86.束の間の休息2
久しぶりに親友と二人きりの時間はあっという間に過ぎていき、カフェを出ると入店前より外が涼しくなっていた。
見上げると空の一部は夕焼け空になっていて、日中の気温の変化を実感する。
「シャーリーはこの後どうするの? 屋敷へ帰るの?」
「帰るけど、その前に用事を頼まれているから買い物を済ませるわ」
「用事?」
思わぬ返答に目を丸める。どうやら誰かに買い物を頼まれているようだ。
復唱するとシャーリーが頷く。
「出かけるのならついでに焼き菓子買って来てって妹からお願いされてて。まぁ、店自体は近くてここから少し歩いた場所なんだけどね」
「そうなんだ」
「最近できたお店よ。馬車がまだならアリシアも一緒にどう? 私も食べたことあるけど、味は保証するわよ」
「え。……ちょっと待って」
突然聞かれて時計を確認する。……馬車の迎えまでまだ少し時間がある。カフェも出てしまったし、ついて行ってもいいかもしれない。
「そうね、馬車の時間まで少しあるから私も行こうかしら」
「ふふ、決まりね。こっちよ」
「うん」
同行する旨を伝えるとシャーリーが笑い、話しながらお店へ向かう。
そうしてカフェから移動すること数分。目的のお店へ到着する。
入店するとドアに飾られたベルが音を鳴らし、ふわりと甘い香りに包まれる。
「焼き菓子の専門店なんだ」
「そうよ。一番人気なのはあっちにあるマドレーヌよ」
言われて目を向けるとそこには貝殻の形をしたマドレーヌがたくさん並べられていて、令嬢の姿や買い物を命じられてきた女性の使用人らしき姿などが見える。人が集まっていて人気なのは本当のようだ。
「買う物はもう決めているの?」
「ええ。十分くらいで終わると思うから待ってて」
「それじゃあ私は店内のお菓子を見てるわ」
「了解」
迷うことなく店内の奥へ進むシャーリーと別れると並べられた焼き菓子を順番に見る。
人気のマドレーヌ以外にもフィナンシェやスコーン、さらにはビスコッティなど様々な種類の焼き菓子が売られていて、そのどれもがおいしそうだ。
「……せっかくだからベルンに贈ろうかな」
ふと、きつね色に焼き上がったマドレーヌを見て年の離れた弟のベルンを思い浮かべる。新しくできたお店のようだし、ベルンは甘いお菓子が大好きだから贈ったら喜んでくれるだろう。
ベルンの喜ぶ顔を想像すると口許が緩む。どれを贈ろうか。
考えながら店内を歩いていく。色んな焼き菓子が売られているからどれを購入するべきか迷ってしまう。
「フロランタンに……あ、クグロフもある。本当にたくさんあるのね」
生まれ故郷でよく食べていたクグロフを見つけて立ち止まる。元は南部の帝国発祥のお菓子だから帝国人かウェステリア王国の中でも南部出身の人がお店にいるのかもしれない。
出来立ての焼き菓子を見ながら悩んでいると、シャーリーがこちらへ戻ってくる。
「どう? 何か買いたいと思う焼き菓子は見つかった?」
「シャーリー。もう買い物は終わったの?」
「ええ、思っていたより早く会計が終わったわ」
その手にはお店に入る前にはなかった手提げ型の紙袋があり、目的の焼き菓子を買い終えたことが読み取れる。
「ベルンに贈ろうとは思うのだけど種類が多くて悩んでて」
「あら、ベルン君に? ふふ、いいわね。すごく喜ぶと思うわ」
「うん」
ベルンの話を振られて自然と柔らかい声になる。
嫁ぐ前はよくベルンに手作りのクッキーを作ったけど、公爵家に嫁いだ今はそれが難しい。だから、ベルンが喜ぶことをしたいと思ってしまう。
「それなら詰め合わせはどう? 色んな種類を楽しむことができるから贈り物としていいわよ」
「詰め合わせ……素敵かも」
シャーリーの提案に頷く。色んな焼き菓子があればベルンも味に飽きることなく楽しめるはずだ。
「ついでに自分の分も買ったら?」
「ええ、そうするつもりよ」
そしてベルンへ贈る品として詰め合わせを買い、自分用に別の焼き菓子を購入して時計を時間を見る。迎えが来る時間になっているから移動しよう。
「馬車が来ていると思うから向かうわ」
「なら私も行くわ」
そしてシャーリーと話しながら馬車が待っている場所へ歩き出す。
話しながら歩くこと数分。約束した場所には既にエストたちがいて、シャーリーに別れの挨拶をする。
「もう来ているから行くわ。今日は本当に楽しかったわ」
「こちらこそ。今日は私のお願いに付き合ってもらったけど、次はアリシアの行きたい場所へ遊びに行きましょう」
「ふふ、分かったわ。考えておくわ」
お互いに笑いながら言葉を掛け合う。
そしてシャーリーと別れると、エストの方へ向かう。
「エスト。ごめんなさい、待たせたかしら」
「奥様。いいえ、先ほど到着したばかりなので大丈夫です」
「本当? よかった」
確認して大丈夫だと分かってほっとする。待たせなかったのならよかった。
「何か購入したのですね」
「ええ、シャーリーの買い物に付き合って。焼き菓子をベルンに贈ろうと思って」
「そうなのですね」
そしてエストに先ほど購入した焼き菓子が入った紙袋を預けて馬車に乗る。
先に馬車へ乗るとエストも続いて乗って御者に話しかけるとゆっくりと、屋敷に向かって動き始める。
「お疲れだと思うので速度はゆっくりにしてもらうように頼みました」
「ありがとう」
ゆっくりと走る馬車にエストが補足するように告げる。どうやら速度を調整してくれたようで、その心遣いに嬉しくなる。
「ご友人との久方ぶりの外出ですが、如何でしたか?」
「すごくよかったわ。久しぶりの観劇はもちろん、色んな話しをたくさんできたから満足よ」
エストに聞かれて明るい声で答える。楽しかったからかあっという間に時間が流れて夕方になってしまった。別れる時も言ったけど、またどこか出かけたいなと思う。
笑いながら話すと、向かいに座るエストが口角を和らげる。
「楽しまれたようですね。それは何よりです」
「ええ。──とても楽しくて、束の間の休息だったわ」
そして穏やかな声で告げるエストにつられて私も微笑み、屋敷へ帰宅した。




