仲直り前夜
セスナとケイトは数時間モンスターを討伐し続け、気づけば空が赤く染まっていた。
しかし、それほど長い間一緒にいたにも関わらず、話した内容はモンスターの特徴や戦術に関するものだけだった。
「二人とも、元気にやってる?!」
そんな重苦しい空気の中に、モコロの明るい声が割って入る。モコロは二人の様子を見て未だに仲直りしていないことを察すると、それ以上は話を振らなかった。
「そろそろ晩餐会の準備ができるから呼んできてってお父さんが!」
「分かった。ありがとう、モコロさん」
「うん! それじゃ、私は先に帰ってるね!」
モコロは二人に手を振ると、すぐに見えなくなってしまう。ケイトはセスナの方を向く。セスナはケイトに背中を向けている。
「戻ろう、セスナ」
「……私はいいよ。一人で行ってきなよ」
「そんなこと言うなって。俺はセスナと一緒に食べたいんだよ」
「ウソ」
「嘘じゃないって」
セスナは黙り込む。思い通りにいかない複雑な気持ちに、ケイトは頭を掻きむしる。
「……俺さ、今まであんま女の人と関わったことなかったからさ、セスナが今、どんな気持ちでいるのかさっぱり分かんねぇんだ」
ケイトはまっすぐにセスナのことを見る。セスナは振り向かない。
「だからさ、俺の悪いところは全部言ってほしいんだ。情けない話だけど、俺には何が悪いのか検討もつかないんだよ」
「ケイトは悪くないよ。私が悪いの」
「だからそんなわけねぇだろ。言いづらいのかもしれないけど、俺なら大丈夫だから――」
「言えるわけないでしょ!」
セスナが声を荒らげる。そしてその内容に、ケイトはモコロの言っていた言葉を思い出す。
「……悪い」
「私の方こそ、ごめん。行こう、晩餐会そろそろ始まるんだよね」
セスナが歩き始める。ケイトはうまくいかない現実にため息をつき、セスナの後を追う。
里に戻ると、至るところに飾り付けがされており、晩餐会というよりは祭りのような雰囲気であった。
戻ってきた二人にポポロが気づき、ゆっくりと近づいてくる。
「お待ちしておりました、ナルハシ様。どうぞこちらへ」
「ああ、はい」
二人は屋敷の大広間に案内される。そこには多くのテーブルが敷き詰められており、一番奥には一際豪華に装飾されたテーブルがあった。ケイトたちはそのテーブルに座らされる。
「里の者たちも呼んで参りますので、少々お待ちください」
「あ、ありがとうございます」
ポポロが去る。今この部屋の中にいるのはケイトとセスナ二人だけだ。
「えっと……た、楽しみだな」
「そうだね」
「ど、どんな料理が出るんだろうな」
「さあね」
「セスナはどんな食べ物が好きなんだ?」
「なんでも」
「そ、そうか。俺は――」
そこにモコロが勢いよく扉を開いて入ってくる。その後ろには獣人たちがぞろぞろとついてきている。途端に部屋中が騒がしくなり、ケイトとセスナは会話することもままならなくなる。
そのままケイトとセスナは話すことなく晩餐会が始まってしまう。晩餐会では大量のご馳走が振る舞われ、目を引く余興が楽しまれる。しかし、ケイトとセスナは心の底からは楽しめないでいた。
「少し席を外します」
セスナが突然大広間から出ていく。ケイトは追いかけようとは思ったが、酔っ払っているポポロに引き留められる。ポポロの力には逆らうことができず、ケイトは仕方なくセスナを追うことを諦める。
〜〜~〜〜~
セスナは屋敷の外でうずくまって夜空を見上げる。数え切れないほどの星が静かに瞬く。
「大丈夫?」
モコロがセスナに声をかける。
「お話の続きしようよ。ケイトさんをどう思ってるのか」
セスナは星を見上げたまま眉をひそめる。
「……別になんとも思ってない。好きにして」
「嘘がヘタなんだから。ま、それで気づいてないケイトさんもケイトさんだけど」
モコロはセスナの隣に座る。
