それでも俺はヤッてない
小鳥のさえずりで目覚めた時、ケイトはベッドから落ちていた。
「……俺ってこんな寝相悪かったっけ?」
ケイトは立ち上がる。筋肉痛なのか床で寝ていたからなのか、全身がギシギシと痛む。
ケイトは伸びをして部屋を見回す。そこはギルドの休憩室で、ベッドと小さな机とイスだけが置かれている。
窓からは商店街が見下ろせ、まだ朝だというのに大通りが賑わっている様子が見える。
ケイトはふと昨日の夜のことを思い出す。一部屋しか空いていなかった休憩室を賭けて、セスナとじゃんけんをしたのである。
その戦いは5回連続であいこが続くという熱い勝負となっていたが、ケイトがなんとか勝利してふかふかのベッドを手に入れたのだ。
「それなのになんで床で……ん?」
ケイトはベッドの上でモゾモゾと動く何かを発見する。布団を被っているため何なのかは分からないが、かなり大きいことだけは分かる。
「……まさかセスナか? 宿が嫌すぎてこの部屋に侵入して俺をベッドから突き落としてベッドで寝た? ……有り得るな」
ケイトはベッドに近づき、布団に手をかける。
「ほら起きろ――」
ケイトは布団を捲る。そこには、上半身がはだけた、ネックレスをつけている知らない女性が丸くなって寝ていた。
女性の身長は中々高そうに見え、腰ほどまでありそうな長いピンクの髪がその存在感をさらに強調させる。
ケイトは一瞬の思考停止の後、布団をそっと戻す。
「は? ……は? ……はぁ!? どういうこと!? え!? 誰!? 俺昨日ナニして……いや何もしてねぇよ!?」
ケイトは混乱する。その時、女性が大きく動き始める。ケイトは驚いて、焦りながら部屋を後にする。
「な、なんだったんだ……!?」
〜〜~〜〜~
数十分後、ケイトとセスナはギルドで集合する。しかし、ケイトは頭の切り替えができておらず、女性の姿が記憶の隅にこびりついている。
「……なんかボーッとしてない?」
「え?! い、いや、別にな、何も無かったけど?!」
「ふーん?」
セスナはケイトの焦り具合に怪しむ。
ケイトはなんとか話を逸らすことに成功し、昨日までの話の通り、クエストを受けてみることになった。
「まず、これがクエスト掲示板。ここに張られてるクエストの紙の中から自分のランク以下の適正のクエストを見つける」
セスナは「そして」と言いながら指をさす。その先にはカウンターがあり、ギルドの職員が立っている。
「あそこにクエストの張り紙を持っていって自分の冒険者カードと一緒に渡す。その後の処理は事務さんがやってくれるから、あとは冒険者カードを受け取ってクエストを達成しに行くだけ。簡単でしょ」
「ああ、そんなもんでいいんだな」
ケイトはクエストを眺める。街の住人の依頼からモンスターの討伐と、様々な種類のクエストが乱雑に張られている。
「これなんかどう?」
セスナが一つの張り紙を剥がしてケイトに見せる。そこには「アル森林C区域の調査」と書かれている。
「調査って具体的には何するんだ?」
「基本的にはモンスターの討伐だね。たまに悪い人たちを捕まえたり、いるはずのないモンスターを記録したりすることもあるけど」
「ふーん、まあとりあえずやってみるか」
二人はカウンターにクエストの張り紙を持っていき、冒険者カードを提出する。その後十数秒ほど待つと冒険者カードが返される。
「それじゃあ行くよ」
「ああ」
二人はギルドの外に足を踏み出す。
空は青く晴れ渡り、新しい一日を祝福する。
二人は森の手前まで歩いてきた。森は背の高い木々がその体を大きく揺らし、まるでケイトたちのことを招いているようだ。
「昨日来た時はワクワクしてて気づかなかったけど、この森、よく見ると結構禍々しいな」
ケイトは一瞬臆病になるも、頭を振ってすぐに気持ちを切り替える。
「今日は昨日よりも深いとこまで行くから、気を引き締めてね」
「分かった」
二人は森に足を踏み入れる。森の中は昨日と同じく涼しいという感想が浮かんでくるが、昨日とは違って暗く不気味だという気持ちも同時に押し寄せてくる。
「C区域はケヌーはもちろん、Cランクとか、ヘタしたらBとかAランクのモンスターがいることもあるからね」
「まじか……ケヌーでもちょっと手こずったのに……」
「恩寵が自由に使えれば全然大丈夫そうなんだけどね」
「悪かったな、自由に使えなくて」
言い合いながらも、二人はずんずんと森の奥へ進んでいく。森は奥深くになるにつれて暗さが増していき、空気もひんやりとしている。
「そろそろC区域に入るかな」
「入るかなって……正確な場所は分かんないのかよ」
「そっちこそ分かんないの? この森に入った時とは空気が違うでしょ」
「そんな感覚頼りじゃなくて、もっと理論に基づいたさぁ――」
「しっ。何か来る」
二人は息を潜める。右方から小さくカサカサという音が聞こえている。その音は段々と大きくなってきており、こちらに近づいてきていることが分かる。
「剣を構えて、飛び出してきたらすぐに斬って」
「で、でも、もし人だったら――」
「C区域にクエスト以外でくる人間なんてほとんどいないし、クエストは私たちしか受けてない。だから、この音の正体はモンスターか悪い人かの二択。安心して」
悪人は人だろ。
ケイトはそう反論しようとしたが、音がもうすぐそこまで迫ってきていたためにそちらの注意に意識を割く。
ケイトは剣を構え、呼吸を整える。あまりの緊張感に、その涼しさにも関わらずケイトの額から汗が流れる。また、剣を構えてからまだ数秒しか経っていないが、ケイトには既に数分が過ぎているように感じられる。
ケイトが汗を拭おうとしたその時、目の前の草むらが揺れる。
「来た……!」
草むらから何かがはみ出る。ケイトはそれを確認した瞬間に草むらに向かって剣を振り下ろし、その何かを斬り――
「あ、こんにちはー!」
「うえええええ!?」
目の前に現れたのは今朝の謎のピンク髪の女性だった。ケイトは剣の軌道を無理やり変えて空振らせる。その反動でケイトはよろめき、地面に倒れる。
「何やってんの! こうなったら私が――」
「ちょ、ちょっと待って!」
セスナが魔法を放とうとしたところで、ケイトはセスナの前に手を広げて立つ。
「ちょっと! 言ったでしょ! こんなところにいる人間なんて――」
「い、いや、俺この人のこと知ってるんだ」
「ええ?」
ケイトはなんとかセスナを制止する。そして女性の方へ振り返ると、女性はケイトたちのやり取りを全て無視して服の汚れを払っていた。
「あ、あの……」
「ん? なにぃ?」
「えっと、冒険者の方……ですよね?」
「違うよ」
「違うの!?」
「うん」
全くの予想外の回答に、ケイトは頭を抱える。
「じ、じゃあなんでベッドにいたんですか!?」
「ベッド? ……もしかして君、昨日の夜の!」
「待って、ベッド? 昨日の夜?」
セスナの鋭い視線がケイトに突き刺さる。
「違う違う違う! 俺が寝てる間にこの人が俺のベッドに――」
「いやー、すごく気持ちよかったよ!」
「気持ちよかった!? あんた、昨日の夜何してたの!」
「何もしてねぇんだよ! 信じてくれええええええ!」
ケイトの慟哭が静かな森を揺らす。




