0話 転生
死亡事故というのは、故意不意に関わらず突然やってくる。
幼児生や小学生の道路の飛び出しで、車のブレーキが間に合わず衝突、中学生のいじめ問題の自殺、高校生の自転車で坂道滑走による衝突や転倒など。
元気な子供だろうと、厨二病発症中の中学生だろうと、部活熱心な高校生だろうと例外は誰1人としていない。
◯
「やぁぁっと部活終わった〜!今日はやけに長かった〜!」
部室で伸びをしながら大声で叫ぶ青年に、
「うるさいですよ先輩!狭い部室で叫ばれると耳が痛いです!」
部活の先輩に対する態度とは思えないほどラフな態度で話す青年。
既に着替えを済ませ帰る支度をしている青年を見て、
「なんだこの生意気な後輩め!ってか拓真もう帰るの?これから俺らでメシ行くんだけど来ないの?」
慣れ親しんだ様子で誘うが、
「ごめんなさい。今日は帰ります。竹刀壊れたて、直さないといけないので……」
「ありゃ、まじかぁ。また誘うで次は来いよ!おつかれ!」
「はい!お疲れ様です!」
鞄を手に持ち、竹刀を背中に斜めに刺し、明るく部室を後にしようとする拓真。
そんなネタにしやすそうな姿を見て、
「なんだその竹刀の持ち方!どこのゲームキャラだよ!」
小馬鹿にする先輩。
「なっ!うるさいですよ!?」
思い切り顔を顰めて恥ずかしさを堪え、扉を閉めて部室を後にする。
「後輩って可愛いわぁ〜」
「先輩って可愛くないですね?」
声が聞こえてしまったので思わず扉を開けて割り込んだ。
「聞こえてたんかよ!てか男の先輩が可愛かったら問題だろ!ほら帰った帰った!」
「はーい、お疲れ様です!」
今度こそ、部室を後にした。
◯
自転車に乗り学校を後にし、緩い坂を下る。
坂を下り終えると直ぐに信号があるが、車の通りも少ないため、いつも信号が赤でも気にせず勢いのまま滑走していく。
緩い坂でも自転車はスピードが出るから爽快だ。
信号は赤。いい感じにスピードに乗り、いつも通り滑走していく。
しかし、渡ろうとする瞬間、右から車が走ってきた。
「ヤバッ!?」
しかし、渡る瞬間だった為、ブレーキは間に合わず、車に衝突する。
◯
「あれ、痛く……ない?」
不思議に思い自分の身体中を弄るが、どこも痛くない。それどころかピンピンしている。
ふと、周りが夕方みたいな明るさになっていることに気づく。
「さっきまで相当暗かったはずだよな?」
夏とはいえ、部活が終わった時間は6時半。明るいとは言えない時間だ。
「自転車は?っというか、ここ、どこ?」
連鎖的に自転車と、自分がどこにいるのかわからない事にも気づく。
「ここは、あの世と呼ばれている場所です」
「うぉ……え、誰!?」
思わず身を竦めて声の主を探すが、拓真の周りには人1人も見当たらない。
「ここは、あの世と呼ばれている場所です」
まるで用意していた言葉を読み上げたかのように再び同じ言葉を淡々と告げる女性の声。
「……えっと、すみません、誰ですか?ここはどこですか?」
「ここは、あの世とー」
「すみません、出来れば真面目に答えて欲しいです……」
結構困惑している。早く家にも帰りたいしちゃんと答えてもらいたいものだ。
「私はずっと真面目ですよ。ここはあの世です。少し思い返せばなんであの世にいるのか理解できると思いますよ?」
「思い返す……?確か……」
確か、部室でで先輩と戯れた後、いつも通りの帰り道で、いつもみたく坂道を滑走して…それで、どうなった。
「轢かれた」
車に思い切り撥ねられたのだ。
「そうだ、僕は轢かれて……それで……!」
理解が追いついてしまった。
そのタイミングを図ったように、
「はい拓真くん、貴方は死にました」
突然、目の前に現れた女性が、慈悲や哀れみといった一切の感情を含まず、淡白にたった一言呟いた。
「あ……あぁ……!」
クラスの友達と他愛無い会話で盛り上がったり、多少厳しくてもやり甲斐を感じてた部活動、優しく面白い先輩。
