88.中立派のお茶会
中立派からの招待状から数日。今日は数多く届いた招待状の中からヴェルディルヌ伯爵夫人のお茶会に来ていた。
伯爵邸へ到着すると使用人にお茶会の会場である中庭まで案内される。まだ初夏で涼しい方だからか、今日は外でお茶会をするようだ。
中庭へ到着すると複数の女性の姿が見え、その内の一人が明るい声を上げる。
「ランドベル公爵夫人!」
声を上げたのは此度のお茶会の主催者であるヴェルディルヌ伯爵夫人で、その声で他の参加者たちがこちらを向いて視線が集まる。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらの席へ!」
「ありがとうございます、ヴェルディルヌ伯爵夫人」
勧められてお礼を言うと空いた席へ着席する。
そうして静かに着席すると、ヴェルディルヌ伯爵夫人が話しかけてくる。
「本日はお越しいただきありがとうございます。ランドベル公爵夫人が我が家に来てくださるなんて……。可能性が低いと思いながらも招待状を送った甲斐がありましたわ」
「そんな。ヴェルディルヌ伯爵夫人とはごゆっくりとお話ししたいと思っていたので招待状が届いて嬉しかったです」
「まぁ、本当ですか?」
「はい」
目を丸めて驚くヴェルディルヌ伯爵夫人に対し、にこやかに微笑む。
ヴェルディルヌ伯爵夫人は朗らかな笑みが印象的な女性で、これまでも話したことあるけれど、私に対して好意的に接してくれている人物だ。
加えて、生来の社交的な性格も関係しているのか交友関係が広い。きっと、私の知らない情報も知っていてお茶会を通じて色々と知ることができるはずだ。
招待客の派閥を確認する。……お茶会の参加者は全員で五人。みんな、結婚していて国王派が私を含めて三人、中立派の女性が二人でバランスよくなっている。
招待客が揃うとお茶会が始まり、早速国王派の子爵夫人が私に尋ねてくる。
「ランドベル公爵夫人のネックレス素敵ですね。宝石はアクアマリンですか?」
「おっしゃる通りです。こちらはフェルノン商会で購入したものでして」
「フェルノン商会で? そういえば公爵夫人はフェルノート伯爵令嬢と親しかったですね」
「はい。装飾品や工芸品を始めとして異国の品も数多く仕入れているので商会へ訪れる度に珍しい品を発見できて心躍ります」
ネックレスについて尋ねられ、カティアのフェルノン商会の良さを伝える。事実、国内有数の大商会であるフェルノン商会は様々な品物が売られている。
「フェルノン商会は品物の種類が多いのが有名ですものね。わたくしも行こうかしら」
「ぜひ。私はこちらのネックレスを購入しましたが他にもブレスレットなど装飾品の種類も豊富で、デザインもたくさんあったのでゆっくりと見て選ぶのもよろしいと思います」
「ふふ、そうですね」
告げると子爵夫人が嬉しそうに笑う。同じ宝石でもカットやデザインが異なったりするから自分の好きな物を見つけてくれたらと思う。
子爵夫人との会話を終えると、ヴェルディルヌ伯爵夫人が朗らかな笑みを浮かべて話し始める。
「そういえば皆様はマダム・フェリスの新作はもう見ましたか?」
「もちろん! 私は夜会用のドレスを二着購入しましたわ」
「わたくしはまだですが、予約はしていて来週お店に向かう予定です。ふふ、どのドレスを選ぶか今から楽しみです」
「分かりますわ。屋敷に来てもらうのもいいですが、店舗へ行って色んなドレスを見るのも楽しいですわね」
マダム・フェリスの新作のドレスで中庭が賑やかな声で包まれる。さすが大人気デザイナー、お茶会を一気に賑やかにしてくれる。
そうして令嬢や夫人たちの間でよく出て来るドレスを始め、お菓子や観劇と次々と話題が展開される。
その中でも特に感心するのはヴェルディルヌ伯爵夫人の話術だ。全員が会話に入れるようにさりげなく話を振っていて周りをよく見ていると思う。
空気が変わったのは、近々開催される貴族のお茶会や夜会の話になった頃だろうか。
「――あら、それではその婚約発表の夜会に参加するのですね」
「はい。ご令嬢の方が私の遠縁でして」
そう語るのは私と同じ国王派の伯爵夫人で、彼女の話に耳を傾ける。
「まぁ、おめでとうございます! 確か婚約相手も同じ国王派でしたか?」
「ええ。当主同士が友人で同じ派閥ということで婚約が成立して」
「社交シーズン中に婚約発表する人が多いですからね。喜ばしいお話ですわ」
別の夫人が穏やかな声で語る。確かに社交シーズン中は殆どの貴族が王都に来ているので知らせるのに手っ取り早いということもあり、婚約発表は多い。
めでたい内容に私も祝福の言葉を贈っていると、ヴェルディルヌ伯爵夫人の表情が先ほどの朗らかな笑みから一転して元気がなくなっていることに気付く。
「ヴェルディルヌ伯爵夫人? どうかいたしましたか?」
「い、いえ。……その、婚約のお話で少し気になる噂を耳にして。その内容を少し思い出して」
「噂、ですか?」
確認するとヴェルディルヌ伯爵夫人がこくりと頷く。一体どんな噂だろう。
他の夫人たちもヴェルディルヌ伯爵夫人を見て続きを促すと、ゆっくりと口を開く。
「……継戦派の侯爵子息が、中立派の伯爵令嬢と婚約するという噂はご存じですか?」
