90.目的は
こちらを見る男たちはみんな、薄ら笑いを浮かべていて背筋が凍る。……待ち伏せされていたなんて。
突然の事態の連続で混乱していると、一人の男が前に出て私をじっと凝視する。
その視線が嫌で反射的に一歩下がると、男がニヤリと笑う。
「はは、怖いか。だったらそんな使用人、無視したらいいのにこんなところに来るなんてな」
男が笑いながら話す。……その発言に恐怖と一緒に不快感が込み上げる。
震える足を叱咤して、前に出ている男に問いかける。
「……貴方たちが彼を怪我させたの?」
「ああ、そうだぜ?」
肯定する男の発言にぞくりとなる。……やっぱり、この人たちがロフマンを。
相手は全員で五人。剣も持っていないロフマン一人を怪我させるなんて容易だろう。
「……目的は、お金ですか」
震えそうになる声を必死に抑えて平静を装う。落ち着け、狼狽えるな。ただでさえ不利なのに狼狽えたら相手が余計に優位に立つ。
自分に言い聞かせて問いかけると、先ほど答えた男が軽薄な笑みを乗せて再び答える。
「そうだなぁ。もちろん、それはほしい。──だが、目的は貴族のお嬢様、あんただよ」
「わ、たし……?」
男の発言に息を呑む。
そして告げられた意味を理解して、ぞくりと背筋が震える。……ロフマンが怪我をしたのは、私のせいだ。
告げられた内容に青ざめていると、男たちが面白そうに笑う。
「あんた、随分と恨まれているんだなぁ? 前金なのにいい額を弾んでもらったよ」
「なぁに、抵抗しなかったら少し怪我するくらいだからさ。大人しくこっちに来てくれよ」
「そうそう。じゃないと隣にいる女も怪我するぜ?」
「ちなみに助けは求めようとするなよ。助けを求めたらそいつを痛めつけるからな。賢明な判断を期待するぜ、お嬢様?」
笑いながら男たちが次々と話し出す。……彼らの目的は私。だから私が大人しくついて行けば、エストたちの身は大丈夫。
頭では分かっている。でも、この選択をするとランドベル公爵家は確実に失脚する。
国王派筆頭のランドベル公爵家の失脚。もしそうなってしまったら、国王派へ与える影響は計り知れない。
ふと、脳裏にシルヴェスター様の姿が浮かぶ。……私のせいで、シルヴェスター様に迷惑をかけたくない。
動けないでいると、男たちが声を荒げる。
「ほら、早く来いよ」
「おいおい、それとも引っぱらないとダメなのか?」
「っ……」
苛立った声にびくりと肩が揺れる。……どうすればいいか分からない。……路地裏のこと詳しく知らないのに意識のないロフマンを連れて奥へ逃げるのは危険だ。
考えてないといけないのに、恐怖で頭が上手く回らない。
「──大丈夫です、奥様」
恐怖に包まれていると、優しい声が私を呼ぶ。
震える私に優しく語りかけるのはエストで、短くも安心させる言葉を口にすると、男たちから守るように前に出る。
「エスト……?」
「この男たちの戯言に耳を傾ける必要はありません。──今すぐ引きなさい」
エストの表情は見えない。だけど、その声色は嫌っているレナルドに向ける声よりずっと低く、怒気が含まれているのが窺える。
エストの発言に男たちが驚いたように目を丸める。しかし、しばらくすると青筋を立てていく。
「生意気な女だな。痛い目見ないと分からねぇみたいだな」
「後悔しても知らねぇぞ?」
男たちが腰に差している剣を抜く。いくらエストが侍女以外に私の護衛も兼ねているとしても狭い路地裏で、剣を持った複数の男と対峙するのは危険だ。
「エストっ……!」
「ご安心ください、荒くれ者程度に後れを取りません。それより奥様は後ろから増援が来ないか注意してくれませんか?」
名前を呼ぶもエストは怖がる素振りを見せずに後ろからの増援に警戒する。
そんなやり取りをしているうちに、男の一人が走ってくる。
「下がってください、奥様」
それだけ言うと迫って来る男の剣を避けると、足を引っかけてバランスを崩して転倒させる。