「ごめんね」
「なにが」
「二人が付き合ってると思ってたんだよ」
「なっ……!?」
セスナは顔を紅潮させる。モコロはそれを見ると「アハハ」と笑う。セスナは恥ずかしそうにして再び空を見る。
「だからちょっとちょっかいかけてみようって思って、どんな反応してくれるかなって思ってたんだ」
「……いや、分かってた。本気じゃないことくらい」
「でも、許せなかった」
「……」
口をとがらせるセスナに、モコロは柔和な笑みを向ける。
「……ケイトはね、命の恩人なの」
セスナが口を開く。慎重に、ゆっくりと言葉を選んでいる。
「王都に魔族が侵入してきた時、周りの冒険者たちが一瞬で倒されていって、その圧倒的な強さが怖くてたまらなくて、私は一人で物陰に隠れてたの。大ケガをするかもしれない、殺されるかもしれない、そう思ったら、体が岩のように動かなかった」
セスナの手が小刻みに震える。
「でも、ケイトは立ち向かっていったの。勝てそうもなかったのに、手も足も出なかったのに、それでも諦めずに立ち上がったの」
モコロがセスナの顔を見て気づく、セスナの目に涙が溜まっている。
「悔しかった。どうしようもなく惨めだった。みんなを助けたくて冒険者になったはずなのに、考えてたのは自分のことだけだった」
涙が溢れる。とめどなく流れる涙は、嫌な過去を洗い流しているようだ。
「気づいたら立ち上がってた。そのまま勢いだけで動いて、なんとか追い払うことができた。でも、もしケイトがいなかったら……私の心は死んだままだった」
セスナは涙を拭って下を向く。
「だから、ケイトは私の命の恩人、私の冒険者としての精神を助けてくれた」
セスナは胸に手を置く。その顔はいつになく柔らかい。
「……ふふっ」
「なに」
「やっぱり好きなんじゃん」
「はあ!? べ、別にそんなこと――」
「自分に素直になりなよ」
モコロが立ち上がる。
「一回口に出しちゃいなよ。意外とすんなり受け入れられるかもよ」
「無理だよ、そんなの……」
「それじゃあケンカしたまんまだね」
モコロは振り返って屋敷へと歩き始める。
「今なら聞いてる人は誰もいないよ」
「そんなこと言っても……」
「じゃっ!」
モコロは屋敷の中に入る。巨大な扉が閉められ、暗闇の中にセスナ一人が取り残される。風すらも吹いていない静かな世界で、セスナはぼんやりと月を見上げる。
「誰もいない……か……」
セスナは目を伏せて少し悩んだような顔をするが、小さく息を吐くと空に向かって顔を上げる。
「私は……ケイトのことがす――」
「セスナ!」
「うひゃああああ!!」
ケイトが勢いよく扉を開く。セスナは驚いて飛び退く。
「あ、ご、ごめん」
「もう! ほんっとうに間が悪いね」
ケイトが平謝りする。セスナはそれを見るとため息をつき、ケイトに背を向けて空を見上げる。
「……ケイトって月は好き?」
「月? ま、まあ好きだけど……」
「そう、私も……好きだよ」
それだけ言って、セスナは顔を隠しながらケイトの横を通って屋敷の中に逃げるように入っていく。
「な、なんだったんだ……」
〜〜~〜〜~
夜が更け、ケイトたちは里に泊めてもらうことになった。ケイトとセスナはそれぞれ屋敷の中の部屋を借り、そこに布団を敷いてもらった。
屋敷の外での出来事の後、ケイトは結局セスナに会うことはできなかった。こんな夜遅くに話しにいくのも悪い気がしたため、今日のところは諦めることにした。
ケイトは明かりを消して布団に入る。
「……明日もっかい謝ろう」
ケイトは目を閉じ、数分もしない内に眠りにつく。
数十分後、ケイトの寝る部屋の扉が静かに開き、モコロが入ってくる。その目に感情はなく、ひたすらにケイトのことを眺めている。
「……君は、勇者になれるのかな」
モコロはそっと扉を閉じ、ケイトと同じ暗闇に消える。