続けて発せられた内容に息を呑む。……継戦派の子息と中立派の令嬢の婚約。
私以外の参加者もその内容が気になったようで、別の夫人が声を上げる。
「それは本当ですか? 侯爵子息と伯爵令嬢の名を教えていただいても?」
「……では、まずは継戦派のご子息の方から。お名前は――」
そしてヴェルディルヌ伯爵夫人が紡ぐ名前を聞いて目を見開かせる。……紡がれた家名はどちらも古くからある古参貴族で、さらに領地が隣り合わせになっていたはず。結婚で中立派から継戦派へと引き入れたと考えていいだろう。
政争が継続中の現在、婚姻によって所属する派閥が変化することがある。
その多くは政争に距離を置いている中立派で、結婚相手によっては国王派や継戦派と近くなることがある。
今話していた中立派の令嬢も、婚約相手が継戦派の貴族なら今後は継戦派寄りになるだろうと推測する。
そう考えていると、ヴェルディルヌ伯爵夫人がさらに話を続ける。
「二人共、最近よく同じ夜会に参加してるみたいですよ。私も何回か見ましたが、お互い兄弟姉妹が同じ夜会にいるのに最初のダンスの相手として三回ほど踊っている姿を見ました」
「三回も? ……それでしたら近々発表可能性が高いですね」
話を聞いた他の夫人が呟く。
一曲目は婚約者か配偶者、または兄弟姉妹か従兄弟と踊るのが一般的と言われている。
同じ夜会に兄弟姉妹がいるのに身内と踊らず、特定の相手とばかり最初に踊る。……その状況からして、近々婚約が公表されるのは確実だろう。
色々と思案していると同時に、空気が張り詰めていることに気付く。……長期的に対立しているから敵対している派閥の話はどうしても神経を尖らせてしまう。ここは、一番爵位が高い私が場の空気を変えるべきだ。
話題を変える内容を考えていると、丸いテーブルに並べられたお茶菓子が目に留まる。これにしよう。
「そうなのですね。私はお茶会ばかり参加していたので……」
「い、いえ。私の方こそ申し訳ございません。せっかく素敵なお話をしていたのに……」
「気にしないでください」
声を上げるとヴェルディルヌ伯爵夫人が申し訳なさそうな顔をする。国王派寄りの中立派だから継戦派の勢力の拡大が気になったのだろうと考える。
「それにしてもこちらのお菓子、とてもおいしいですね。どこかのお店でしょうか?」
「えっと、こちらは当家の菓子職人が作ったのものです」
話題を変えるために、ヴェルディルヌ伯爵夫人に話を振る。
「まぁ、そうなのですね。ふふ、こんなに素晴らしいお菓子を作れる職人を抱えるヴェルディルヌ伯爵夫人が羨ましいです」
「そんな、恐れ多いです……!」
羨ましいと零すとヴェルディルヌ伯爵夫人が慌てたように、でも少し嬉しそうに言葉を返す。
「本当ですよ。ああ、お菓子も言えば最近新しくできたお店があるのですが皆様はご存じですか?」
「新しいお店ですか?」
「はい。焼き菓子の専門店で様々な焼き菓子が販売されていて。どれもおいしいのですが、特にマドレーヌがよくて。店名は──」
そうして先日シャーリーに教えてもらった焼き菓子のお店のことを話して空気を変え、話題を転換した。
***
一瞬、張り詰めたお茶会はその後つつがなく時間が過ぎていき、無事にお開きとなった。
「ランドベル公爵夫人」
公爵家の馬車が到着した、と伯爵家の使用人から連絡を受けて正門の方へ向かって歩いていると、ヴェルディルヌ伯爵夫人に呼び止められて振り返る。
「先ほどは助けていただきありがとうございます。おかげで最後は賑やかに終えることできました」
「いいえ、お力になれたのなら何よりです」
お礼を言うヴェルディルヌ伯爵夫人に首を振る。感謝されるけど、お礼を言いたいのはこちらだ。
「むしろ、継戦派の情報を分かってよかったと思っています。先ほども申しましたが、お茶会を中心に出席していたので」
感謝の気持ちを含めて伝える。国王派の集いでは知ることができなかった情報を得ることができたのでよかった。
微笑みながら告げると、ヴェルディルヌ伯爵夫人も小さく微笑む。
「ランドベル公爵夫人……。本日は色々とお話しできて楽しかったです。お気を付けて」
「ありがとうございます」
微笑みながら互いに会釈すると、馬車に乗って伯爵邸を出発する。
「お疲れのようですね」
「ちょっとね。でも大丈夫よ」
動き出すとエストが声をかけてきて、苦笑しながら答える。場の空気を変えるのに神経使ったのか、疲れが押し寄せてくる。慣れないことはするべきじゃないなと思う。
馬車の車輪の音を聞きながら思案する。……気になった情報は継戦派の情報くらいだ。ヴェルディルヌ伯爵夫人の話していた噂は屋敷に戻ったら調べよう。他にも何か気になる情報が手に入るかもしれない。
「この後は屋敷ではなく、街の方でいいのですよね」
「ええ。ちょうど昨日修理が終わったって連絡が入ったから受け取るつもりだから」
お茶会で知った情報を整理しているとエストが確認の意味で尋ねてきて頷く。タイミングがよくてよかったなと思う。
お気に入りのブローチの留め具が傷んでいることに気付き、修理依頼を出したのは半月前。
そして修理が完了したと連絡が届いたのは昨日。そのため、早速受け取るつもりで街の方へ向かった。




