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政略結婚から始まる公爵夫人  作者: 水瀬
第4章 巡る季節と王都

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89.訪れる暗雲

 ブローチを受け取りに街の方へ向かうこと十数分。

 アクシデントが起こることなく、無事に街へたどり着き、馬車を降りると御者が話しかけてきた。 


「それでは奥様。私はここでお待ちしていますね」

「ええ、分かったわ」


 灰色の帽子を被り、穏やかな笑みを浮かべながら話しかけてくるのは御者のロフマン。エストと同年代で、人の良い顔をしていてランドベル公爵家に長く仕えている男性だ。


 ロフマンに頷いてエストと一緒に目的のお店へ向かう。これから向かうお店は小さいため、前で馬車を停めておくと迷惑になるので少し離れた場所に降ろしてほしいと頼んだ。

 目的地へ向かいながら街の雰囲気を観察する。お茶会などで外出する際、馬車の中から街の様子を見ていたけど、やっぱり歩いた方が商品の品数や流通、人の様子が分かりやすい。


「社交シーズンだからかしら。賑やかね」

「そうですね。品物の数も多く、賑やかなのが感じ取れます」


 呟くとエストも同意する。国の中で最も栄えている王都は、季節関係なく人もお店も物も多い。

 加えて今は社交シーズンで各領地にいる貴族たちが王都に集まっているからか、特に活気に溢れていると思う。


「……このまま平和が続けばいいのに」


 ポツリと零れた呟きは、ざわめきに消えていく。

 停戦しているだけで戦争はまだ終わっていない。だけど、この平和な光景が続いてほしいとしみじみと思う。


 そうして街の様子を見ながら、人にぶつからないように気を付けて歩くこと数分。

 例のお店へ到着してドアを開けると、ドアに飾られたベルが動いて店内に響く。

 