何より両親に何も言えずに急に死んでしまった親不孝な自分。
「うぅ…あああぁぁぁ……」
全てが追いついた瞬間、嗚咽を鳴らしながら泣き崩れた。
死んだ実感が一切ない。身体はあるし感情もある。ただ、もう友達や先輩、両親に会えない実感は数秒も経たずに湧いて出た。
涙が枯れるくらい泣いた。親をおいて先に他界した自分を哀れんで泣いているのか、もう誰にも会えないことに絶望して泣いているのか、それか全てか。
それからどれだけ経っただろう。
多分1日どころの騒ぎじゃないくらい何度も泣いて絶望し、それを繰り返したお陰で少し気持ちが落ち着いた。
ついでに目もパンパンに腫れた。
「大丈夫?」
随分前に現れた女性が恐る恐る尋ねる。一体いつから背中をさすってくれてたのだろう。
「ごめんなさい、大丈夫です……」
いや全然大丈夫じゃない。全然落ち着いてない。でも、おかげで話声が聞こえる程度には落ち着きを取り戻した。
「大分落ち着いたみたいだね」
「……はい、なんとか」
「じゃあ、色々話すことあるから、よく聞いてね!」
やらなきゃいけない事だからと付け加え、座ったまま姿勢を正す女性。
「改めて話すけど、君は死にました」
「はい……」
聞きたくなかったが、無理やり耳の穴を広げて説明を聞き始める。
「まずは前世の人生お疲れ様です。途中で終える結果になってしまいましたが、貴方にはまだ次の人生が待っています!」
そう言いながら、指をパチンと鳴らした。
すると、女性の左右に2つの水晶玉が現れた。
「次の……人生、どういう事ですか?」
全く興味を示さずに指示を待った。
「反応薄いね」
その態度が少し気に入らなかった肩を耽楽させる。
マジックなんて今の拓真にはどうでもいいことだ。豊かな感情は失っていた。
「まぁいっか、そのまんまの意味です!貴方は先程1つ目の人生を終えました。なので次の人生、2つ目の人生を送ってもらうことになります」
ここまで淡々と語っていたが、
「でも珍しいんだよ!次の人生に選択権がある人って!」
と少し嬉しそうに続けた。
「珍しい?別に善行を進んで行った記憶なんてないんですが……」
ボランティアなんて行ったことないし、ごく普通の、なんの変わり映えのない人生だったはずだ。
「まぁ最後まで聞いて!選択権がある人って前世でいい事をした人、それから神である私を楽しませた人しか与えられないんだ!拓真くん、君の場合は死因は正直アウトだけど、それ以上に前世での行いが良かったのと、私を楽しませてくれたからね!」
と嬉しそうに語る。
「しれっと自分の事を神って言いましたね、今はおふざけに付き合うメンタル持ち合わせてないので……」
少し悪態をついた言い方をした途端、
「そうゆうのダメだよ?」
目を細めて、冷酷な目で見下した。お互い座っているから大して目線は変わらないはずなのに、目の前の女性の方が大きく見える。
「すみません」
「いいのいいの、私も配慮足りなかったし!ところで、自分の身体見てみて?」
少し苦笑いした後、拓真の身体を指差してきた。
「……は!?え、なにこれ!?」
なんの意識も持たず下向いて、自分の身体を見る。
透けてる。自分の服や身体、靴も貫通して地面が見える。
「君が消えるか消えないかは私の匙加減!不貞腐れる気持ちはわかるけど、神の言葉は有難いものだからちゃんと聴きなよ!」
「す、すみませんでした……」
まさか自分の身体を人質に取られるとは思いもしなかった。
こんな事出来るんだし、取り敢えず信じておこう。
「じゃぁ、続きを話すね!君は割と神である私を楽しませてくれた!だから貴方には次の選択肢が与えられます!」
「楽しませてくれた……とは?」
「あぁ、それは私の匙加減だから気にしないで!」
なんとまぁ漠然とした条件だが、本当に神様なら口にするのはあまりよろしくないだろう。
「で、貴方はここで2つ選択をしてもらうことになります!」
再び指パッチンをすると、右手側の水晶が光出す。
