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怒りの林檎  作者: 排他的生活領域
新世界編
14/59

試し斬り

 ケイトとセスナは街を出て、近くの森に来た。森の中は街と違ってとても涼しく、風で擦れ合う木の葉の音や時折聞こえる小鳥の鳴き声が二人の心を落ち着かせる。


「この辺りなら大丈夫でしょ!」

「わざわざこんな森まで来る必要あった?」

「必要大アリ! もしなんにもない場所でそんな剣振り回して危険な奴らに見つかりでもしたら最悪奴隷だよ!」

「こっわ!!」


 ケイトはこの世界の治安の悪さを思い知るとともに、平和だった日本が懐かしく感じてくる。


「よし、構えてみるか」


 ケイトは剣を抜くために柄を持つ。


「あっダメ!」

「えっ!?」


 ケイトは驚いて柄から手を離す。セスナはケイトの手を見るとほっとして、ケイトから剣を奪う。


「言い忘れてたんだけど、剣を抜く時はなるべく剣帯を使って」

「剣を抜くのに剣帯を使う?」

「やればわかる」


 セスナは剣を剣帯に入れてケイトに渡す。ケイトはそれを背中につける。セスナはケイトが剣帯を装着したのを確認し、「やってごらん」と言うようにケイトに手を差し出す。


「どっかで背中の剣は抜けないみたいな感じの話聞いたことあるけど、大丈夫なのか?」


 ケイトは疑いながらも剣の柄を握る。そして剣を引き抜こうとした時、違和感に気がつく。


「剣が……自由に動く……?」


 ケイトは不思議に思い、振り向く。


「なっ……!?」


 そこにはパカリと割れた鞘と、銀色の剣身がむき出しになっている剣があった。


「それが『スケイネルスタイル』、別名『分離鞘型』。スケイネル・デルスターが十数年前に創り出した抜剣方法だよ」


 ケイトは顔の前に剣を持ってきて、その銀色の剣身をじっくりと眺める。

 よく磨かれた剣身にはケイトの顔や周囲の風景が歪みなく映り込み、柄には全ての光を吸い込んでしまいそうな漆黒に、星のように金の装飾が散りばめられている。そのバランスは素人目に見ても完璧だと思えるほどである。

