて俺にできるのか? こんな予測できないような動きをするやつらを……。


 その時、ふとセスナの言葉を思い出し、ケイトは弱腰だった自分を鼻で笑う。


「――俺はCランク冒険者だ。Dランク程度のやつらなんか簡単に倒せなきゃなあ!」


 ケイトは地面を勢いよく蹴る。

 そして一瞬にして闇人形の手前まで肉薄し、その胴体に全力の拳を叩き込む。

 そのあまりのスピードに闇人形は対処することができず、ケイトが拳を振り抜くとその後ろの大量の闇人形諸共彼方に吹き飛ばされる。


「来いよザコども。準備運動させてくれや」


 無数の闇人形がおかしな体勢でケイトに飛びかかる。

 端から端まで闇人形で覆い尽くされた視界は絶望を知らしめるには充分過ぎるほどであったが、幾度の死線を潜り抜けたケイトにとっては特別何かを感じるような光景ではなかった。


「変わっちまったな。最初はスライムにも怯えてたってのに……」


 ケイトは闇人形の大群へと一歩を踏み出し、右手を大きく引く。


「――今はこんな大量の敵も怖くねぇ」


 闇人形の攻撃がケイトに当たるその時、ケイトは右拳を打ち出す。拳は空間を打ち、乾いた破裂音が響く。空間を伝う波紋がケイトの拳を中心に広がり、闇人形を飲み込んでいく。


 空間の津波が収まったとき、ケイトの目の前にあった闇人形はひとつ残らず消え去っていた。


「すごっ……」


 モコロが驚愕する。ケイトはモコロに振り返り、歩いて近づいていく。


「見えてるやつは全部ぶっ飛ばした。他にもいるかは分からねぇけど、当分は話す時間あると思うぜ」

「う、うん。どうやって私がザラの存在に気づいたかだよね……私の目を見て」


 モコロの瞳が茶色から銀色に変わる。


「これが私の『透視の魔眼』。私の目は色んなものを視透(みす)かすことができるの」

「色んなものを視透かす……」

「相手の考えてることとかは分かんないんだけどね。私はこの目で自分にザラが寄生していることを知った。ザラが夢で何かをしていることも。でも、現実からはザラに干渉できなかったの」


 ケイトはモコロの今までの行動に納得する。


「そこで俺に助けを求めたってことか」

「そう。結果的に夢の中で私を殺すことでザラを消滅させることに成功した。でも、今朝森の中にザラの気配をみつけたの。今までは自分だけで精一杯だったから気づかなかったけど、森の中でザラが大量に寄生してることに気づいたの。そしてそれが里のみんなであることに……」


 モコロは顔を歪める。それは怒りと悔しさの入り交じった悲痛な表情であった。


「死なないとはいえ、ここで感じる感覚は現実のものと全く同じ。もしザラの寄生を解く方法が殺すしかないなら……私は耐えられないかもしれない」

「モコロさん……」

「だからあなたたちが必要だった。私の代わりに里のみんなを殺してくれる人が必要だったの」


 モコロは俯き、今にも舌を噛み切ってしまいそうなほどに苦しそうな顔を浮かべている。たとえ夢の中だとしても、モコロにとって家族同然の人たちを殺さなければならないのだから当然といえば当然だ。


 ケイトは同情の気持ちと同時に、ザラに対して果てしない怒りが湧いてくる。


「安心してくれ、モコロさん」


 モコロは顔を上げる。そこで見たケイトの表情は覚悟の色に染まっていた。


「俺が苦しくないようにして里のみんなを解放する。そしてザラを絶対に倒してみせる」

「ありがとう……!」


 モコロは目に涙を浮かべながら掠れた声でケイトに感謝を述べる。


 ケイトはモコロを落ち着かせてその場に座らせると後ろに振り向く。そこには、先程までよりも一回り大きい闇人形たちが二人の元に迫ってきていた。


「まずはてめぇらをぶっ倒してザラとかいうやつを引っ張り出す! 全員まとめてかかってこいや!!」


 ケイトは拳を強く握り締め、暗闇に吼える。

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