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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
16/58

ピッタ・ノルカ

 ケイトは地面に正座させられている。その頭上からはセスナの視線が痛いほどに降り注いできている。


「――つまりあんたの言い分は、寝て起きたら床に落ちてて、ベッドがこの人に占拠されてたと。それで間違いない?」

「はい……」


 セスナから発せられるプレッシャーに耐えながら、ケイトはしなしなの声で肯定する。


「それじゃあ次は、あなたの話も聞かなきゃね」


 セスナはピンク髪の女性に振り向く。女性の身長はケイトと同じくらいであるため、セスナはかなりの角度でその顔を見上げている。

 スタイルもよく、ケイトが目のやり場に困っている所をセスナがキッと睨みつける。

 首にかかるネックレスはその中央に一際大きな宝石がついており、暗い森の中でも微かな光を反射してキラキラと輝いている。

 女性は腰まであるポニーテールを揺らしながら、茶色の瞳をセスナに向ける。


「あなた、名前は?」

「私はモコロ。『新世界』の協力者だよ!」

「協力者?」


 聞き馴染みのない言葉に、ケイトは首を傾げる。セスナはその様子を見ると、「はぁ」とため息をついて諦めた様子だ。


「協力者っていうのは、冒険者ではないけどその実力が認められてギルドと協力関係を結んでる人のこと。ギルドがピンチの時に召集をかけたりするの」

「冒険者とは何が違うの?」

「一番はお金が入らないこと。要するにボランティア」


 モコロはうんうんと頷いている。セスナはそんな能天気なモコロにうんざりとした表情を向ける。


「それで、このバカの言ってることは正しいの?」

「うん! ベッドの誘惑には逆らえなかったんだよね!」

「胸を張って言うな!」

「そんなことよりー……」


 モコロがケイトとセスナを交互に見やる。その目はニッコリと笑っているが、ケイトにはなぜか心の底から笑っているようには見えなかった。


「二人とも、私の里にこない?」

「「……はあ?」」



〜〜~〜〜~



「もうすぐだよ!」


 モコロを先頭に、三人は里とやらへ向かって森の中を歩いている。


「ねぇ、本当について行く気なの?」

「仕方ないだろ。拒否したら泣かれるんだぞ」


 ケイトとセスナはモコロから少し離れてヒソヒソと話す。ケイトはそこまでだがセスナはかなり疑っているようで、常に魔法で水の槍を展開して周囲の状況を伺っている。

 そうこうしている間にも森は深く、暗くなっている。


「ねえ」

「なにぃ?」

「あなたの里って言ってたけど、こんな森の奥深くにあるの?」

「そう! 見つからないように隠してるんだ!」

「見つからないようにって……見つかったら何かまずいことでも――」

「着いたよ!」


 モコロは振り返って前方を示す。しかしそこには木々が密集して生い茂っており、陽の光の当たらない完全な暗闇となっている。

 セスナはそれを見て大きくため息をつくと、敵意のこもった視線をモコロに向ける。


「……やっぱり、信じた私がバカだったみたい」


 セスナは水の槍をモコロに向ける。しかし、モコロは全く動じない。


「言いなさい。あなたの目的は?」

「それはまだ言えない。でも、すぐに分かるよ」

「すぐに分かるって――きゃっ!」


 モコロは目にも止まらぬ速さでセスナの背後に回りこみ、その背中を押す。セスナはバランスを崩し、闇の中に消えていく。


「セスナ!」


 ケイトはセスナを追って、迷わずに闇へと飛び込む。



「――え……?」


 ケイトの目の前に広がっていたのは暗闇の世界ではなく、木造の家々が建ち並び、そこら中で子どもたちが走り回っている、明るい村落であった。

 ケイトは思いもよらぬ状況に驚愕し、混乱を振り払うのに時間がかかる。


「け、ケイト!」


 セスナの呼び声に振り向く。セスナもケイトと同じく今の状況が掴めていないようで、目を丸くしている。


「びっくりしたー?」


 モコロが笑いながら背後に現れる。


「こ、ここは……?」

「言ったでしょ、ここは私の里、ピッタ・ノルカ!」

「ピッタ・ノルカ!?」


 セスナが大きな反応を示す。


「知ってるのか?」

「『明日を求めて』っていうおとぎ話に出てくるの。確か、獣人の住んでいる里のことだったはず」

「獣人?」


 ケイトは再び里の様子を見る。すると、そこら中で遊んでいる子どもたちは毛深かったり、人間のものではない耳がついていたりしていることに気がつく。


「あれ? ってことは、モコロさんも獣人ってこと?」

「そうだよ!」


 モコロがネックレスを外す。すると、全身から薄いピンク色の毛が生え始め、頭の上には動物らしい耳がつく。


「これが私の本当の姿!」

「本当に獣人だったんだ……」


 モコロは大きな胸を張る。ケイトはすぐに目を逸らしたが、セスナの視線が突き刺さる。


「あっ! モコロねーちゃん!」

「えっ!? モコロおねーちゃん?!」

「みんなー! ただいまー!」


 元の姿に戻ったモコロに、子どもたちがわらわらと集まってくる。それに気づいた他の獣人たちもモコロの帰りを喜んでいる。


「モコロねーちゃん、この人たちは誰?」

「この人たちはね、すごーく強い勇者さんだよ!」

「へ!?」

「ええ?! 勇者さん?!」


 その場にいるモコロ以外の全員が驚く。直後、モコロは「勇者さんと秘密のお話してくるね」と言ってケイトとセスナを少し離れたところまで連れていく。


「ねぇ、勇者ってどういうこと?」

「本当はこの里に人間を入れちゃダメなんだよね。だから、勇者のフリをしててくれる?」

「なんでわざわざ……」

「お願い!」


 モコロが手を合わせて頭を下げる。しかし、セスナは未だモコロに懐疑的な視線を向けている。


「それならそもそも、なんで私たちをこの里に入れたの? こんな面倒なことになるなら入れなければいいのに」

「それは……まだ言えない」

「言えないって……」

「でも、ここに来なきゃいけなかったの!」


 モコロの目は本気だ。セスナはそれを察してそれ以上は何も言わなかった。モコロは「ありがとう」と言って表情を緩める。


「それじゃあ、ここからはこの里の紹介をするよ!」

「紹介? いや別にそんなことしなくても――」

「いいからいいから!」


 モコロがケイトの腕を掴む。モコロの胸がケイトの腕に当たっているが、モコロは全く気にしている様子はない。セスナは別だが。


「世界を救う勇者さんのお通りだー!」

「もうやめてくれえええええ!」


 ケイトの心からの叫び声は、無情にも清々しい青空に吸い込まれて消える。

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