「1つは人間で言う現実世界か異世界かの選択。君が元いた世界で再び生を受けるのか、違う世界で生を受けるのかを選んで貰います!」
更にもう1度指パッチンをして、左の水晶が光出す。
「2つ目は、元いた世界を選んだ場合、どの国に生まれ、どちらの性を受けるか。違う世界を選んだ場合はどのような能力を持って生まれるか。をそれぞれ選んでいただけます!」
ウキウキと水晶をを回しながら説明する女性。
「あの、その水晶って何か意味あるんですか?」
ただ光を放っただけの水晶に思わず質問をしたが、
「拓真君、知らないの?演出って大事なんだよ?」
「ただ光らせて回すのは演出とは言いませんよ?」
「ツッコミ入れる元気が出てきたならやった甲斐があるってものよ!」
1つウインクを入れる女性。
「それは、ありがとうございます」
「いいのいいの!それより決めた?」
「まぁ、一応」
正直選ぶ世界は一択だ。
「元いた世界選んでも、同じ家族や友達に巡り会えないんでしょ?なら違う世界でお願いします」
「……」
「正直転生とかそんなものに憧れはない。娯楽としては面白いが、自分がその立場になるのはゴメンだ。でも、今元いた世界に戻っても苦しいだけだ。ならいっそのこと全て捨てて新天地で少しでも楽しくやりたい」
「……」
あ、やばい、消される。
「ごめんなさい、今の言い方は意地悪でした」
「別に大丈夫ですよ!最初の選択は“違う世界”という事で良いのですね?」
「はい!」
「ふふ、良い返事ですね!」
強引に元気よく返事をしたら露骨に機嫌が良くなった。気持ちが追いつかないが頑張るしかない。
「では、次に能力の説明をしないとね!まぁ簡単に言っちゃえば向こう行く代わりにこれくれってやつよ!」
「……?」
「うーんわかんないか。元いた世界と比べると、違う世界って危険だから、身を守る手段を授けるって事!めちゃ強い剣とか、魔物に襲われない体質とか!」
なんかどこかで聞いたことあるようなものばかりだが、なんとなくわかった。
「じゃあ、沢山魔法使えるようになりたいです」
「随分と漠然としてるねぇ?」
「……」
あんたがそれを言うんか?
「まぁ、知っていると思いますが、僕は中学から剣道をやっていました。カッコいい、剣を持ちたいと言う不純で厨二な動機で。あの頃は魔法にも憧れていましたし、竹刀も“〜〜ブレード”とか言って遊んでましたし」
今思い返すと相当やばかった。いくらなんでも厨二病末期患者だった。
「でも、同じカッコいいを選ぶなら前世にはなかった魔法を使いたいんです。厨二病は治りましたがカッコいい物には憧れがあるんです!」
どんだけ悲しい事があった後でも、好きな事について語り出すと多少元気が湧いてくる。やっぱりまだ厨二病は治ってないかもしれない。
「成る程、よくわかりました!では転生先は違う世界で、能力は……魔法に対する適正最大?でよろしいですね!」
「何故疑問系?」
「しょうがないじゃん!ふわっとしててどれ選べばいいのかわかんないんだもん!」
「まぁ、それでいいです」
正直全くわからないし、その辺りは任せるしかない。
「わかりました、後から恨まないでくださいね!」
最後に怖い一言を念押しして手を両手に挙げる。
すると、拓真の足元から魔法陣が現れ、光を放ち出す。女性の方を見ると目を閉じながら何か唱えるようにブツブツと言っている。
ちょっとカッコいい……とは思わなかったが、光はどんどん強くなって行き、いつのまにか眩しくて目を閉じていた。
「行ってらっしゃい!頑張ってね!」
一言応援を聞いた後、拓真の意識は光の彼方へ追いやられた。
これから異世界生活が始まる。そんな実感は一切湧いてこない。
前世に大量の未練もあるし、可能なら元の生活に戻りたい。
ならせめて、こっちの世界では未練を残さずに生きようじゃないか。
無理矢理ポジティブ思考に切り替えて…なんて考えているうちに光は止んでいた。