「いらっしゃいませ」


 ベルの音に気付いたのか、奥から店主と思われる壮年の男性が現れて私とエストを見るとニコリと微笑む。なので店主と思われる男性の元へ向かって話す。


「こんにちは。修理が終わったと連絡を受けて受け取りに来たのですが」

「左様ですか。初めまして、私が当店の店主です。こちらへ持って来るのでお客様のお名前を教えていただけますでしょうか?」

「ランドベル公爵家のアリシア・フォン・ランドベルと申します」


 尋ねられて名前を告げると男性──店主が驚いた様子で私を見る。


「貴女様が。少々お待ちくださいませ」

「はい」


 そして再び奥へと入っていく。あの様子からして、どうやら私が公爵夫人と知って驚いたようだ。

 店主を待ちながら数分ほど店内で過ごしていると、小さい箱を持って戻ってくる。


「ランドベル公爵夫人、お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか」


 箱を開くとそこには依頼したブローチが入っていて、留め具がしっかりとなっていてほっとする。

 修理依頼を出したこのブローチは母から嫁入り道具として渡された大切な装飾品で、どうしても直したいと思っていた品だ。


「年季が入っていましたが大切に使用されていたため時間はそうかかりませんでした。傷んでいた留め具の方ですが、新しいものに取り換えたのでもう大丈夫ですよ」

「本当ですか? ありがとうございます」


 男性の説明にほっとして深々と頭を下げる。

 そして店主に代金を払うとお店を後にする。母に修理が早いと教えられて選んだけど、その通りだと思う。他の装飾品も可能なら次もあのお店で修理を依頼しよう。


「あのブローチはよくお茶会でつけておられましたね。思い入れのある品なのですか?」

「お母様から嫁入り道具として貰った物なの。だから直ってくれて嬉しいわ」

「そうだったのですね。それではこれでまた次のお茶会でつけることができますね」

「ええ。早速つけてみようかしら」


 エストと楽しく話しながら先ほど通った大通りを歩いていく。お店自体も先客がいなくてスムーズにやり取りが進んだから早く屋敷に帰れそうだ。

 そんなこと考えながら降りた場所を戻ると――御者のロフマンの姿が見えなくて目を丸める。


「あれ、いないわ」

「本当ですね。すぐに戻ると言ったのにどこへ行ったのでしょうか」


 エストが同意して周囲に目を向ける。私も周りを見るも近くにロフマンの姿は見当たらない。……ロフマンと別れて時間はそう経っていない。一体、どこに行ったのだろう。

 不思議に思いながらもエストに声をかける。


「少し待ちましょう。何か用があって外しているだけかもしれないわ」

「……分かりました。奥様がそのようにおっしゃるのなら」


 不満そうな様子のエストを宥めながら馬車の近くでロフマンの帰りを待つ。

 しかし、しばらく待っても戻って来る気配はなくて心配になる。


「どこに行ったのかしら……」

「私たちはあちらの貴族向けのお店が多くある区域へ行き、戻ってきました。その際にロフマンの姿を見ていないので可能性は低いかと」

「そうね。それじゃあ……」


 歩いた方向と逆の大通りを見る。……向こうは平民向けのお店や住宅が多く並ぶ区域だ。そちらの方がロフマンがいる可能性が高い。


「……探しましょうか」

「かしこまりました。奥様、端へ寄り過ぎないようにお願いします」

「ええ、分かっているわ」


 忠告するエストに頷く。ここは私より詳しいエストに従った方がいい。

 平民向けのお店や露店が並ぶ区域は歩いたことがある。だけど、それは大通りだ。大通りから枝分かれした細長い道は複数あるけど、それらの道は人気がなかったり、薄暗い道もあるから歩いたことがない。


 エストと一緒に大通りを注視しながら歩いていく。どこかのお店にいるのだろうか。

 そうして探すこと数分。注視して進んでいると、大通りの端に少し前に見た灰色の帽子を見つけて一瞬、立ち止まる。……あの帽子は。

 ゆっくりと近付いて確認する。……これは、ロフマンのものだ。


 帽子が落ちていた横は枝分かれした細長い路地裏。そちらに視線が吸い寄せられ――壁に背中を預けて座り込むロフマンの姿を見つけ、慌てて駆け寄る。


「っ、ロフマン……!」

「奥様!」


 後ろからエストの声が聞こえるもそのままロフマンの元へ駆け寄る。安否は。息は、息はしているのだろうか。


「大丈夫!? しっかりして……!」

「うっ……」


 肩を小さく揺らしながら呼びかける。

 すると瞼を震わせてゆっくりと瞳を開けて、呻く声が聞こえ、生きていることが確認できて安堵する。……よかった、息をしている。

 しかし、そう思ったのも一瞬。ロフマンの顔を見てひゅっ、と音を鳴らす。

 ロフマンの額には一筋の赤い線が伝っていて、彼の衣服に染みを作る。――血だ。

 驚いて固まっているとエストがやって来て、ハンカチを取り出して額を抑えて止血作業を行いながら問いかける。


「ロフマン、意識はありますか。私が誰か分かりますか」

「うっ……。エ、ストさ……」


 ロフマンがエストを見て名前を紡ぐ。血は出ているけど、エストのことを認識できているのが読み取れる。

 そしてエストに続いて私を見ると、小さく声を震わせる。


「おく、さ……に、げ……」

「え?」


 私に向けて何か発したけど、聞き取れずに声を上げる。

 しかし、意識を失ってロフマンが再び瞳を閉じる。……呼吸はしているけど、早く治療した方がいいのは明らかだ。

 

「奥様、ひとまず応急処置は施しました。急ぎロフマンを連れてここから離れましょう」

「え、ええ。その方がいいわね」


 混乱する中で頭を回しながら頷く。動揺はしていないけど、エストの声色が普段と比べて硬い気がするのは、気のせいではない。

 人気のない路地裏にいて、額から血を流しているということは誰かから襲われたと考えるのが妥当だ。早くここから離れた方がいい。

 そう判断するも、大通りへ繫がる方向から複数の影ができ──勢いよく振り返る。


 振り返るとそこには数人の男たち。

 腰には剣を差していて、その風貌はお世辞でも善人とは言いにくく、私たちを意地の悪い笑みを浮かべながら捉えていた。

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