女って難しい
晴れやかな空の下、ケイトは獣人の里ピッタ・ノルカを、ありえない量の獣人の子どもたちにまとわりつかれながら歩いている。
「……なんで?」
「何が?」
「いや、なんで俺こんなに子どもたちにくっつかれてるの? すっげえ重いんだけど」
「良かったじゃん勇者様、子どもたちに懐かれて」
セスナがケイトの質問にぶっきらぼうに答える。ケイトの腕がモコロの胸に当たってしまっているのを未だに許していないようだ。
「本当に俺のせいじゃないんだって」
「じゃあその手をどけなよ」
「ムリ、がっしり掴まれてて動かない」
「そんなこと言って、本当は動かしたくないだけなんでしょ!」
「違うって!」
ケイトとセスナが言い争っているとモコロの歩みが止まる。前に向き直ると、扉や窓など全てが巨大な屋敷がそびえ立っていた。
「まずは私のお父さんに挨拶しよう!」
「「はああああ!?」」
二人の声が里全体に響く。
――ケイトとセスナは屋敷の中、高さ5メートル程もありそうな巨大な扉の前に案内される。
「でか……」
「普通の大きさじゃ、お父さん通れないからね」
どんだけデケェんだよ!
喉まで出かかった言葉は驚愕によって押し込められ、ケイトはただ呆然と扉を見上げる。
「それじゃあ開けるね」
「ちょ、ちょっと待って、心の準備が――」
モコロはケイトの言葉を無視して巨大な扉を押す。扉は鈍い音を響かせながらゆっくりと開いていく。
扉が完全に開いた時、その奥には巨大な机に向かう、巨大な茶色い毛むくじゃらの生物が存在していた。
で、でっけぇ……
その生物は、ケイトたちを強面な笑顔で見下ろしている。
「ようこそお越しくださいました勇者様」
「は、はい……」
茶色い生物は立ち上がり、ドスンドスンとケイトたちに向かって歩いてくる。その身長はケイトの2倍以上はあり、圧倒的な威圧感を放っている。
茶色い生物はのしのしとケイトの前まで歩き迫ると、膝をついて丁寧にお辞儀をする。
「私の名はポポロ。この里の里長をしております」
「え、えっと、俺はケイト・ナルハシです」
「勇者ナルハシ様、この里へは何用でいらっしゃったのでしょうか」
「うぇ!? え、えーっと……」
ケイトは口ごもる。
「ど、どうしたらいい?! 適当なこと言って勇者じゃないってバレたらどうなるかわかんねぇぞ!」
ケイトは縋るような目でセスナのことを見る。しかさ、セスナはそっぽを向いて我関せずの姿勢だ。
「あいつ……! 後でぶっ飛ばしてやる」
「どうかしましたかな?」
「え!? い、いや、大丈夫です!」
「勇者様はこの里の様子を見に来たんだよ。ご先祖さまが助けた里が今どうなってるか気になったんだよね!」
「そ、そうですそうです! いやー、平和そうで俺もすごい安心しました!」
「なるほど! いやぁ、心配していただいてありがとうございます」
ポポロは恭しく頭を下げる。ケイトがモコロを見ると、小さく親指を立てている。
まじでありがとおおおおお!!
ケイトは心の中で最大級の感謝を叫ぶ。
「ナルハシ様は、本日はいかがされる予定でしょうか。もしお忙しくなければ、里をあげてナルハシ様の御来訪を盛大にお祝い申し上げましょうぞ」
「い、いえ、悪いですよ」
「悪いことなどありません。これは我々の感謝の気持ちです。どうかお受け取りください」
ポポロが頭を下げる。ケイトはポポロを騙してしまっていることに心が痛む。
「わ、わかりました」
「ありがとうございます。それでは早速皆に準備をさせたいと思います。何もない里ですが、準備が整うまでどうぞおくつろぎください」
ケイトが返事を返す間もなく、ポポロは再度頭を下げて部屋を出ていく。
「あ、あっぶねー……」
緊張感から開放されたケイトは、大きく深呼吸をして脱力する。しかし、セスナはこの状況を喜んでいない。
「まったく、嘘がバレて追い出されれば良かったのに」
「おいそんなこと言うなよ」
「そもそも、私たちの目的はクエストだったんだよ! それがなんでこんなところで勇者だなんだって騒がれて祝われなきゃいけないの!」
「別に時間はあるんだから今からクエストやったって間に合うだろ? なんでそんなに怒ってんだよ」
「怒ってない!」
「怒ってるだろ」
セスナが不機嫌そうに頬を膨らませた後、後ろへ振り向いて部屋を出て行ってしまう。
「なんだ、あいつ」
セスナの言動を不思議に思うケイトに、モコロがニヤニヤしながら近づいていく。
「ケイトさんとセスナさんってどういう関係なの?」
「どういう関係って……セスナは俺の先輩だよ」
「ふーん……」
モコロは変わらずニヤニヤしながら部屋を出ていこうとする。
「一ついいことを教えてあげる」
「いいこと?」
「女の子っていうのは気づいてほしい生き物なんだよ。ねー!」
モコロは扉の後ろに隠れていたセスナに話しかける。セスナはビクッと肩を跳ねさせると、すぐさまに屋敷の外へ駆けて行ってしまう。
ケイトからはその様子は見えておらず、状況が全く理解できていない。
「とりあえず、セスナさんには謝った方がいいよ」
「は? なんで俺が――」
「そういう所だよ。お屋敷出るまでに謝り方考えておいてねー!」
モコロはそう言い残すと部屋から走り去ってしまう。一人取り残されたケイトも、モコロの意味深な発言を心に受け止めて部屋を出る。
そしてそのまま屋敷を出ると、そこにはモコロに引き留められているセスナが立っていた。
「来た来た! あとは二人で話してね!」
「えっ! ちょっと!」
セスナはモコロを呼び止めようとするが、モコロは一瞬にしてどこかへ消えてしまう。
「せ、セスナ!」
モコロを追いかけようとしたセスナをケイトが呼び止める。セスナは立ち止まるが、ケイトには背を向けたままでいる。
「……何?」
「その……ごめん」
ケイトが頭を下げる。セスナは振り返らない。
「なんで謝ってるの。私が怒ってるから?」
「違う。俺が謝るべきだと判断したからだ」
ケイトは顔を上げ、セスナの後ろ姿を見つめる。曇天の下で映るその姿は、ひどく悲しいものに見えた。
「……セスナの怒ってる理由を考えもせずに頭ごなしに否定ばっかして……その……すまなかった」
ケイトは再び頭を下げる。
「……考えて出した答えがそれなの? ほんとに……ほんとにバカなんだね」
セスナはケイトに振り返る。ケイトが顔を上げると、そこには涙をポロポロと流したセスナが立っていた。ケイトは謝り方がまずかったのかと肝を冷やす。
セスナは涙を拭うと、呼吸を落ち着かせて口を開く。
「……こっちこそ、ごめん。ケイトは何も悪くないの。ただ……ううん、なんでもない」
セスナはケイトに背を向けて空を仰ぎ、短い呼吸を繰り返して声の震えをなくす。
「行くよ、クエストしなきゃなんだから」
セスナが歩き始める。その背中は悲しみに染まっていた。