 あまりの鮮やかさに、ケイトはセスナの話そっちのけで剣に見とれてしまう。


「それまでは『オーソドックススタイル』っていう剣を()いて抜く方法しかなかったんだけど……ねぇ聞いてる?」

「え? あ、ああ! すごい綺麗だよな!」

「あんたねぇ……はぁ、まぁいっか」


 セスナは説明を諦め、嬉しそうな顔をしているケイトを見てほほ笑む。


「……それにしてもすっごい綺麗。有名な鍛冶師、もしかしたらスケイネルの作品かもしれない」

「ほんとに!?」

「実際どうなのかは分からない。でも、それくらいすごい作品であることは間違いないと思う」


 セスナの剣に見とれている表情が、その評価の信頼性を上げる。


「おおー! セスナ! 使ってみようぜ!」

「嘘でしょ!? こんなすごい作品、そんな早く使おうと思えるの!?」

「だって、使わなかったらもったいねぇだろ。これを造った人もきっと使ってほしいって思ってるし」

「それはそうだろうけど……」


 悩むセスナとは違い、ケイトはそれらしく両手で剣を構え、ブンブンと振り回す。


「ちょっと! そんな適当に振り回さないで! ちゃんと剣の振り方教えるから!」


 セスナが慌ててケイトに近寄る。



 小一時間ほどセスナの指南を受け、ケイトの剣を振る姿もなんとか板についてきていた。


「そろそろ何か切ってみたいな」

「それじゃ、私が魔法使うから切ってみて」


 セスナはケイトから距離をとる。


「行くよ。ピオ!」


 セスナが腕を前に突き出すと、手のひらから水の弾が射出される。水弾はまっすぐにケイトへと向かっていく。


「はあっ!」


 ケイトは気合を入れて斜めに剣を振り下ろす。しかし、ほんの少し狙いがずれ、水弾はケイトに直撃する。ケイトは軽く吹き飛んで尻もちをつく。


「いたたた……」

「姿勢が悪い! もっとよく狙ってから振り下ろす! ピオ・ナルラ!」


 水弾が乱射される。


「嘘でしょ!?」


 ケイトは懸命に剣を振り回す。

 いくつかの水弾を切ることには成功したが、大半は剣にかすりもせずにケイトに激突する。ケイトは地面に倒れる。セスナはそれを不思議そうに眺める。


「恩寵の力は使わないの?」

「使えねぇんだよ。自分でも何がトリガーになってんのか分からねぇ」

「ふーん、使いづらいんだね。でも、手は抜いてあげないよ」

「そりゃどーも」


 ケイトは立ち上がる。その時、遠くで獣の叫び声のような音が聞こえる。


「な、なんだ!?」

「この声……丁度いいかもね」

「は? 何言って――」


 草むらがガサガサと音を立てる。ケイトはすぐに剣を構え、音のした方へ向き直る。


「音が止んだ……俺たちのことを窺ってるのか?」


 ケイトは草むらにジリジリと近寄る。そして、草むらまであと少しというところで、草むらから勢いよく何かがケイトの目の前に飛び出す。


「うおっ!」


 ケイトはその何かの攻撃を飛び退いて避ける。

 その何かからしっかりと距離を置いてから観察すると、それは体高が1メートルほどもある犬のようなモンスターだった。

 そのモンスターには目がついていないにも関わらず、まっすぐにケイトのいる方向を見ている。


 モンスターはグルルルと喉を鳴らし、異常に発達したギザギザの歯を見せながらケイトに近寄っていく。


「なんだこいつ……モンスターでいいのか?」

「知らない? ケヌーって言うんだけど」

「いや……知らない」

「よっぽど辺鄙なところから来たんだね」

「そんな全国的に出現するモンスターなんだ」


 ケヌーが吠え、飛びかかってくる。ケイトは横に飛んでそれを避け、再びケヌーに向かって剣を構える。


「こいつは倒していいのか?」

「いいよ、モンスターだから」

「わかった!」


 ケイトはケヌーに向かって剣を突き出す。ケヌーは跳び上がってその一撃を避ける。

 ケヌーは着地した瞬間に地面を強く蹴り、口を開けて鋭い歯をむき出しにしながらケイトに高速で迫る。

 ケイトはよく狙いを定め、ケヌーの突進に合わせて剣を薙ぐ。剣と歯がぶつかり合い、不快な金属音のようなものが静かな森に響き渡る。


「おらあっ!」


 ケイトは力任せに剣を振り抜き、ケヌーを弾き飛ばす。その後、ケヌーに噛まれた剣身を確認するが、傷一つついていない。


「すげー!」

「よそ見しない!」


 セスナの声に、ケイトが反射的にケヌーのいた方を見ると、ケヌーはいつの間にか至近距離まで迫ってきていた。

 ケイトは剣を盾にしてケヌーの噛みつきを防ぎ、その胴体を強く蹴り飛ばす。

 ケヌーは吹き飛ぶが、猫のように空中で姿勢を制御して華麗に着地する。


「ケヌーはDランクモンスター、Cランク冒険者なら苦労しないで倒せないと」

「うるせぇ! 倒せりゃいいんだよ!」


 ケイトはセスナに教わったことを思い出し、どっしりと剣を構える。目を瞑りながら深呼吸をし、ゆっくりとケヌーをその視界に捉える。

 木々がざわめき、風がうるさく鳴っている。しかし、ケイトは目の前の敵意だけを静かに見つめている。

 ケヌーが走り出す。そのスピードはとても速く、ケイトを次の一撃で葬り去らんとしている。ケヌーは大きく口を開き、ケイトの体をズタズタに――


「大丈夫だ。見える」


 ケイトの剣が閃く。

 光り輝く一文字の軌跡が、ケヌーの体を両断した。二つに分かたれたケヌーは地面に崩れ落ち、生命活動を停止していることが容易に見てとれる。


「やるじゃん!」


 セスナがケイトに近づく。しかし、その視線はケイトではなく、剣の方に向いていた。


「血の一滴も付いてない……本当にすごい剣……」

「まずは俺の心配してくれたら嬉しかったな」

「ああごめんごめん。よくやった後輩!」

「なんだかな……」


 喜ぶセスナの隣で、ケイトは複雑な感情を覚える。



 そこから、ケイトは更にセスナとの練習を続け、いつの間にか空が暗くなってきていた。


「今日はこの辺で終わりにしようか。剣の使い方にも大分慣れてきたみたいだし、明日はクエストを受けてみよう!」


 ケイトは剣を鞘にあて、柄から手を離す。すると、鞘が自動的に閉まって剣が納まる。


「いいなこれ」

「かっこよさを噛み締めるのは帰った後にして。急いで帰らないと危ないから」

「帰るってどこに?」

「ギルドに個室の休憩室が用意されてるから、空いてたらそれを使う。空いてなかったら宿に行く」

「おっけー」


 ケイトはセスナの後について行く。


「セスナ」

「なに?」

「ありがとな」

「……当たり前でしょ」


 夕陽が二人を赤く染める。

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