そして転ばせた男の手から素早く剣を引き離すと──首を叩いて気絶させる。
「え……?」
「は? なっ……!?」
あまりにも無駄のない流れるような動きに私も男たちも目を見開かせて驚く。まさか、あっという間に一人を倒すなんて。
「答えなさい、誰に依頼された?」
息を呑んでいるとエストが剣を拾って問いかける。
剣の先を向けられた男たちが予想外の展開に、困惑したようにたじろぐ。
「お、おい。あの女、まさか護衛の騎士なんじゃ……」
「だったらなんだ! 護衛は一人だ、二人で畳み掛けるぞ!」
動揺する仲間に別の男が叫び、二人がこちらに向かって走り出す。
対するエストは冷静で振り上げる剣を紙一重で避けたり、時には剣で防いで回避し、相手の隙を見逃さず懐に入って蹴りを入れる。
相手の意識を奪い、二人目を制圧するのを見ながら後ろを確認する。仲間が他にいるか分からないけど、まだ背後からの増援の気配はなさそうだ。
そして背後を気にしている間にエストが素早く三人目を制圧して、動けないでいる残りの男たちを見る。
「う、嘘だろ……」
「こ、こんなの聞いていない……」
狼狽えた様子で後退る。五人中、三人が意識を失い倒れて戦意がなくなっているのが感じ取れる。
それでもエストは無言で距離を縮め、形勢不利と判断した男の一人が大通りへと走って行く。
そして、仲間が逃げたことでもう一人も逃げようとこちらに背中を向ける。
「お、おい! 待てよ――ぎゃっ!?」
「生憎、手段を選ばず意識を奪ってしまったので貴方しか聞く相手いないんです」
逃げようとする男を地面に倒し、押さえ付けてエストが呟く。……私の護衛を担っていると知っていたけど、まさかここまで強かったなんて。
驚きを隠せないでいると、エストが男の腕を掴んで捻じ曲げる。
「がぁ……!?」
「もう一度聞きます。誰に依頼された?」
男が悲鳴を上げるも、無視して問いかける。
「い、痛い! やめてくれ!」
「そんなこと聞いていない。依頼人は? 言わないのならさらに力を加える」
「ぐ、がぁっ……!!」
音が鳴って再び悲鳴を上げる。宣言通り、力を込めているのが分かる。
「し、知らない! 外套して顔を隠していたから知らない!」
「男性か女性も?」
「お、女の声だった! む、紫の瞳だ! 紫の瞳に、プラチナブロンドの女を襲えって言われたんだ!!」
悲痛な声で話す男の発言にドクン、と心臓が跳ねる。……紫の瞳?
国土が広く、人口も多いウェステリア王国には様々な髪色の人がいる。
私の髪の色であるプラチナブロンドも特別珍しい色合いではなく、平民でも貴族でもいる。でも──紫の瞳は、ウェステリア王国にはいない。
紫の瞳は元々ウェステリア王国と遠く離れたルナン公国によくある瞳の色だ。
ウェステリア王国にはない色合いだけど、私の実家のエインズワーズ伯爵家は曾祖母がルナン公国出身だったため、紫の瞳を持って生まれてくる人がいる。だけど、遠く離れたウェステリア王国では父方の親族以外で見たことない。
プラチナブロンドの貴族の娘ならまだ人違いで襲撃されたと思うことができた。相手は私のこと「お嬢様」と呼んでいたから。
でも──髪色に紫の瞳も付け加えられたら私しかいない。
「っ……」
自覚して止まっていた震えが再び起きる。……依頼人の狙いは、紛れもなく私だ。
荒くれ者を雇って私を害そうとした依頼人の正体は、一体──。
「その情報は本当?」
「本当だ、嘘じゃない!!」
「……他には?」
「はぁっ!?」
「その女性の特徴は? 髪の色は? 背丈は?」
「そ、そんなの……ま、待ってくれ! 思い出すから力を緩めてくれ!」
悲鳴を上げながらエストに懇願する。
そして男が必死に思い出そうとしていると──大通りから大きな声と一緒にこちらへ向かってくる複数の靴音が細い路地裏に響いた。




